第1話
駅舎を過ぎると、ちょっとした公園になっていた。子供が走り回って遊べるほどのスペースはなく、低木の生垣や立派な大木など、至る所に緑が植えられている。目の保養になるような、憩いの場なのだろう。
立ち寄りたい誘惑にも駆られるが、我慢して横を通り過ぎる。気持ちを切り替えて道路の反対側を見れば、ハンバーガーショップやドラッグストア。店名こそ違うものの、見慣れた業種の建物だった。
「あら、これは何かしら?」
彼女の気を引いたのは、公園が終わった辺りの白い建物だ。民家や商店にしては小さいが、公衆トイレにしては立派過ぎる。
よく見ると……。
「『KOBAN』と書いてありますね。つまり交番です」
「まあ、おまわりさん!」
一瞬目を丸くしてから、彼女は表情を曇らせた。
「私、大丈夫かしら? この格好、浮いてません?」
「ははは……。大丈夫ですよ」
「でも、シンジさんには見抜かれましたから……」
と、心配そうな声を出す。
彼女も同じツアーの参加者だが、出発前からの知り合いではなく、初対面は駅の構内だった。
女子トイレを出た場所で、きょろきょろと周りを見回す女性。状況的には、待っているはずの連れを探している様子だけれど、どうも雰囲気が違う。期待で顔を輝かせている感じで、その輝きは魅力的だった。
おそらく僕も似たようなワクワク顔をしているに違いない。そう思ったところで気が付いた。彼女も同じ立場ではないのか、と。
だから、思い切って声をかけてみたのだ。
「あの……。もしかして、見学ツアー2021の参加者ですか?」
「えっ、見学ツアー2021……。ということは、あなたも!」
「シンジと言います。よろしく」
「ユカです。こちらこそ、よろしくお願いします」
駅のトイレの前で握手する男女。今思えば、あれこそ浮いて見える光景だったかもしれない。
「格好云々じゃないです。一種の共感でしょうか。パッと見て、僕と同じだと感じる部分があって……」
改めて彼女の身なりに注目してみるが、不自然な点は何もなかった。
赤いコートも、その下から覗く茶色のロングスカートも、すらりとした体型によく似合っている。長い黒髪は艶やかで、面長な顔立ちは薄化粧でも美しかった。感染症対策の白マスクで顔の下半分を隠しているのが勿体ないほどだが、この令和の時代では仕方がない。
本当は「素敵です」と言いたいところだが、さすがに止めておく。
「先ほども言ったように、問題ありません。気にせず、この武蔵野を楽しみましょう!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると助かります。でも……」
言葉とは裏腹に、まだ彼女は不安そうに見える。
「……少し心細いので、このツアーの間、手を繋いでいても構わないでしょうか?」
「ええ、どうぞ!」
ちょっと勢いが過ぎたかな、と感じて、慌てて付け加える。
「心細さの解消だけじゃなく、その方がカップルに見えて、ますます周りに溶け込むでしょうね」
「あらまあ! それはそれで、なんだか恥ずかしいですわ」
照れ笑いを浮かべながら、彼女は僕の手を握った。




