09:未来に込めた祈り
2021/2/9 更新(2/2)
「開拓だと……?」
「はい。別に武器でなくても晶魔の石を砕くのに十分なら、石屑に選ばれた方はその道具で領地の開拓を助けて欲しいのです。晶魔に汚染された森を切り開き、土地を耕す。それは貴方たちの力を有効活用出来る術だと考えていました」
師匠は険しい表情でテルヤさんを見据えている。まるで見定めようとしているかのような目だ。
「改めて領地を預かることになって思い知らされたのが土地の再建の進みの遅さです。それには晶魔の石が大きな妨げの原因となっています。これを取り除くことが出来れば、再建は一気に進むでしょう。その功績があれば貴方たちを追い出すべき、などと言う風潮は消えていくかと思います」
「……」
「最初は私が預かった領地に石屑に選ばれた方を積極的に開拓民として招き、再建の実例として功績を立てれば国にも施政に取り入れられて貰えるように訴えることが出来ます。土地の再建は国としても最重要事項の一つですから、決して無下にされないでしょう。もし、仮に国が無下にしたとしても私は貴方たちを庇護すると誓います。どうでしょうか? これでもまだ力を借り受けることは出来ないでしょうか?」
「庇護するって言ったな。アンタにその力があるのか? お飾りの第二王女様。俺だって何も知らねぇ訳じゃないんだぜ」
「ちょっと、師匠」
「黙ってろイスタ」
師匠はテルヤさんに問いかける。その答えを静かに待つ師匠は激情の気配は落ち着いていたけれど、何か圧力のようなものを感じさせる気迫があった。
テルヤさんはその気迫を真っ向から受け止めて師匠を見つめ返している。どれだけお互いに沈黙を保っていたのか、私は知らぬ間に唾を飲み込んでいた。
「守ります。私の存在全てをかけてでも」
「おい……」
「答えになってないのはわかります。ラグマさんが欲しいのは保証だと言うことも。その保証を示せと言えば、私にはその保証を確約することは出来ません」
そこでテルヤさんは姿勢を変えた。両手を交差させるように胸に当て、片膝をついて跪くように師匠へと頭を下げた。
師匠が目を見開いて頭を下げたテルヤさんを見た。私もやられたけれど、やっぱり面食らうんだよね、王族ともあろう方がするような礼じゃないから。
「ですが、誓います。必ず守ると。違えた時はどのような誹りでも憎しみでも受け止めます。どうか、この覚悟を対価として私と共に歩んでくれませんか?」
師匠はテルヤさんの言葉を聞いて腕を組む。その顔には何を考えているのかわからない表情が浮かんでいる。
テルヤさんが頭を下げ続けてどれだけ経ったか。重苦しい沈黙は師匠がようやく口を開いたことで終わる。
「……いいぜ、アンタの覚悟が本物かどうか確かめてやるよ。だから顔を上げな」
「……! では!」
喜びの表情を浮かべて顔を上げたテルヤさんだったけど、それに待ったをかけるように師匠のドスの利いた声を出した。
「俺はあくまで道具を用意してやるだけだ。晶魔と戦うなんてのはご免だ、俺はそこの馬鹿と違ってクリスタル級なんて相手に出来る訳じゃねぇ」
「……そうなのですか?」
「その馬鹿は特別だ。俺だったら精々、メタル級をバラバラに出来る程度だ」
「……それでも十分凄いのですが」
「だからといって兵士なんてごめんだ。なんで命張ってこの国のために尽くさなきゃならない。自分の身は守るが、他人なんざ知ったこっちゃねぇ」
「その気持ちも理解します。道具を用意して頂けるだけで私は……」
「――それと、これが一番重要な条件だ」
師匠は拳をついて、身を乗り出すようにテルヤさんを睨み付けた。その身体から立ち上る気配が爆発する直前の炎のように猛っている。
今まで師匠の圧に押されなかったテルヤさんが始めて揺らぐ。冷や汗を流しながらも、それでもテルヤさんは師匠から視線を逸らすことはしない。
「この馬鹿が、イスタがアンタに力を貸してもこいつの勝手だ。そこまで俺も関与しないと誓ってやる。――だが、もしイスタが戦場で命を落とすような事があれば、俺は私怨で絶対にアンタを殺す」
「ちょっ」
「他の石屑持ちも自分の意志とは別に戦場に連れていかれて、否応なしに戦わされるようになったらアンタを恨む。手を上げるまではしないが、こいつだけは別だ。その条件を呑めるなら俺はアンタに頭を垂れてやる」
「――わかりました。その条件を飲みます」
「テルヤさんまで! 何言ってるのさ、師匠!」
私は黙ってられずに立ち上がるけど、師匠は煩わしそうに私を見上げるだけだ。
「うるせぇ、黙ってろ。それに姫さんが同意したならそれでいいだろ」
「良くないよ! それって私がうっかり死んだら師匠がテルヤさんを殺すってことでしょ!? そんなの絶対にダメだって!」
「だったらお前が死ぬような無茶をしなければ解決だろうが」
「……そう言われればそうなのかな?」
「……たくさん喋って疲れた。おい、イスタ。今日の夕食はお前が作れ」
「しかも夕飯の支度を押し付けるし!? いや、師匠の料理なんてテルヤさんに食べさせられないからいいけど……」
こんな場所だとちゃんとした食事なんて出せる訳じゃないけど、せめて食べやすく料理しないと。じゃないと、ここまで付いて来たテルヤさんに申し訳ない。
師匠はそれ以上、何も言う気はないって感じで立ち上がっちゃうし。あぁもう、本当に気難しくて勝手な人だなぁ。
「ごめんね、テルヤさん。勝手な人で」
「いえ、私も押しかけた身ですから。……夕食の準備、申し訳ないですけれどお願いします。私では役に立てないでしょうし」
「王女様に夕食の支度なんてさせられる訳ないよ。いいから休んでおいて。また明日には山を下りなきゃいけないだろうし」
「はい。……改めてよろしくお願いします、イスタさん」
そう言ってテルヤさんは肩の力が抜けたように微笑んだ。その笑顔を見て、私もようやく緊張を解いて息を吐くことが出来るのだった。
* * *
――そして、夕食を食べ終えてイスタが寝入った後の話だ。
柵に遮られた洞穴の入り口の傍で、月を見上げながら杯に注いだ酒を飲むラグマがいた。
静かな夜だ。虫や野鳥の声がどこからともなく聞こえてくる。だから、それ以外の音は酷く耳について仕方なかった。
「……寝ておかねぇと明日が辛くなるぞ、姫さん」
「少しだけ貴方とお話しておきまして」
ラグマの対面の位置に腰を下ろしたのはイスタよりも先に寝入っていた筈のテルヤだった。
月光の下に来ると、まるで月光がその美貌を引き立てているかのようだ。しかし、その顔に浮かぶ表情はひたすら引き締められたもの。
「……ラグマさん。貴方たちと出会えたこと、私にとっては幸運でした。貴方たちにとっては災厄のように感じられても、それは心からの本心です」
「そんな事を言いたくて起きてきたのか?」
「ラグマさんにとってイスタさんは本当に大切なのですね。あの条件も私への条件ではなく、イスタさんを咎めるためのものだったのでしょう?」
テルヤの問いかけに口につけようとしていた杯を傾けるのを止めて、ラグマがテルヤへと視線を向ける。
自分の傍に杯を置くと、ラグマは空に浮かぶ月を見上げるように視線を移した。
「……姫さん。アイツは奇跡を持たずに生まれた。だがな、アイツはこの世に生まれるべくして生まれたのかもしれねぇ」
「……それはどういう意味ですか?」
「アイツが晶魔を狩ってきたのは、俺が石屑をどうにか利用出来ないかと思って道具に加工したのが切っ掛けだ。最初に俺が作った物に使ったのはただの鉄だったからな。今ほど強力なものでもなかった。精々、晶魔の石の表面を砕いて割れる程度だ」
ぽつぽつと、酒で湿らせた口が言葉を軽くする。ラグマが零した言葉にテルヤは静かに耳を傾ける。
「最初は杖がイメージだった。奇跡は起きなくても、せめて他の子供と同じ気持ちを味わえるように。出来上がったのは不格好なハンマーとも言えないような鈍器だ。それでもアイツは嬉しそうに杖だって振り回しててな……」
「……それは」
「――まさか、そんな不格好なもので晶魔を殴り殺してくるなんて思うか? なんか凄い力が出るって報告してきた時は、あまりの無茶苦茶にこのクソガキの頭を割ってやろうかと思った程だ」
ラグマは空に向けていた視線を降ろしてテルヤへと向ける。その表情は昼間の彼と同一人物とは思えぬ程、とても穏やかなものだった。
「アイツは俺を師匠って呼ぶが、逆だ。俺は生き方を教えただけで、生きていくための力を教えてくれたのはイスタだったんだ」
「……イスタさんが自分の力に気付いたから、ですか」
「あぁ。それは俺にも使えた力だったが、イスタほどの力はねぇ。アイツはきっと俺が想像も出来ない何か、大きな何かを起こせるだろうと思ったよ。――だから、アンタなんかと出会ってほしくなかった」
それは、心からの願いだった。それ故のテルヤへ向けた拒絶だった。
「王族となんて縁を結べばどんな厄介事に巻き込まれるかわかったもんじゃねぇ。それにアンタはアイツの力を知ってしまった。もうアンタを殺すぐらいしか、俺はアイツを守れる方法が思いつけねぇ」
「……はい」
「でもよ、こうも思うんだ。――アイツ、初めて友達を連れて来たんだなって」
――初めての友達。その言葉に込められた思いの大きさにテルヤは息を止めそうになってしまった。
「……頼むよ、姫さん。アイツの力はどこか遠くに行ってしまえる力だ。俺なんかじゃ追いつけない。だから無理だけはさせないでやってくれ」
両手の拳を地につけ、深々とラグマは頭を下げた。まるで昼間の光景とは逆の光景だ。
その姿を見つめながらテルヤは暫く押し黙る。そして、静かに問いかけた。
「……何故、素直にそう言わなかったのですか?」
「アイツは底抜けのお人好しだからだ。ただ拾ってやっただけの俺を慕って、俺のために晶魔を狩ってくるようになった。そうすれば自分も強くなれるからと言っても、たった一人でクリスタル級の晶魔に挑みかかるような奴だ。肝が冷える」
「それは……確かにそうですね」
「好意や愛情だとか、そういうのを真っ当に知っていたから。それを失ってしまったからアイツはそこに全部をかけてしまう。……自分の命だって。だから凄く危うい奴なんだ。だから誰にも心を預けなければ良い。一人で生きて行けば良い。そう思って教えてきた」
だが、もうイスタは一人には戻れないだろう。そんな予感をラグマは持っていた。
目の前に座るテルヤをラグマは顔を上げて見つめる。
「姫さん。きっとアンタはイスタが望んだものを持っているような気がする。でなければ俺の教えをアイツが破るとは思えない。アンタだったから助けたんだ」
「……はい」
「……だから頼む。俺は、あの子に生きていて欲しいんだ」
祈るような言葉だ。細く頼りない希望をそれでも信じたいと願うように。
それが夜空に浮かぶ、小さな星のような光であっても。
「ラグマさん、私は自分の言葉を違えるつもりはありません。私もイスタさんと共に歩みたい。彼女の力が正しく振るわれ、認められるようにあって欲しいと祈っています」
――きっと、私も同じ願いを持っているから。
この夜空の下で交わされた会話を、イスタは知ることはない。
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