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08:テルヤの提案

2021/2/9 更新(1/2)

「……潰されるかと思った」

「だ、大丈夫ですか、イスタさん?」

「平気だよ、テルヤさん。まったく、女の子の顔をなんだと思ってるのかな……」

「女の子だぁ? クソガキの間違いだろうが」


 ようやく解放された顔を擦っているとまだ怒り足りないと言わんばかりの顔で師匠に言われる。


「イスタ、俺は口酸っぱくお前に教えた筈だが? 俺たちの力を知られないようにしろって」

「わかってるよ」

「だったら何故こいつを連れてきた? それに、そもそも晶魔から助けただと? 助けた所で無駄だ。こうしてこいつ等は俺たちを利用することしか考えない。騙されやがって……」

「騙されてないよ。私はテルヤさんだから助けたいと思ったし、テルヤさんだから力を貸した方が私たちの為になるって思ったから師匠に引き合わせたんだ。いいからテルヤさんと話してあげてよ」


 師匠は私の訴えに心から嫌そうな顔を浮かべる。目視出来てしまうんじゃないかという程に不機嫌な気を撒き散らしながら太い指で頭を掻いた。

 それから師匠はテルヤさんへ鋭く睨み付けるような視線を向ける。


「帰れ」

「……話を聞いてください」

「……チッ、じゃあアンタに貸す力はねぇ。あと、この馬鹿を連れて行くのも認めねぇ」

「ちょっと、私まで咎められることはないでしょ?」

「お前は本当にわかってんのか!」


 雷鳴が落ちたような怒号が私に浴びせられる。それでも私は怒りを露わにする師匠を真っ向から見据える。

 どれだけ視線を交わし合っていたのか、先に折れたのは師匠だった。忌々しそうに舌打ちをしてから私から視線を逸らす。


「……本気で言ってるのか?」

「まだ完全に信頼した訳じゃない。でも、この人なら信頼したいと思った。だから確かめようと思ったし、師匠にも判断して貰いたかった」

「だが、結局こいつの目当ては俺たちの力だ。つまりは晶魔を殺す力が欲しいだけだろう? どんな旨い話で釣ったんだ? あぁ?」


 脅すような声音で師匠はテルヤさんへと問いかける。そんな師匠の声に怖じ気づいた様子もなく、テルヤさんは静かに居住まいを正して師匠と向き合った。


「ラグマさん。改めて名乗ることをお許しください。私はテルヤ、テルヤ・アークライトと申します。この領地に蔓延る晶魔の討伐と引き換えにこの領地の管理を任された第二王女です」

「……王女だと?」

「此度はイスタさんの助力があって私たちは命を永らえました。そこで貴方たちの事情もお伺いしました。私は貴方たちに大恩があると思っています。その恩を返したいと思うのと同時に、貴方たちの力が私の願いを果たすのにどうしても協力を得たいと思ったのも本心です。ですから交渉のためにイスタさんに案内して頂きました」


 流石に王女と聞いて師匠も驚き、観察するようにテルヤさんを見つめる。不躾な視線を向けられてもテルヤさんは堂々としていた。

 改めてテルヤさんの口から協力を得たいと言われた師匠は腕を組んで考え込むように黙ってしまった。


「……綺麗な言葉で言おうが、俺たちの力を晶魔を殺すために利用したいだけだろうが」

「否定しません。ですが、それだけで終わりたくはないと思っています。貴方たちの力はこの国の状況を大きく変えることが出来ます。それは貴方たちの立場とて同じことではありませんか?」

「はん。だから晶魔を殺すための兵士になれってか? なんで俺たちを虐げた国のために力を貸してやらなければならない。俺たちに愛国心なんてない。たまたま住み着いた場所がこの国の領土ってだけであって、王族だろうがなんだろうが知ったこっちゃねぇ」


 師匠は組んでいた腕を解いて、拳を床にたたきつけて前のめりの姿勢になってからテルヤさんを強く睨み付ける。


「それに俺たちは晶魔がいるような土地にしか住めねぇ。買い出し程度なら村や町を利用出来る。だが定住は出来ない。俺たちには奇跡を起こす力がないと言われ、どこかに住むことも許されなかったからだ。或いは奴隷のように働かせる下働きか? 俺たちの居場所なんてこんなクソみてぇな場所しかなかった。それを今更、力の使い方がわかったなら国に貢献しろってアンタは言うのか? 王女様とやらよ」

「……貴方たちの怒りや苦しみ、悲しみを理解出来るなどと口が裂けても言えません。ですが、理解して歩み寄りたいと思っています」


 師匠の視線に負けず、逆に押し返す勢いでテルヤさんが言い切った。それに師匠の眉がこれでもかと言うほどに寄った。

 互いに無言を貫いていると私の方が居心地が悪くなってきた。なので、つい口を挟んでしまう。


「師匠。テルヤさんは私にベッドを貸してくれたよ」

「……あぁ?」

「あんなに美味しい朝食、捨てられる前にも味わったことなかった。本当に美味しかったんだ」

「……」

「この一ヶ月、私はただ食っちゃ寝の生活をしてた。断言するよ、テルヤさんは利用するためじゃなくて協力者として私たちを求めてるんだ。私はそう信じたい。そしてそうなって欲しい。この人が師匠と同じで、あの日の私でも見捨てなかった人だって思えたから」


 師匠はただ黙って私の言葉を聞いていた。ゆっくりと身を起こすように姿勢を伸ばしてから天上を見上げる。

 どれだけそうして黙っていただろうか、師匠は視線をテルヤさんへと戻しながら静かな声で問いかけた。


「……王女様よ」

「テルヤで構いません」

「じゃあテルヤ様よ。俺たち、石屑は捨てられて当たり前だって言われて育ってきたんだ。誰もが俺たちに冷たかった。そりゃ仕方ねぇよ、俺たちは奇跡を何一つ起こせやしなかったんだ。晶魔なんて脅威がいる中で役立たずを抱えろなんて、俺が逆の立場だったら言えねぇ。だがな、じゃあ俺たちがようやく起こした奇跡は晶魔を殺すために利用されるだけってのが、俺たちの生まれた意味だと思うか?」


 ゆらりと師匠の瞳の奥で光が揺れる。それは怒りに揺らめく焔だ。けれど、その焔すらも呑み込んでしまいそうな冷たい悲嘆と絶望が覆い被さっている。

 私は私を拾う前の師匠の生涯を知ることはない。ただ感じているだけ、師匠は私よりももっと人嫌いで、私より人に裏切られ続けてきたんだって。

 だから誰も信じないし、同じ石屑でも私しか傍に置かない。師匠が見てきた世界は、そうしないといけない世界だった。


「俺たちはアンタ等の都合で振り回されなきゃいけない、そんな存在でしかないのかよ? そうじゃないって言うなら、アンタにも考えぐらいはあるんだよな? 俺たちの力を何に使う? 晶魔を殺す以外に何が出来る? 俺たちの力がただ戦うだけに費やされないために何を示してくれるってんだ?」


 テルヤさんは師匠に問われて、一度呼吸を整えるように目を伏せる。

 それからゆっくりとテルヤさんが目を開いた時、何とも言い知れぬ気が背中を駆け抜けた。


「ラグマさん、私が答える前に一つ確認させてください。イスタさんはクリスタル級の晶魔すらも一撃で斬り捨てることが可能でした。貴方でも同じようなことが出来るのでしょうか?」

「……出来ると言ったら?」

「それは特殊な訓練をしなければ難しいのでしょうか? もし、仮に素人が貴方たちと同じような武器を手にすればどこまでの事が出来るようになりますか?」

「馬鹿言うな、何の訓練もしてない素人に晶魔なんて殺せるか。素人に剣を持たせた所で意味なんて――」

「――ならば、武器でなければ?」


 師匠の言葉を遮るようにテルヤさんは鋭く問いかけた。師匠はテルヤさんの質問の意図がわからない、と言うように眉を顰めた。


「武器じゃなければ? 何を言ってやがる。俺たちの力は武器の形に加工しなきゃ使えねぇ」

「ですから、武器でなくても構わないのではないですか? 武器も広義の意味で言えば道具でしかありません。だから道具であれば貴方たちの力を使うことが出来るのではありませんか? だってラグマさん、貴方は晶魔の石を武器に加工出来るのでしょう?」


 ぴくり、と師匠の眉が上がった。そこに畳みかけるようにテルヤさんが言葉を重ねる。


「晶魔の石は魔法であっても簡単に砕くことは出来ません。ですが、貴方たちの力であれば晶魔の石を加工することも可能とします」

「……へぇ。それで? それが出来るからって俺たちに何をさせようってんだ」

「晶魔に汚染された土地は草木、そして土地にすらも晶魔の石が生えています。それを撤去するのは時間がかかります。晶魔の石を砕くことが容易ではないですから」


 テルヤさんの言うことは誰もが共有している悩みだ。晶魔は晶魔を排除したとしても、その土地を再建するためにかなりの時間を有する。その一つの大きな理由が晶魔に汚染された影響を取り除くことに時間がかかるから。

 だから重度に汚染された土地は基本的に見捨てられる。晶魔の石が見つかるような土地ではいつ土に埋まっている晶魔の石とぶつかるかもわからない。木を切ろうにも晶魔の石が邪魔をする。それが現実だ。



「――だからこそ貴方たちの力で、貴方たちも住まうことが出来る土地を切り開くためにその力を私の下で振るって頂けませんか? 武力としてではなく、開拓力として」

  

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