生徒会長の七瀬先輩と図書委員の陰キャな俺
一度書いてみたかった恋愛小説みたいなやつ。
こんなアオハルを過ごしてみたかった……。
キーンコーンカーンコーン
授業終了を告げるチャイムの音が、教室に鳴り響く。
「なぁ、今日一緒に帰ろうぜ」
「わりぃ。今日部活」
帰り支度を済ませ、それぞれ部活に向かうなり自宅へと帰っていく。時刻は三時半を少しまわった頃。
春先のこの季節は、この時間でも肌を刺すような寒さが襲いかかってくる。
クラスメイトが、次々と教室を去っていく中、一人の少年は椅子から立ち上がることなく、昼休みに購入したココアミルクを口にする。
「……ぬるい」
彼はそう吐き捨て、立ち上がる。
今日は木曜日。図書委員の担当の日だ。
目にかかるほどに無造作に伸ばされた黒い髪に、常に眠たそうと思われるトロンとしたその瞳の持ち主。
彼の名前は水野祐馬。今年二年生になったばかりの一六歳だ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
教室を出て、二階の廊下を歩いていると、グラウンドから運動部の声が聞こえた。
こんな寒い中、よくやるなと祐馬は思った。
廊下で立ち話をする生徒の前を通って、階段を降りる。図書室は一階にあるのだ。
図書室の扉を開く。生徒は二、三人いる程度だった。カウンターに座って、肩にかけていた鞄を足元に置き、祐馬は持参していた本に目を通していた。
静かな空間の中、ただ時間が過ぎていく。
祐馬はこの時間が好きなのだ。
彼は至って普通の高校生だ。
ごく普通の家庭に生まれ、普通に育ち、今日まで特に苦労することなく普通に生きてきた。
勉強はできない方ではない。二百人いる学年で、大体五十〜六十位くらいの番数をキープしている。まぁ、普通だ。
運動もできないわけではない。運動部に入部しているわけではない。彼は帰宅部だ。だがある程度の球技は大体できるし、趣味で筋トレをやっている。だから運動能力は、そこら辺と運動部員と対して変わらないだろう。
運動部に入らないか?と勧誘されたこともあったが、全て断った。祐馬にとって、それは時間の無駄だからだ。
祐馬は自分の時間を、自分の好きなもののために使いたい人間なのだ。祐馬は小さい頃から本が好きで、図書委員になったのは、本と触れ合う機会が増えるのと、ただ単に図書室が静かだからだ。騒がしいところは、苦手なのである。
図書委員の主な仕事として、本の整理、本の貸し出しと返却の受け付けだ。とは言ってもこの時間帯は、来る生徒の数も少ないため、ほとんどやることがない。
祐馬はチラッと時計を確認する。
時間は四時二十分。仕事時間は五時までなので、あと四十分だ。本当なら、このまま時間が過ぎ、いつも通り図書室を出て、いつも通りに帰宅する。
はずだった。
だがーー
ガラガラと図書室の扉が開く音がした。
「こんにちは。やっぱり木曜日のこの時間が担当なのね。君」
一人の少女が、祐馬を見て笑みを浮かべる。
背中まで流れる美しく艶のある黒髪に、柔らかな瞳を浮かべている。清楚な見た目とは裏腹に、出るところはしっかりと出ている。
そんな彼女に目もくれず、祐馬はペラペラとページをめくっていた。
「むー。人が話しかけているのに、無視するなんて駄目じゃない。小さい頃、幼稚園で習ったでしょ?」
少女は頬を膨らませて、ゆったりとした足取りで祐馬の元に歩いていく。
「何の用ですか?本の返却なら、ここに設置されているボックスの中に入れておいてください」
「違うわ。君に用があって来たの」
「毎週そうじゃないですか。ここは図書室なので、用がなければお引き取りください」
「じゃあ、当番終わるまで待っててあげる。まだ肌寒さが残る廊下で、たった一人で震えながら」
少女がそう言うと、祐馬は顔を上げた。
「やっと顔を上げた」
「一体、何の用ですか?七瀬先輩」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
七瀬凛子
成績優秀、スポーツ万能、超絶美少女、おまけにこの白蘭高校の生徒会長を務める三年生だ。
これでもかなりのハイスペックだというのに、性格まで良く。男子生徒からは圧倒的な人気を誇っている。
非の打ち所がなく。悪いところを探せと言う方が逆に難しい。まさにみんなの憧れの的である生徒というわけだ。
「何読んでいるの?」
凛子は尋ねる。
「小説です」
祐馬は本の冊子を見せる。そこには、「魔王になった少年」というタイトルが書かれていた。
「どんなお話?」
「前世は貧困に苦しみ、世界を憎んだ少年が魔王に転生して、全てを滅ぼすっていうお話」
「へぇ。面白そうね。今度読ませてよ」
あ凛子は興味深そうな目を浮かべていた。
「凛子先輩、こういうの読むんですか?」
「まったく。ゆーまくんが読んでるから面白そうと思って」
彼女は笑みを浮かべる。
「ゆーまくんは部活入らないの?」
「興味がないんで、入らないですね」
「一度きりの高校生活なんだから、この機会逃すと、みんなと一喜一憂できることなんてこの先ないかもしれないわよ?」
「七瀬先輩だって、部活入っていないじゃないですか」
「私は生徒会があるもの。みんながより一層学校生活を謳歌できるように頑張っているのだから。生徒会のみんなも優しいし、どこにも所属していない君よりはマシよ」
えへん、と胸を張る。
「一応、図書委員なんですけど」
「みんなと一喜一憂って言ったでしょ。ゆーまくん誰とも話そうとしないじゃない。もしかしてーー」
「友達ならいますよ」
凛子の発する言葉を予測してか、祐馬はそう口を開いた。
祐馬もぼっちというわけではない。同じ趣味を持つ友人が二、三人いる程度だ。多くの人間と関係を持っても、ただ面倒なだけという考えを、祐馬は持っているのだ。
「ゆーまくん、運動だって苦手ってわけでもないでしょ?帰宅部とは思えない筋肉の付きかただし」
凛子はツンツンと腹筋を突いてきた。
くすぐったくて祐馬はあんなの手を払いのける。
「汗をかくのは嫌なんですよ。ベトベトするし」
ため息を吐きながら、祐馬は答える。
ふーんと、凛子は手を後ろに回して言った。
凛子の質問攻めが終わって、祐馬は再び本に目をやった。
「先輩。別に俺といても、楽しいことなんてないですよ」
祐馬はずっと思っていた。
彼女との出会いは半年ぐらい前の話。いつも通り図書室に向かおうと歩いていたら、向かいから凛子が歩いてきた。生徒会で使うのであろう書類を両手に持っていて、それを一枚落としたのだ。それをそっと拾うと、凛子は「ありがとう」と言って、別れた。
その時からだろう。毎週木曜日。俺が図書室の担当の日に、彼女は決まった時間にこの場に足を運ぶようになったのだ。
別に祐馬は凛子のことが嫌いなわけではない。ただ、凛子が自分といるのを見られると、変な噂を流されるのではないかと、凛子に迷惑がかかるのではないかと、心配しているのだ。
「そう?」
凛子 は首を傾げる。
「そうって……何故疑問系で聞いてくるですか」
「だって私、楽しいからここに足を運んでいるんだもの」
祐馬にとって、それは衝撃発言だった。思わず驚いたような表情を浮かべてしまった。
「君も驚いた顔をするんだね」
凛子はクスッと笑う。
「からかってます?」
「違う違う。本気で言っているの。じゃなきゃ、毎週通ったりしないって」
それでも信用できずにいた祐馬は、ジトっとした瞳を凛子に向ける。
「どうしたら信用してくれる?」
「まぁ、それ相応の振る舞いっていうのがありますからね」
凛子はうーんと唸る。すると、何か閃いたように握り拳を作って、手をポンと叩いた。
「じゃあ、ほっぺにキスでもしてあげようか?」
祐馬の本に挟まれていた栞がひらりと落ちる。凛子はそれとスッと拾い、祐馬に渡した。
「今、なんで言いました?」
「ほっぺにキス。してあげようか?」
凛子は笑顔で、同じことを口にした。それには、さすがの祐馬も動揺を隠せないでいた。
「まぁ、それは嘘なのだけれど」
「じゃあ、言うなよ」
「もしかして……変に期待させちゃった?」
からかうかのように凛子は言った。
「期待するも何も、七瀬先輩美人なんだから彼氏ぐらいいるでしょ。別にはなから期待なんてしていませんよ」
と言いつつも、内心ちょっとドギマギしている祐馬。
「告白は今日も何度かされたけど、全部断っているわよ。今日は確かサッカー部の高橋くんから告白されたわ」
「高橋くんって……あの高橋先輩?」
「うん。あの高橋先輩」
白蘭高校サッカー部のエースストライカーであり、学校一のイケメン。それでいて頭も良い。
男版七瀬凛子といった人物であり、名前だけなら祐馬も知っている。ファンクラブも存在するほどだ。
「なんで断ったんですか?普通にお似合いだと思ったんですけど。美形カップルって感じで」
「ちょっと彼、チャラいのよ。私、そういう人あまり得意じゃなくてね」
凛子は苦笑いを浮かべた。
「それで、高橋先輩は?」
「断ったのだけれど、ちょっとしつこかったから高橋くんの嫌いなところ。苦手なところ。直して欲しいところ。その他諸々を長々と語っていたら、いつの間にかいなくなっていたわ」
彼女は嫌いなものは嫌いときっぱりと言えるタイプの人間だ。だからこそ、生徒会長を務め上げられるのだろうが、それ故に彼女を苦手という生徒も少なくはない。
「だから私、彼氏なんていたことないのよ」
これだけ優秀な人なのだから、きっと求めるものも高いのだろう。
「先輩は、どんな人と付き合いたいんですか?」
ちょっと気になってしまい、祐馬は尋ねた。
「そんなに多くは求めないわ。ただ、一緒にいて楽しい。ずっと隣にいたい。心が安らぐような人と付き合いたい。それだけよ」
「へぇ。好きな人はいるんですか?」
「うん。いるよ」
凛子は恥ずかしそうに言った。
それだけ?と、若干拍子抜けする点もあったが、七瀬先輩らしい。
時間は四時五十八分。もう少しで、当番が終わる。気がつけば、生徒は祐馬と凛子しかいなかった。途中まで読んでいたところに栞を挟み、本を鞄にしまう。
「少し早いですけど、鍵閉めますね」
「はーい」
祐馬と凛子は、図書室を出て鍵を閉めた。
「それじゃあ、私まだやることが残っているから」
「だったらこんなところで油を売っていないで、それを済ませば良かったじゃないですか」
「最初に言ったじゃない。私はゆーまくんと話がしたくて来たって。それじゃあ、また明日」
「……じゃあ」
凛子は手を振り、祐馬は軽く頭を下げる。
そして、玄関へと向けて歩き出そうとした。
「ねぇ、さっき楽しいって思える人と一緒にいたいって言ったじゃない」
「そうですね。それが何か?」
「察しが悪いなー」
凛子はハーっとため息を吐くと、スッと人差し指を祐馬に指した。
「ーーーーよ」
差し込む夕日が、凛子を明るく照らしていた。
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