A面 2話
「ねぇ君さ、私達のパーティに入ってみない?」
セシリアは引き寄せられるような笑顔で僕にそう声をかけてくれた。
僕は緊張してすぐには返事が出来なかったが、それはセシリアに見とれていたというだけではない。彼女はそのとき既にデビューから間もなくも、着実に実績を上げていると注目されているの勇者パーティの一員として有名だったからだ。
「どうして僕なんか・・・」
パーティを組みたくて相手を探して僕だって、流石に勇者パーティに加入するというのは気が引けていた。あまりに分不相応だと思ったからだ。
「君の力に興味があるんだよね。ね、話だけでも聞いてみない?」
そういって差し出された手を、僕はちょっと躊躇したものの、結局彼女の笑顔にやられてつい取ってしまった。誰にも相手にしてもらえなかった僕を気にかけてくれた人がいる。それだけで僕はすっかり舞い上がってしまっていた。
セシリアに声をかけられてから一週間後、僕は顔合わせをした後に勇者パーティのダンジョン探索に試験的に同行することになった。話題の勇者であるウェッジと会うだけでも僕は緊張したのに、実際の冒険にも同行するとなるともうパニック寸前だった。その日は僕は戦闘には参加せずあくまで荷物持ちのジルと並んで見学するという感じだったが、そこで勇者パーティが抱えていた問題を目の当たりにすることになった。
最初はただ勇者パーティの誰もが実力者だけあって見ていて圧倒されているだけだったが、ダンジョンを進行して敵が強敵になるにつれ、彼らの動きに精彩が欠き始めた。
まず前衛のウェッジとレイラの動きがバラバラだ。レイラがよく回りを見ていないのか、とにかく切り込み隊長として突っ込むことしか考えてないかのような猪武者っぷり。切りかかったかと思えば、もみ合いになると敵を蹴っ飛ばして距離を取ろうとしたり、とにかくそのときの自分にとって最適だと思う行動しかとっていない。誰がどれを相手して、どの場を受け持つとかそういったものが頭に入っていないようだった。
ウェッジが戦っているところにレイラが蹴っ飛ばした敵が飛んできたり、彼が密集した敵を薙ぎ払おうと魔法を使おうとすると射線上にレイラが飛び込んできたりとひどいものだった。
そうなるとドロシーの後方支援だって思うように効果を発揮できなくなる。下手に魔法を放てば、レイラが巻き込まれる可能性があるからだ。
レイラが特別酷くはあったが、ウェッジも少なからず連携の出来ていないところがあった。敵が弱いうちはそれなりに全員連携できるのだが、相手が強くなってくるとその余裕を欠いて戦列が乱れ、一気に総崩れの乱闘になる。
結局本来パーティが持つ戦闘力の半分も引き出せずに力によるごり押しで戦うような感じだった。
結局、その日は予定していた階層まで到達出来ずに地上まで引き返した。
「私ね、ビックスが能力で皆に指示してあげれば、うまく立ち回れるようになるんじゃないかと思うの」
反省会を兼ねた夕食会で、セシリアは僕に言った。
ウェッジは不機嫌らしく(当たり前だが)それには参加せずに宿に帰っていた。
「僕が指示・・・ですか?」
僕はセシリアが何を言っているのか理解するのに時間がかかった。
「無茶ですよ。僕が勇者パーティの戦闘で指示を出すなんて。それってリーダーの仕事じゃないですか!」
とんでもない大役だ。きっと僕でなくても快諾する人間なんてそう多くはないだろう。
「ウェッジは『好きにしろ』って言ってたわ。問題ないよ」
セシリアはそう言うが、多分ウェッジは投げやりに言っただけで本心ではないと思う。
「あぁ、アタシはどうも戦ってると目の前のことにしか集中できないからなぁ。何とかしようと思ってるんだけど・・・」
ビールを飲みながらそういうレイラを見て、彼女なりに気にしているのだろうが翌日には忘れてしまっているタイプかなと何となく僕は思った。
そんな彼女に今までも連携を仰ごうと何度も試行錯誤したらしいのだが、戦闘に集中するとレイラは周囲の声が聞こえなくなるという、困った性質を持っているという。
普通のパーティでは持て余す存在だが、勇者パーティが務まるのはその抜きん出た戦闘力のお陰だろうか。
「ビックスの能力なら直接意思を伝えられるみたいだし、それなら戦闘中のレイラにも指示を与えることができると思うわ」
つまり僕が後ろから前衛の動きを見て、うまく連携が取れるようにその都度能力で指示を出せということか。確かにリーダーはウェッジだが、前衛として戦いながらにしてレイラに指示を出すのは容易ではない。彼女をコントロールするというなら、他の誰かにやってもらうしかないのだ。
しかしなんにせよ大役である。
「その能力がどんなものかわからないけどさ、このままじゃダメだってのはアタシだってわかってるんだよ。ビックスが何とかしてくれるというなら、アタシはそれに従うさ」
レイラは僕に任せてくれるようだが、そう簡単にできることではない。いきなりの展開ですっかり僕は及び腰になっていた。
「あの、ドロシーさんは良いんですか?新参の僕なんかが出しゃばっても」
僕はドロシーに助けを求めるように振ってみた。
「・・・今のままじゃ、私だってただ後ろで立っているだけだしね。仕方ないわよ」
拗ねたようにドロシーはそう言った。そういえば確かに敵が強くなった後半では、まごついてろくに攻撃魔法で支援できていなかった気がする。
彼女の支援の攻撃魔法で前衛を巻き込まないように前衛にうまく指示を出すのも、期待されている僕の役目のようだ。詰まるところ現状では消去法として僕の能力に委ねてみるしかないというのが、彼女たちの見解なのだろう。
本来ならば実戦を繰り返すことで連携が自然と身についていきそうなものだが、この勇者パーティは前衛の癖の強さと実績を焦るウェッジのダンジョン進行ペースが早いのもあって、中々噛み合っていないようだった。
「どう?やってくれないかな」
セシリアが僕の顔を覗き込んで聞いてくる。
最初はセシリアのお願いでもあるし、どんな無茶でもやってのけるつもりだった。しかし、実際は他の仲間の命を預かることになるともいえる重要な役目を担うことになると知って、さっきまで躊躇してしまっていた。
「・・・・・・」
気が付けばセシリアだけではなく、ドロシーもレイラも僕のことを見つめていた。
そう、彼女たちは僕のことを今必要としてくれているのだ。現状では代わりはいないのだ。では答えは決まっているじゃないか。
「やります。やらせてください」
僕の力が本当に役に立つのかわからなかったが、それでも初めて自分のことを必要としてくれたパーティなのだから、なんとか役に立ってあげたいと思った。
こうして僕は勇者パーティへの仲間入りが正式に決まったのだった。