王太子レイリス、箱入り令嬢に物申す!
アルスレント王国の王太子たる僕、レイリスには一つの悩みがあった。
他でもない、婚約者である侯爵令嬢ロゼッタのことである。
ヴェリントン侯爵家令嬢、ロゼッタ・ヴェリントン。
彼女は、生まれる前から僕の許嫁であることが宿命づけられた箱入り令嬢である。
ヴェリントンの家は、その血統を遡れば国祖の兄に行きつく由緒正しい家柄だ。
かつては王位継承権も有していたこの家からは、多くの名宰相や名将が輩出されている。
我がアルスレントにとって、まさになくてはならない重臣、なんだけれど――、
「頭が痛い……」
ロゼッタのことを考えて、僕は長々とため息をもらした。
ヴェリントン家の箱入り娘。そんな彼女こそが、僕に深い懊悩を与える元凶なのだ。
僕と彼女は誕生日がすこぶる近く、来週で二人とも十五になる。
この国では十五で成人とみなされるので、僕達は共に晴れて大人の仲間入りだ。
それを祝して、来週、僕達の成人祝賀パーティーが予定されていた。
場所は、僕達が通っている王立学園の別館。
催事の会場として使われることが多い、宮殿としての役割も兼ねている建物である。
今のところの予定では、そこで僕とロゼッタの婚約が発表されることになっていた。
現状、内々のものでしかない僕達の関係が、正式なものとなるのだ。
これは、祖国アルスレントの内外に対して、大きな意味を持った発表となるだろう。
アルスレントは、現在、大陸でも二位の国力を持つ大国だ。
その次期国王たる僕の婚約発表なのだから、意味を持たないはずがないのだ。
……そう、つまりは、ただ事ではないということなのだ。
が、
「どうしたものか」
腕を組み、唸る。
僕の悩みの根っこは、まさにその婚約発表にこそあった。
僕の許嫁、ロゼッタ・ヴェリントン。
王立学園に通い、彼女を知る者は、口を揃えてロゼッタをこう呼ぶ。
――学園一の悪役令嬢、と。
ロゼッタは頭もよく、礼節も弁えた、立派な淑女である。
性格も悪くはなく、少なくとも大それた野望など抱くタイプには見えない。
だが、貴族とは面の皮が厚くてナンボの生き物。
その面でいえば、ロゼッタのそれはまさしくこの国随一と言っても過言ではない。
許嫁である僕ですら、本当のところ、ロゼッタが考えていることがわからない。
近い場所にいる僕ですらそうなのだ。
周りの学生達だって、同じだろう。
事実、僕が秘密裏に人を使って学園の生徒達にロゼッタの評判を集めた、その結果、
曰く、何を考えているのかわからず、気持ち悪い。
曰く、全身から放たれる威圧感に気圧されて何も言えなくなる。
曰く、怒らせたら地獄の底まで追いかけられた挙句、食い殺されそう。
これだよ。
何なんだろうなー、これ。
仮にも王太子の許嫁を評する言葉なのか、これが?
とはいえ、残念ながらこの風評は無根拠の誹謗中傷でも何でもない、ただの事実だ。
ロゼッタは不気味で、威圧的で、怒らせたら何をしてくるかわからない。
そういう印象が、確かにある。――いや、そういう印象しかない。が、正しいか。
ロゼッタが悪役などと呼ばれるのも、むべなるかな。
だからこそ、当然の帰結として、王太子の許嫁に相応しくないという声が上がった。
言い出したのはヴェリントン家と仲が悪い公爵家であった。
七代前の王弟を祖とする家で、ヴェリントン家と並ぶ重臣の一族である。
彼らは、ロゼッタに王妃の資格なしとして、自家の令嬢を許嫁候補に推してきた。
王である父は、最初こそ取り合うことはしなかった。
しかしロゼッタの評判を聞いて以降、少しずつ、揺らいできているのを僕は知っている。
ちなみに、僕とその公爵家の令嬢とロゼッタは、全員幼馴染である。
僕とその令嬢――、キリエの共通見解は、大人の都合に子供を使うな、である。
そりゃあ、僕もキリエも貴族で、義務と役割を背負っているのは知っている。
が、それはそれ、これはこれ。
本音が見え透いているくだらない大人の権力闘争に付き合いたくなどないのだ。
「どうするんですか、お兄様?」
ある日のこと、悩める僕のところに来たキリエが、単刀直入に尋ねてきた。
主語こそなかったが、彼女の質問の内容は間違いなく、ロゼッタのことであろう。
「どうしようかなー」
王立学園の中庭にあるテラスで、僕は渋い顔をしながら紅茶をすする。
「また、そんな煮え切らない言い方して。……もう来週なんですよ?」
僕の向かい側で同じく紅茶を口にして、キリエはハァと息をついた。
「いい加減、腹を決めてください。お兄様がそんなですから、毎日毎日、お父様が私に許嫁の心得を学んでおけとか言ってくるんです。あー、あのブタカス、マジしつけぇ」
表情を一切変えず、キリエは自分の父をブタカス呼ばわりした。
それを聞いているのは僕だけで、彼女も、僕とロゼッタ以外には素を晒すことはない。
「……キリエも、苦労してるね」
彼女の素に馴染み切っている僕は、特段驚くこともなく、それを受け流した。
「そう思っていただけるのでしたら、決断してくださいまし。お兄様が一言、自分の許嫁はロゼッタお姉様だって言ってくれたら、それで終わるんです。この騒動は」
「そう、なんだけどさー……」
ピシャリと言われて、僕はテーブルに突っ伏した。
まさにキリエの言う通りで、僕としては返す言葉もない。のだが――、
「……じゃあさ、キリエ、聞くけどさ」
「はい?」
「君が男子だったら、お嫁さんにしたい? ロゼッタ」
「――――ハンッ」
キリエ、一笑に付す。鼻で笑うともいう。
「ありえねー。マジありえねー。ですわね」
「君はその、あり得ない相手を僕に押し付けようとしてるワケなんだけど?」
「それは陛下がお決めになられたことですので?」
「ちっくしょー、この妹分、無駄に口喧嘩強いよー。勝てねぇ~」
「そもそも、お兄様はロゼッタお姉様のことを愛していませんの?」
「ロゼッタを~……?」
問われ、僕はロゼッタについて思い返してみる。
「うん、まぁ、嫌いではない、と思うよ」
「では――」
「思うけどさ」
「はい?」
「それより、何考えてるかわからない、ってのがすっごく強い」
「あ~……」
キリエですら、ここで同感の呻きをもらす。
「あの箱入り娘の考えが本気でわからなくて、好き嫌い以前なんだよなぁー……」
言ってから、僕は「辛い……」と弱音を吐く。
僕とキリエがこんな風な言い方をするのも、当然ながら理由がある。
僕達は今まで、ロゼッタに対して再三、学園での態度を改めるように言ってきた。
それこそ、何か顔を合わせる機会があれば、そのたびに。
何度も、何度も、数えきれないほどの回数を僕とキリエは彼女を説得してきたのだ。
しかし、それが実を結ぶことはなかった。
ロゼッタは相変わらず、王立学園にて悪役令嬢と陰口を叩かれ続けている。
「これはもう、荒療治で行くしかないのでは?」
ふと、キリエがそんなことを言ってきた。
突っ伏したままだった僕は、顔だけをあげて向かい側の彼女を見る。
「荒療治、って?」
「つまりですね――」
キリエが僕に説明したそれは、まさしく『荒療治』だった。
そのあまりの内容に、僕は血の気が引くのを感じながら、目の前の妹分に問う。
「……本気?」
だが返事はなく、僕が見る先で、キリエはニコニコしているだけだった。
その笑みの意味を、僕は知っている。
それは、僕がどう答えるかを確信しているときの顔だ。
「――ハァ」
僕は、深く深く、息を吐いた。
「やるか」
「さすがです、お兄様」
キリエが、満面の笑みのまま、サムズアップしてきた。
仮にも公爵家令嬢だよね、君?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ついに、その日はやってきた。
王立学園別館にて、今、僕とロゼッタの成人祝賀パーティーが催されている。
国お抱えの交響楽団が壮麗な曲を奏でる中、着飾った生徒がペアで踊る。
僕も、ロゼッタを連れて何曲か踊り、用意された料理に舌鼓を打ったりした。
僕の隣には、常にロゼッタがいた。
鮮血の如き深紅のドレスを身に纏い、そこに長く伸ばした黒髪が映えている。
それを、周りの学友達は注目しつつも、決して近づいてくることはなかった。
これだけでも、周りからのロゼッタの扱いがわかろうというものだ。
そして、夜も深まって宴もたけなわというタイミングで、僕は会場の真ん中に立つ。
いよいよという場面で、学友達も、緊張の面持ちで僕を見ていた。
本来の予定では、ここでするべきことは、僕とロゼッタの婚約発表。
しかし、僕はこれから、それとは真逆のことをする。
「ヴェリントン公爵家令嬢、ロゼッタ! 今ここで、この僕、アルスレント王国王太子レイリスの名のもとに、おまえに婚約破棄を申し渡す!」
僕の宣言によって、会場が衝撃に襲われた。
「……え?」
突きつけた指の先で、固まったロゼッタが、小さく声を漏らした。
他の学友達は、それすらできずに完全に風景の一部と化してしまっている。
先刻まで、楽団の音楽の中、和やかな雰囲気にあった会場の空気は、一変していた。
「で、殿下……?」
ロゼッタが、僕を呼ぶ。
その、聞いたこともない彼女の震えた声に、若干、胸が痛んだ。
しかし、ここまでやった以上、僕も引くわけにはいかない。
「ロゼッタ・ヴェリントン、おまえの学園における行状、この僕が知らないと思っているのか? ここに居並ぶ我が学友達が、おまえを何と呼んでいるか、知っているだろう!」
「……そ、それは」
痛いところを突かれたらしく、ロゼッタが言い淀む。
そして今さらながらに、周りの学友達もにわかにどよめき始める。
「将来的に臣下となる者達から、悪役とまで呼ばれているおまえを、そうと知りながら妃に迎えれば、それこそ我が王家の恥! 僕は自ら暗君への道を突き進む気はない!」
「そんな、殿下……」
ロゼッタの泣きそうな声に、僕の胸の痛みが増す。
重ねていうが、僕は彼女のことが嫌いなワケじゃない。もちろん好意だってある。
だがそれ以上、やはり不気味だ、という思いが強い。どうしても。
「おお、さすがは王太子殿下だ……」
「次期国王として、国のことを第一に考えられている姿勢、素敵です!」
学友達の半分が、僕のことを褒め称えた。
そしてもう半分が、無言でロゼッタに対して冷たい視線を向けている。
いやー、人間って醜いね。
自分が正しい側に立てるとわかった途端、この反応だよ。
貴族子女ともなると、成人前からストレスヤバイもんねー。
発散できるならしたいよねー、そりゃ。うん、それはわかるんだけどさー……。
「お待ちください、殿下!」
内心、呆れかけていた僕に、ロゼッタが必死の様子で叫んでくる。
「ほ、本気で私との婚約を解消されるおつもりなのですか? ……本気で?」
露骨なまでの、信じられないといった物言い。
実際、信じられないのだろう。
そりゃあそうだ、婚約破棄なんて、これまで微塵も匂わせてこなかった。
ロゼッタにしてみれば、青天の霹靂に違いない。
「私は、これまで殿下の許嫁として相応しく在れるよう、常に自らを高めるべく努めて参りました。厳しい教育にも文句ひとつ言うことなく、全ては未来の王妃として、殿下の隣に立てる女でありたいという一念のもと、生きて参りました!」
ロゼッタが、ほとんど泣き声で訴えてくる。
うん、当然知ってるよ。君が、これまでどれだけ頑張ってきたのか。
「その私を、殿下はお捨てになられるのですか? 一体、どうして!」
「それはすでに告げた。おまえ自身の行状こそ、僕は婚約を破棄する理由だ、と!」
しかし、ここで僕はあえて強い調子でロゼッタを糾した。
何故なら、これこそキリエに提案された『荒療治』だからである。
「もし、おまえがこれまでの己の行ないを悔い改め、僕の婚約者として、より相応しくなろうとするというのならば、婚約破棄について、考えてやらないでもない」
そう、こうやってロゼッタに婚約破棄を突きつけて、行動の改善を促す。
まさに『荒療治』。僕にとっても、最終手段というほかない、暴力的な方法だ。
――さすがに、ここまでやればロゼッタも折れるだろう。
半ば祈りも交えて、僕はそう考えていた。
しかし、
「そ、それは、できません!」
え?
「そのお話は、今まで、幾度も繰り返してきたはずです。わ、私の行いは、私が殿下の妻として相応しい女であるために必要なことだと、これまで何度も説明してきました!」
いや、確かにそういう説明は受けてきたけどさ。
そのたびに僕もキリエも、いや、そんなことないからね。とも言ってきたし!
「何度、同じ説明をすればご納得いただけるのですか? 私は、何回、同じ話を殿下に繰り返さなければならないのですか? それは、私の落ち度なのですか!」
君の落ち度じゃないけど、そのセリフ自体はこっちのセリフだァァァァ――――!
「本当は、違うのでしょう?」
え?
「私よりも、妃に相応しい女性ができたのでしょう?」
は?
「そうでなければ、今さらすぎる話を持ち出して、婚約破棄だなんて……!」
「いや、違う! 違うから!」
あれぇ、おかしいな!
何か、僕の方が追い詰められてるんだけど!?
「違うとおっしゃられるのでしたら、お聞かせください。私の何がいけないのか!」
「ぐ……! わかった、はっきりと言ってやろう!」
「ええ、言ってくださいまし! このロゼッタの、何がいけないのかを!」
「じゃあ、言うけど――」
僕は、ロゼッタに向かって改めて指を突きつけて、あらん限りの大声で叫んだ。
「いい加減、その頭の被り物を外せェェェェェェェェ――――ッッッッ!!!!」
僕が突きつけた指の先には、宝箱があった。
そう、ロゼッタ・ヴェリントンは、頭に宝箱の被り物をしているのだ。
こう、脳天から首まで、スッポリと。
後ろ頭の部分に隙間があるのか、そこから長い黒髪が伸びている。
箱入り(物理)令嬢ロゼッタ・ヴェリントン。
それこそが、アルスレント王国王太子レイリスの許嫁なのであった。
「イヤです!」
「だから、何でそこでイヤとか言っちゃうんだよ!」
「だって、この宝箱を開けたら、お顔を晒すことになっちゃいます!」
「晒せって言ってるんだよ、僕はッッ!」
これまで散々繰り返してきたやり取りをまたしても行ない、僕は地団駄を踏んだ。
宝箱の蓋の部分がかすかに開いて、そこからロゼッタの鳶色の瞳が覗く。
「こ、婚姻前に婚約者にお顔を晒せだなんて、殿下のえっち!」
「何でそこで僕が悪いことになってるんだァァァァァァァァァ!!?」
な、納得がいかない。
「いいかい、ロゼッタ。普通に考えて、今まで一回も妻にするべき女性の顔を見たことがない許嫁って、おかしいだろ? 普通じゃないよね? ありえないでしょ?」
「でも私は王妃になるべく生まれた女なのですから、普通じゃないのは当然ではないでしょうか。ほら、美は女性の宝といいますし、宝であるなら、宝箱に入っていなくては」
ああああああああああ、一般論、通用しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「ヴェリントン家令嬢、何言ってるかわからないわ……」
「ああ、相変わらず、頭がおかしい人だ……」
ほら~、周りもそんなこと言ってるじゃーん……。
何を考えてるかわからない?
そりゃそうだ。頭に宝箱被ってる女の考えなんて、僕にもわかんないよ。
全身から放たれる威圧感に気圧されて何も言えなくなる?
それも当然その通り。学園の制服を着た頭宝箱の女子とか、威圧感しかないでしょ。
怒らせたら地獄の底まで追いかけられた挙句、食い殺されそう?
有名だよね、ミミックってモンスター。あれそっくりだもんね、ロゼッタ。
「……ロゼッタさぁ」
「はい」
「僕達も、もう子供じゃなくなるんだからさ、やめようよ、それ」
「えっと……」
僕の懇願にも近い指摘に、蓋の隙間から覗くロゼッタの瞳がかすかに左右に泳ぎ、
「あ」
と、彼女はポンと手を打った。
「そうですね! 今の宝箱から、成人用のもっと立派な宝箱に変えないと!」
あるんかーい。
成人用の宝箱、あるんかーい。
「いや、そうじゃなくてさー。これから、君が正式に僕の婚約者になるなら、外交とかもしなくちゃいけないワケで、頭に宝箱被ったまま外交する王太子の婚約者とか、正気の沙汰じゃないの? 下手したら、暗黒伝説的な何かにもなりかねないから。ね?」
「そうは言われますが、殿下……」
「何かな?」
「十二代前の国王陛下もヴェリントン家の令嬢を妃に迎えられたのをご存じですか?」
うん、まぁ、それは知ってるけど。
僕も王家の人間だし、歴代の国王についての知識は持ち合わせている。
「正式の王妃になるまで、その方は頭に壺を被っていたそうです」
「…………何て?」
「二十六代前に妃に迎えられた令嬢は、頭に逆さにした超大型ティーポットを被――」
「ヴェリントン家ェェェェェェェェェ――――ッ!!?」
っていうか、何それ、完全に初耳なんですけど!
「あ、やっぱりご存じなかったんですね」
「何だよ、ロゼッタ。その『やっぱり』っていうのは……」
「実はヴェリントンの家には、王妃となるさだめにある子女が、その顔を妃となるそのときまで隠しながら過ごすというならわしがあるのです」
「どこの未開の部族の奇習だい、それ?」
「ちなみに殿下がお知りになられていませんでしたが、多分、周辺諸国の王族の皆様には『王太子の許嫁はヴェリントン家』といえば全て通じるかと思います」
「マジかぁ……」
その、ロゼッタの説明に、僕は一瞬立ちくらみをした。
彼女の言葉が本当なら、僕の心配は杞憂ということになるだろう。
しかし、それは同時に、これから僕が即位するまでの間、外交先で常に相手国の王族から『そっかー、君の婚約者はあのヴェリントン家なんだね。大変だね』と、生暖かいまなざしで見られるのが確定していることを意味していた。
あんまりじゃなかろーか。
「そういうことですので、すでに先方も了解しておりますので、外交上の心配はないです。なので、予定通りに私との婚約をですね、殿下――」
「いや、婚約は破棄する」
「何でです!!?」
「今までの話のどこに僕が納得できる要素があるっていうんだァ――――!」
魂の底から、僕は叫んだ。
「慣習です! ならわしです! 女性の顔は宝なので、宝箱に入って当然です!」
「当! 然! じゃ! ない! やい!」
言い合うロゼッタと僕。
その背景で、激しい調子の曲を奏でる楽団――、おい、何してるの、君達?
まぁいいや、曲の調子に乗って、僕の前々から思ってたことを言おう。
ああ、そうさ。ずっと思ってたよ、ずっと、ずっと思ってたことがあるんだよ。
「ロゼッタ!」
「は、はい!?」
「いいか、僕は!」
「何でしょうかッ!」
「僕は、君の可愛い顔が、ちゃんと見たいんだァ――――ッッ!」
僕は言った。
ロゼッタの顔が可愛いことを、僕は確信していた。
時折、かすかに開く宝箱の蓋の隙間から垣間見える、彼女の瞳。
それだけでも、そこに覗いた可憐さに、僕は今まで幾度も息を飲まされてきた。
もう、我慢できない。
「正直、顔も見たことのない許嫁に、僕は不気味さを感じてるよ。でも、でもね! 君の顔を見たとき、僕は君に恋をするんだ。それだけは確信してる! だから僕は、君の顔を見たいんだ。学園での君がどうとか、そんなのは全部方便だ! いい加減、君の顔を見せてくれ、ロゼッタ! さもなきゃ、婚約破棄だ! 本当に破棄するからな!」
子供の癇癪だと、自分でもわかっていた。
でも、これこそ僕の中にある掛け値なしの本音なのだということも、わかっていた。
結局、僕はロゼッタの顔が見たかったのだ。
それだけだった。本当に、ただそれだけのことに、ずっと悩み続けてきた。
「……殿下」
迸らせた僕の絶叫に、ロゼッタは唖然とした様子でいた。
僕は、息を荒げつつ彼女を睨む。
「さぁ、どうなんだ。ロゼッタ。その宝箱を脱ぐか、それとも婚約破棄か!」
詰め寄ると同時に、背景の楽団のBGMがデデンと鳴り響く。
完全にタイミングを見計らった、まさにプロの仕事だった。雰囲気作り上手いなぁ!
「殿下、あの……」
「顔を見せるか、婚約破棄か、二つに一つだ。ロゼッタ!」
またしてもデデンと響く、BGM。
僕以外の全員の目が、僕ではなく、ロゼッタの方に注がれている。
「…………」
僕に見つめられ、ロゼッタはしばし押し黙った。しかし、やがて、
「わかりました」
「え?」
「殿下が、そこまでおっしゃられるのでしたら、私も心を決めます」
「ロゼッタ。じゃあ!」
叫んだ僕の声は、歓喜に弾んでいた。
顔面宝箱のロゼッタの表情は、もちろんわかるはずもない。
しかし、自分の腕を抱く彼女を見るに、何というか、モジモジしているように思えた。
「私、この宝箱、脱ぎます。殿下のために」
「ロゼッタ、ありがとう!」
僕がお礼を言うと、ロゼッタは「はい!」と元気よくうなずいて、
「では、まずは東のノーライフキングがいいかと思います」
「そうだね、東のノーライフキングから……、何が?」
マジで、何が?
「ですから、宝箱の封印を解くために東のノーライフキングが持っていると噂される古代王国の遺産の一つである超魔力を宿した虹輝の宝珠を手に入れるところから――」
「ウェイト、ウェ~イト、待ってロゼッタ。封印って、何?」
「え、それはもちろん、この宝箱に施された封印のことですけど」
ですけどって、その、初耳なんだが?
「私が王家に入るまで、決して顔を晒さないよう、お父様とお母様が施してくださった、絶対に宝箱を脱げなくなる封印です。破るには今申し上げました虹輝の宝珠の他、西の不死鳥が持つ太陽の尾羽と、南の大海獣に護られている海底遺跡に眠るとされる海王の槍と、北の山脈に君臨する氷竜王を倒すことで得られる氷の心臓が必要――」
「さっき成人用の宝箱に変えるって言ってたじゃん!」
「はい、きっと、ヴェリントン家の総力を挙げた一大決戦となることでしょう」
緊迫した声で、何をトンチキなこと言ってんだ、この顔面宝箱令嬢。
「殿下、私、そこまで殿下に思っていただけて、嬉しいです!」
ロゼッタが、熱っぽい言い方で僕の手を握ってくる。
「まずはノーライフキング討伐、がんばりましょうね!」
「あ、うん……」
そんなワケで、僕は自分の婚約者の顔を見るために、アルスレント王家始まって以来の大冒険をする羽目になってしまったのだった。
あのさぁ、ヴェリントン家さぁ……。
なお、後日キリエに話したら、大爆笑された。
ブン殴ってやろうかと思った。
さて、皆さん。
僕はいつになったら、自分の婚約者の顔を、拝めるんでしょうね?
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