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獣になっても君が恋しい  作者: 礼三


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外伝 ネモフィラが咲く頃に…。2

「どうだ?気持ち良かったか?」

 スィーリは身体から湯気を放っている少女へ問いかけた。少女は元気よく答える。

「うん!ありがとう!」

「お風呂いただきました。いつもありがとうございます。スィーリ様」

 傍らにいた少女の母親の顔も上気している。

「いや、気にすることはない…。おいっ!ちょっと待て!髪を乾かしなさい!風邪をひく!」

 スィーリが棚からタオルを取り出すと、少女は慌てて逃げだした。まだ、髪からは水滴が滴っている。

「ええーーー!大丈夫だよ!」

「春になったとはいえ、まだ冷える…。こっちにおいで…」

 床へは少女の濡れ髪から落ちた雫で丸く染みた点が無数に飛んでいる。

「ぶぅっーーー!」

 不服そうに頬を膨らませた少女はそれでもスィーリの前へ立った。少女は大きな白いタオルで頭を覆われた。

 スィーリは指先で円を描きながらタオルの上から少女の頭をほぐした。結局、少女は気持ちよさそうに目を閉じてスィーリのなすがままにされている。

 母親が申し訳なさそうな面持ちで詫びた。

「スィーリ様、娘がすいません…。それと、村長からの伝言で明日から三日間は村の者が温泉へお邪魔することはないとのことです」

 親子は近隣の里から訪れていた。父親も一緒に来ているが、彼は長風呂でまだ戻っていない。

 スィーリの小屋の温泉は村人たちにとって癒し場である。ただ、ここ半年は主人が不在だったため利用できなかった。

 スィーリがスプルース公爵領へ戻っていたからだ。


 スィーリとヘンリックは再婚した。


 魔獣の森へ張ってある結界を見回り中、運悪くスプルース公爵ヘンリックは結界の綻びから現れた魔獣に遭遇した。ヘンリックは迅速に対応するため、魔獣を押し戻し尚且つ同時に魔力を流して魔法陣の発動を促したのだが、そのまま魔獣の森へ閉じ込められてしまった。

 半年後、ヘンリックの息子であるトイヴォは父を探しに、ヘンリック元妻のスィーリを訪ねた。

 しかし、スィーリは何も知らないと答える。

 内心、ヘンリックが行方不明だと聞いたスィーリは心配で気が気でなかった。

 スィーリは友人であるマッティへヘンリックの捜索を要請…。偉大な魔導師マッティはヘンリックが魔獣の森へいると突き止める。

 聖騎士団を率いてきた強者ヘンリックは魔獣の森という過酷な場所でも生き延びていた。

 マッティとスィーリは魔獣へ共に立ち向かい、無事にヘンリックを救いだした。

「ヘンリックに会いたい」

 スィーリの願い…。

「何故…。スィーリを自由にしてあげなかったのか…。自分には愛人がいたのに…。別れても彼女には恋人つくることを許さなかった…。なんて身勝手だったんだ…」

 命辛々日々を繋いでいたヘンリックの懺悔…。

 その想いが交錯して、公正証書の魔法誓約が破棄された。

 そして…。再会した二人は互いに愛していることを告げた。

 偉大な魔導師マッティはその場面に感動して涙を流したという…。


 もちろん…。これはマッティが創作した話だ。半年間、ヘンリックが狼になってスィーリへ付き纏っていたとは誰にも言えない…。


 周囲の人々は二人の復縁に呆れながらも一様に喜んでいた。イロナは涙ながらに戻ってきた嫁を抱きしめた。オーエンも安堵の表情を浮かべていた。

 スィーリの実家のグルナディーヌも皆祝福をしてくれたのだが、父ヴァルッテリだけは難色を示した。

 ヘンリックはヴァルッテリへ許しを得るため一晩サシで酒を飲み交わした。翌日、二人とも千鳥足で肩を組んでいた。何があったのかスィーリは知らないが、上機嫌でヴァルッテリは二人の再婚を認めた。

 怒涛のような毎日だったとスィーリは苦笑した。少女が首を傾げてスィーリの様子を見ている。

「ああ…。地上の青空祭が始まるのだったか?」

 地上の青空祭とは王太子が発案して四年前より行われている祭りだ。

 地上を空のように鮮やかな青で彩るネモフィラを天へ捧げて一年の穢れを祓う意味をこめて開催したらしく…。

 この祭りは神殿主催で行われている。神官の道を志していた王太子が考えそうな祭りだと庶民は思った。最初は新しい祭りへ戸惑っていた民たちも年を重ねるごとに楽しみとなり、いつしか定着していった。

 母親がスィーリの問いに笑顔で答えた。

「はい。皆、三日後の祭りの準備忙しく…。スィーリ様がいらっしゃる間、温泉を利用できることを楽しみにしておりましたのに…」

「それなら大丈夫だ…。まだ赴任するものが決まっていないらしく、しばらく私はここに留まる…」

「スプルース公爵様がよくお許しになられましたね?」

 スィーリがこの小屋へ戻ってきたのは意味がある。魔獣の森の結界へ亀裂が発生した際に使用する魔法陣を扱うのに適した人材がいないからだ。

 魔法陣を発動するにはある一定の魔力が必要で、グルナディーヌでは長兄オスカーが適任だった。実際、彼はグルナディーヌ侯爵を継ぐまでこの家を度々訪れていたが、今は多忙を極めており忙しい。

 そのため、スィーリは定期的にグルナディーヌへ戻り巡回する必要があった。

「あぁ…。拗ねてはいたが…。私の行動を制限することは決してない…。物分かりの良い夫なんだ…」

「スィーリ様もお祭りに来ればいいのに…」

「そうだなぁ…。魔獣の森の結界も気になるしな…。そっちの見回りに集中するよ…。その方が皆も安心して祭りを楽しめるだろう?」

「祭りが終わったら、スィーリ様へネモフィラの花束を持ってくるね…」

 少女は満面の笑みを浮かべた。

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