表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣になっても君が恋しい  作者: 礼三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/30

外伝 ネモフィラが咲く頃に…。3

 それは祭りの最後の日だった…。


 蒼天だった昼間とは打って変わり、夜は雨が窓を激しく叩く嵐となった。唸るように木々はしなり、風が大地のものをごっそり削いでいくように這っている。

 だから、風の音で掻き消されている男の声にスィーリはしばらく気づかずにいた。

 スィーリが玄関へ気配を感じて扉を開けると、フードを被った見知らぬ男がずぶ濡れで立っていた。

「すいません…。一晩の宿をお借りしたいのですが…」

 スィーリの視線は男の背後へ移る。

 男が握っている手綱の先へ一頭の灰色の馬とその馬へ跨っている小柄な人影…。

「村の宿がいっぱいで…。野宿をしていたのですが、この天気に見舞われてしまい…。馬屋で構いません。避難させてもらえませんか…」

 嵐の中、男は明かりのついたこの家へ導かれて訪ねたのだという。

 因みに草原の真ん中へ位置するこの家はマッティが施した強化魔法によってびくともしない。

「馬房とは言わず…。この家へ泊まって行きなさい」

 スィーリの声に男の肩が跳ねた。フードの合間からスィーリの顔を一瞥すると男は慌てたように答えた。

「あっ…。いやっ…。結構ですっ!無理を言って申し訳ない!」

 スィーリもその一瞬の隙に男の顔立ちを確認した。無精髭を生やし疲れ切った様子だった。踵を翻そうとする男の手をスィーリは咄嗟に掴んだ。


 冷え切っているな…。このままだと低体温症になるやもしれん…。それよりも…。連れは女性か?


「この嵐だ!帰すわけにはいかん!あがっていきなさい!」

「しかし!女性一人のお宅にお邪魔するわけには…」

 男はスィーリを振り払おうと試みたが、スィーリは動じることなく掴んだ手を離さない。

「気にすることはない…。それに君には連れもいるではないか…。雨に濡れては可哀想だ…」

 怪訝そうな面持ちで男は馬を見つめた。芦毛馬の円な瞳がパチパチと瞬く。

 どうやら、男は独り身のスィーリ宅へ泊まることに難色を示したようだった。

 男は女連れである。そこまで気を回す必要があるのか、スィーリは疑問に思った。

「ですが…」

「いいから…。真っ直ぐ行ったところに扉がある。その部屋の魔法陣から温泉場に行きなさい。ゆっくり体を温めるといい…」

「温泉場?」

「行けば分かる…。戻ってくるときは同じように温泉場の魔法陣を踏むように…。君の服は濡れているから、こちらで用意しておこう…。君の連れは私に任せなさい…」

 半ば押し切られるように男はスィーリの指示に従った。男の背を見送りながら、馬へ身体を預けている女性をスィーリは家の中へ運びこみ、急いで馬を連れて馬屋へ走り手綱を結んだ。

「さぁ…。貴女はこちらだ…」

 スィーリは男が消えた部屋の奥から樽を持ち出し、手の甲で底を軽く三回打った。


 大きな樽の底へは魔法陣が描かれている。魔法陣を三回叩けば適した量の温泉が樽へと貯まる仕組みとなっていた。

 以前、狼となったヘンリックをお湯に浸からせるのに、スィーリは温泉場と家を往復しお湯を運んだことがある。

 その話を聞いたマッティがそれならばとこの樽を開発してくれたのだ。小さな子供たちはこれで湯浴みをさせることができるのでとても重宝している。


 続けて、スィーリはテキパキと石鹸やタオルを準備した。

 女は疲れた様子でソファへしなだれていた。

「失礼…。このままでは身体が冷える。服を脱がせるが、ご容赦願いたい…」

 力なく頷く女性のフードを外したスィーリの動きが止まった。

「リ…ンネア?」

 名前を呼ばれた女が重たそうに顔をあげた。

 薄汚れた茶色の髪は絡れ、オリーブ色の瞳に生気はない。溌剌としていた愛らしい頬も、痩せこけて痛ましい。

 だが、間違いなくリンネアだった。

「スィ……リ……さ…ま…」

 リンネアは言葉一つ発するにも掠れた息を吐き苦しそうだった。

「どうしたのだ…」

 スィーリはリンネアの無惨な姿に質問を投げたが…。


 何をしているのだ…。私は…。

 今すぐ、リンネアの体を湯船で温めなければ…。


 スィーリは樽へ水を加えて、温度を下げた。手早くリンネアの服を脱がせる。

 樽は大人の女性が使用するには小さいものだったが、痩身のリンネアには丁度良い大きさだった。

「あ……とう…ます…」

「何も話さずともよい…」

 魔法の樽は湯が冷たくなるとまた適温に戻るように設定されている優れものだったが、今のリンネアの身体を急激に温めれば障りがでるかもしれない。

 スィーリは手元の水差しで何度も温度を調整した。


 確か…。リンネアは…。護衛騎士と駆け落ちをしたのだったな…。

 では…。先程の男は…。その騎士であろうか…。あのとき…。私の顔を見て焦っていたようだったが…。顔見知りだったのか?


 スィーリは考えを巡らせながらも、リンネアの長い髪を手櫛が通るほど綺麗に洗いタオルで巻く。リンネアはずっと心地よさそうに目を瞑っていた。

 スィーリはリンネアの姿にそっと涙を零した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ