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団地の小さな古時計

作者: 若松ユウ

掛け時計、振り子時計、八角時計、ネジ巻き時計にゼンマイ時計。

人によっては、定刻に鳴る音からボンボン時計と呼ぶ人もいる。

僕にはいくつも名前があるけれど、どれも特徴をよく表していると思う。


時は団地ブームの黎明れいめい期。

スターハウスと呼ばれるY字塔の1室に、入居祝いとして三輪トラックに載せられてやってきた。

3方向に窓がある採光性の高い物件のダイニングに掛けられた僕は、長屋から越してきた幸運な若夫婦の暮らしを、静かに見守ってきた。


僕の動力源はゼンマイで、クオーツ時計が普及するまで何世紀にもわたって同じ仕組みが使われてきた。

ゼンマイを巻くのは30日に1回程度。巻く穴は2つあって、右が時分用で、左が時打用。

回す順番と巻き方は、まず時分用を右回し、続いて時打用を左回し。中心に向かって回すんだと覚えておくといいよ。


ゼンマイを回すのは、決まって旦那さんだった。

中央の小窓の色が赤変わったらネジを巻くんだけど、巻きすぎるとゼンマイがくっついたり切れたりするので注意してね。

時間を合わせるときは、長針を右に回して合わせること。逆に回すと打音数が合わなくなったり壊れたりするからやめてね。


この家に来て5年のうちに、夫婦のあいだには3姉妹が生まれた。

しっかり者の長女恵子、食いしん坊の二女久美子、負けず嫌いの三女由美子。

2DK5人暮らしは、時打の鐘の音がかき消されるくらいにぎやかで、傍で見ている分には愉快なものだった。


そんな暮らしも、10年、20年、30年と時が経つうちに変化していった。

長女が就職し、二女が結婚し、三女が海外へ移住してしまうと、途端にダイニングは静かになり、3人分の食器が無くなった棚には、すき間が目立つようになった。

だけど、さびしいことばかりでもない。


ある年末に奥さんが押し入れを整理していた時、古い段ボール箱から旦那さんが若い頃に使ってたカメラが出てきた。

それをきっかけに、数年前から夫婦で写真を撮りに出かけるようになった。

ダイニングテーブルで現像した写真を見ながら、旅先での思い出話に花を咲かせる姿は、なんとも微笑ましい。


最近では、奥さんがタブレット端末の使い方を覚えて、撮った写真を離れて暮らす3姉妹に見せたりもしている。

ここで「タブレット端末のカメラ機能で直接撮れば良いのでは?」などという野暮なことを言ってはいけない。

旦那さんいわく、フィルムにはアナログ写真にしか出せない良さがあるらしいからね。


いつまでこのしあわせな暮らしが続くのか、それは誰にも分からない。

団地の取り壊しが検討されてるらしいし、この4階まで階段を昇り降りできなくなってくるかもしれない。

ただ、僕としては1分1秒でも長く見守っていたいから、ゼンマイを巻くことだけは忘れないでほしいかな。



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