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11 魔導師と小公爵(トイヴォ現在)

 トイヴォが魔法陣で移動した先には簡易に作られた脱衣所があった。

 衝立が設置されており、その向こうから湯気が流れこむのを見て、衝立の反対側へ温泉場があるのだろうと察する。

 洞窟内の岩が出っ張った場所へラタンで編まれた籠が重なっており、その横へ衣類の投げこまれた籠を発見してトイヴォは首を傾げた。


 何故…。ここに服があるんだろう?


 とりあえずそれに倣い、トイヴォも服を脱ぎ畳んで籠へ入れた。恐る恐る衝立から顔を覗かせて様子をうかがう。

 魔蛍石の光で照らされた洞窟内は岩肌が剥きだしで奥行きが広い。岩が削がれて大きく窪みができたところへ、地盤の割れ目から豊富に源泉が湧き出ており、湯がなみなみとたゆたっていた。

 その周囲を人工的に並べられたのだろう、大きな岩が連なり囲んでいる。

 白い湯気が揺ら揺らと立ち昇り、トイヴォは目を凝らすと人影が見えた。色白の骨ばった肩の輪郭が浮かびあがる。

「失礼します…」

 友人の魔導師が利用することもある温泉だとスィーリが言っていたことをトイヴォは思い出した。

「あぁ…。待て待て…。掛け湯しなさい…」

 いきなり温泉へ足を浸けようとしたトイヴォを止める声が洞内へ響く。

「掛け湯?」

「急に温泉に浸かれば負担がかかりますから、お湯の温度に体が慣らさないといけませんし…。他人と同じ湯に浸かるんです。まずは自分の体の汚れを洗い流す気配りも必要でしょう?そこへ木桶がありますから、それで少量ずつ身体へお湯をかけて清めてから入りなさい」

「あっ…。はい」

 諭されるまま、トイヴォは声の主の言葉に従う。

「で…。貴方は誰ですか?お見受けしたところ、何処ぞの貴族子息でしょうけど…」

 貴族社会では下位のものから名前を尋ねることはない。スプルース公爵家は王家、大公家に継ぐ高位貴族だ。

 目の前の赤髪の男は王家、大公家の血脈でないことは明白だった。だが、温泉の作法を教えてくれた先達を咎めることに、トイヴォは違和感を感じて素直に名乗った。

「トイヴォ・スプルースと申します」

「何と…。スプルース小公爵でしたか?」

 男は興味津々で茶色に光の加減で緑色にも見える瞳を輝かせて、トイヴォの顔をマジマジと確認した。

「ご挨拶が遅れました…。私はマッティと言います。貴方のお父上、スプルース公爵がスィーリ様と離縁されたとき、仲裁に入りました魔導士です」

 トイヴォの推測は当たっていたようだ。

「お名前は存じております…」

「貴方と対面するのは初めてですね…」

 じんわりと額に汗を滲ませ、マッティは面白そうに続けて呟いた。

「漸く…。公爵が離縁に反対した理由がわかりました…」

 スィーリはトイヴォの毒殺未遂の件を公爵夫人の意志を誤って汲んだものの仕業だろうとマッティへ話していた。

 離婚前、スプルース公爵家の使用人はスィーリに好意的だった。リンネアの側仕えも、公爵の愛妾への礼節を弁え彼女に接することとスィーリから言い含められ従事していた。

 スィーリあってこそ、リンネアもトイヴォも公爵家での生活が保障されていたのだ。

 スィーリは公爵夫人を慕っているものが、勝手に暴走したのではないかと考えていた。

 だから、スィーリがスプルース公爵家を離れれば、トイヴォを殺そうする輩もいなくなるだろうと…。

 実際、あれからトイヴォの身が危ぶまれることは一度もなかった。

「えっ?」

 トイヴォはマッティの発言の意図がわからず、マッティへ目を向けるも、当の本人は上の空で何か思い巡らせている。

 マッティの赤髪は濡れている。クセがとれて真っ直ぐに戻っており、毛先から雫が白く細い項へとすっと落ちる。


 色気のある人だなぁ…。母上の周りには容姿端麗の男ばかりだ…。


 マッティの日頃を知らないトイヴォは素直にマッティの容姿に感嘆した。

 言わば、マッティのボサボサ頭、外套は人々から目を逸らす防護服のようなもので、素のマッティは人々を惑わすほど綺麗な顔立ちをしている。

「あぁ…。気になさらないでください。独り言です…。うーん、なるほど…。なるほど…。私は偉大な魔導師でしてね。人を見ると色々なことが分かってしまうのですよ…。うーーーーーん。でっ?それでどうして貴方はこちらに?この温泉場へはスィーリ様の家からお越しになられたのでしょう?何故、スィーリ様のところへ?もう縁もゆかりもないでしょうに…」

 マッティのその言葉にトイヴォは顔を曇らせた。マッティの言うことは正論ではある。だが、トイヴォはスィーリを本当の家族のように慕っていた。

「あぁ、はいっ…。それは父が…」

 父が別れた義母に想いを寄せていたことをトイヴォは知っている。人目忍んでは、スプルース公爵の自室へ飾っているスィーリの肖像画を愛しそうに眺めていた。

 そのため、ヘンリックが忽然と消えたとき…。スィーリを迎えに行ったのだとトイヴォは思っていた。それならば、スィーリから知らせが届くはずだ。だが、一向に何の音沙汰もなかった。

 家族は皆、ヘンリックが事件や事故に巻き込まれたという認識がなく、初動捜査が遅れてしまった。捜索は始まったが、跡形もなく途絶えた消息を探すのは困難を極めた。

「あぁ…。失踪したのでしたね…。でっ、会えましたか?」

「えっ?いえ…。何処に行けば父に会えるかご存知なのですか?」

 ことなげもなくマッティが尋ねるので、トイヴォは一縷の望みをかけた。

 マッティは明後日の方向へ目を泳がせる。

「あっ?そうでした…。そうでした…。私…。魔塔で明日までに仕上げないといけない研究報告書があるのでした…。折角、お会いできたのに…。お父様のことは大変でしょうが…。案外、近くにいらっしゃるかもしれませんよ…。まぁ、落胆なさらず…。では…」

 マッティはそう言い残すとトイヴォの問いに答えることはなく、そそくさと湯船から上がってしまった。

 岩を伝ってトイヴォの頭上へ水滴が落ちる。湯気に消えていくマッティの背中を見送りながら、トイヴォはため息を吐いたのだった。

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