A面 1話
「ビックス。お前には今日限りでパーティを抜けてもらう」
ギルドからの依頼達成の報告の後、打ち上げを兼ねての食事で、僕はパーティのリーダー『ウェッジ』にそう告げられた。
「・・・一応、理由を聞いてもいいかな」
冷静を装って僕はそう言ったが、自分でも理由はわかっている。それでも今起きていることの出来事にショックで頭が追い付かないので、落ち着いて整理するために今一度確認のために聞いているに過ぎない。
「自分でもわかってるんだろ?ビックスはこのパーティでやってく上で能力不足だってことをよ」
スパッと正直にそう言うウェッジは、先ほども言ったようにこのパーティのリーダーだ。彼がそう言った以上、決定は覆られないだろう。わかってはいたのに、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
ウェッジは僕のような出来損ないとは違うから仕方ない。進む道が、生きる世界が違うのだ。
彼の職業は勇者である。
勇者とは神に選ばれし者にしかなれない、世界でも珍しい職業だ。その圧倒的な力と不屈の精神をもって魔を祓い、人々の平和な暮らしを守る。そんな名誉な使命を持つ勇者のパーティに入ることが出来たときは、天にも昇る気分だったなと、何故かやめさせられる今になって唐突に思い出した。もう自分には縁がないことなのに。
ウェッジは勇者であるだけあって、戦闘力も闘志も他冒険者とは比較にならないほど高かった。本当に同じ人間なのかと思うほどだ。勇者というだけでなく顔も良く、実績もガンガン積み重ねるウェッジはそれはもう本当に街でも凄い人気だ。彼のファンクラブにはこの街だけでも4桁の数の女性がいると聞いたことがある。
しかし当然だが志が高く、出来る人間だけあって、パーティメンバーに要求する能力も高かった。故に僕はウェッジから当たられることも多かった。
自分としてはパーティーのために頑張ってきたつもりだったが、ついに限界がきたか・・・。
「・・・やっぱりおかしいよ。何もやめさせなくても・・・」
横から遠慮がちに声を上げてくれたのはセシリア。彼女は僧侶で、このパーティのメインの回復役を務めている。高位な回復術を使うことが出来るうえ、性格はとても慈悲深く、見た目も可憐で、いつだって優しい彼女に僕は少なからず心惹かれていた。このパーティで戦うのは名誉であるといえど、それでもウェッジからの当たりがきついとか、辛いことだって何度もあった。そうしたことがあっても続けられてこられたのは彼女の存在によって癒されてきたのが大きい。優しくて可憐な彼女は街でも人気者だった。
今だって僕がやめさせられそうになると声を上げてくれている。優しい人だ。
「こいつに足を引っ張られて俺たちはランク昇進だって思うように進んでないんだよ!」
ウェッジがそう声を荒げると、セシリアは何か言いたそうに口をもごもごさせながらも黙らされてしまった。
ウェッジが言ったランクとは冒険者ランクのことで、勇者パーティの活動資金の大半を工面する冒険者ギルドから与えられるものだ。
当然、ランクが高いほど恩恵も受けられる依頼の数も変わり、稼げる金額も変わってくる。ウェッジのみならず冒険者なら誰だって一日でも早く高いランクに昇格したいと思うものだ。
ちなみにこの勇者パーティのランクはB。僕はパーティに入ったときはまだ冒険者ギルドの中では駆け出しだったのでランクはEだったが、通常の倍以上の速さでスピード昇格して、今のランクに到達した。
勇者パーティといえど、冒険者ランクの格付けで忖度はされない。世に勇者は珍しいといっても、それでも数にしてみれば国に5つは勇者が結成したパーティが存在する。普通のパーティより低いランクに留まり続けているところもある。そのどれよりも早いスピードでウェッジ率いるこのパーティは実績を積み上げて昇格していった。
しかし彼にしてみればそれでも不満らしく、彼の思い描く計画通りに昇格が決まらないのは僕が原因だと思っているらしい。まぁ、実際僕にもその一因があるのかもしれないのだが、ついにウェッジにとって我慢できないところまで不満が到達したようだ。
「ねぇ、ドロシー・・・あなたの意見はどうなの?」
セシリアがそう言って意見を求めたのは魔法使いのドロシー。
目つきがちょっと鋭くて冷たい印象を受けるが、セシリアとは違うタイプの美人タイプの女性。見た目の美しさだけでなく、強力な火力を持つ魔法を使いこなすことが出来る彼女は、男性のみならず女性のファンもついていることを知っている。
「私は・・・」
ドロシーはチラリとウェッジを見たあと
「ウェッジの意見に賛成するわ」
そう言った。
それは予想通りの言葉だった。ドロシーは別に僕とは仲が悪かったとは思ってないが、意見などは基本的にウェッジに忖度する。それは彼女がウェッジに好意を寄せているだろうからだと思う。ウェッジが黒だと言えば彼女の意見もそれに倣うのは仕方がないことだ。
「まぁ仕方ないんじゃね?」
表情を曇らせたセシリアにそう言ったのは戦士のレイラ。女性でありながら貧弱な僕よりも高い身長と筋力を持ち、パーティの前衛を担う。魔物の群れに真っ先に突っ込んでいってかき乱す。彼女も美人であり、その勇敢な戦いぶりと容姿から戦女神と呼ばれて持て囃されている。
「このパーティに軟弱者はいらないんだよ。アタシは前からビックスがこのパーティにいるのが疑問だったんだ」
レイラもウェッジと同意見だったようだ。彼女は常に真っすぐだ。良くも悪くも思ったままを言うので、ウェッジに忖度するとかそういうことはない。その性格がゆえに他パーティとトラブルを起こすことも稀にあったが、そんな彼女が今まで僕に対し思うところがあったものの、それでも今の今までそう言って来なかったことは、彼女なりに気を遣ってくれていたのかとそこだけはちょっと嬉しく思った。
「あの、ジルは・・・」
窮したセシリアが思わずといったように意見を求めた相手は、正確にはパーティメンバーとは言わない「荷物持ち」のジル。
ダンジョン攻略やギルドからの依頼に取り掛かるとき、手に入れた戦利品や拾得物や、回復薬のストックなどを持っていてくれるのが荷物持ちだ。戦闘時には距離を取り、一切介入しない。正規パーティメンバーと違い、あくまで臨時の非戦闘員の補助役として雇われる存在なので、当然パーティとの結びつきというのは希薄であるのが一般的である。
ジルはこのパーティの専属荷物持ちとして僕なんかが来るよりずっと前から契約しているみたいだけど、満足にメンバーと会話をした経験なんて皆無だったと聞いている。当然僕もしたことないし、見てもいない。プライベートでは一度も見たことがない。
ただ仕事ぶりは素晴らしい。ジルは小柄に当たる僕から見ても小柄と言える体格の少女だが、自分の倍はある大きさと重さのリュックを背負って普通に歩くし走る。戦闘時には瞬時に現場から離れて決して足手まといにはならないし、アイテムが必要だと叫べば正確なコントロールで手元に投げてくれる。
正直、何度も思ったことがある。「僕より役に立つ人だ」って。他パーティの人との話によると、ここまで優秀な荷物持ちというのはそうはいないらしい。「勇者パーティとなると、荷物持ちまで優秀なのか」と何度も言われたが、そのたびに僕は惨めな気持ちになったものだ。
彼女はとにかく無口で愛想もないが、よく見ると顔も可愛らしく小柄なのも相まって隠れたファンが結構いるらしかった。
「・・・・・・」
そして無口なジルはセシリアに話かけられてもなお無口だった。わかってはいた。そもそも僕どころかパーティに関心がないのだと思う。反対も賛成も意見が出るとは思わなかった。
「あの・・・」
困るセシリアがなおすがるように問おうとするが
「もういいだろセシリア」
ウェッジがそれを遮った。
「決まりだビックス。今日でお前はこのパーティを抜けてもらう。お前がいたんじゃ、俺は満足に結果が出せねぇ」
ウェッジがそう言い放つと、セシリアもついに押し黙り、ドロシーとレイラは頷いた。ジルはそもそも話を聞いているのかどうなのかわからないが無言だった。
「最後までほとんど役に立たない職業だったな。お前の『指示者』とやらは」
忌々しそうにウェッジが言った。
指示者・・・そう。それが僕の職業だ。
5歳の誕生日のとき、教会で神様からのお告げでそう言い渡された。
この世界では神様からのお告げによりその人間の職業が、つまり人生が決まる。
しかしこの指示者という職業は教会はおろか、冒険者ギルドに問い合わせても記録にないものだった。勇者以上にレアな職業ということにはなるが、この世には詳細が把握出来ていないレアな職業は存在する。神様は職業の名を教えてはくれるものの、その詳細までは教えてはくれない。
生まれてから死ぬまで自分の職業が何に長け、どんな能力を有するのか理解できなかったなどというケースもいくつかある。故に「ハズレ職」などと言われるが、自分はその中ではまだ幸運と言えた。
ある日、ひょんなことで指示者がどんな能力を有しているのかわかったからである。
自分の職業が持つ能力は「戦闘中の仲間に声を送ることができる」である。声といっても肉声ではなく、心の声みたいなものだ。一部の高位な魔術師が使う「念話」と呼ぶものによく似ているらしい。
僕がそう念じれば、ラグなくダイレクトに対象の人間に対し声を聞かせることができるようだ。対象となった相手に聞くと、頭に直接響くような感じで、周りがどれだけ騒音に包まれていても、正確に僕の声が届いたという。
戦闘中域であれば距離も遮蔽物も関係なく一瞬で意思伝達が出来るが、それ以外の場面では一切使えない。例えば非戦闘時ではどれだけ距離の近い相手でも、能力で意思伝達は出来なかった。それと意思伝達はあくまで僕からの一方通行で、対象からの意思は僕には伝わらない。
あくまで戦闘時のみ、一方通行で意思伝達をすることができるという能力を持つ指示者だが、どこかパーティに入れて貰えないかと思って冒険者ギルドに通ってみたものの、どこからも相手にされなかった。
非戦闘時にも使える能力であれば、それなりに使い道はあったかもしれない。
しかし、こんな僕に興味を持ってくれたのがセシリアだった。