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07:師匠は山住まいの強面

 師匠が自分の住居を建てているのはバサルト山の山中、それもかなり奥まった所にある。

 元々は山菜がよく取れて近隣の住人からは愛されていた。他にも獣を撃つ猟師もいたりして、恵みの山と言われていたんだとか。


 けれど、それも晶魔の侵蝕によって人を拒む山へと変わり果ててしまった。その証拠に山の中にある木にすら晶魔の汚染の証である石や鉱物が生えてしまっている。

 人の手も入ることもなくなったので道は荒れていて、山に慣れているような人でなければ足腰に負担がいくことは間違いない。


「だから休みが多くなっても気にしなくていいよ、テルヤさん」

「……ありがとうございます」


 私よりも立派な旅装束に身に纏ったテルヤさんは疲労を隠せてはいないようだったけど、それでも私を心配させまいとするように微笑む。

 バサルト山に辿り着くまで一週間、これは馬車の旅になった。山に入るまでは同行出来なくても、その手前の麓ならばとバーラシュさんが強く主張したからだ。


 本当だったらもっと時間がかかった旅程を馬車で移動したことで短縮することは出来た。それでもテルヤさんの疲労は誤魔化しきれない。

 そして山を昇り始めて早数時間。休憩の頻度は多くなって、明らかになれていないテルヤさんは肩で息をすることも多くなっていた。


「夜が来るまでに辿り着きたいけれど、まぁ、夜が来たらその時は仕方ないかな」

「申し訳ありません……」

「そう思うんだったら身体でも鍛える? 正直、王女様ならそういうのって無縁だと思ってたけど」


 私がそう問いかけるとテルヤさんは曖昧な笑みを浮かべた。あ、何か聞かれたくないことだったかな。そう思った私は話題を変えようとする。


「そういえば心配だと言えば師匠もなんだよね。あの人、結構がさつって言うか、適当だから」

「……そうなのですか?」

「生活のリズムが滅茶苦茶なんだよ。寝たい時に寝て、起きたい時に起きて。三日徹夜したかと思ったら二日ほとんど寝たきりだとか。もう全然読めなくて一緒に暮らしてた時は大変だったかなぁ」

「それは……離れて良かったのですか?」


 悩ましげに眉を寄せながらテルヤさんが質問してくる。その質問に私は自然と苦笑を浮かべてしまった。


「うーん、まぁ、師匠の考えもわかるからなぁ」

「お師匠様の考えですか?」

「師匠だっていつまでも生きてる訳じゃないんだから、ちゃんと独り立ちの準備しておけって」


 私がそう言うとテルヤさんが驚いたような表情を浮かべた後、何かを堪えるような表情へと変えた。そして呟くような小さな声で言った。


「……そうですか。そうですね、わかりますよ。親というのはいつまでも一緒にいてくれる訳ではありませんからね」

「……テルヤさん?」

「私のお父様も病床の身ですから。……きっと、先は長くないでしょう」


 テルヤさんの言葉の聞いて、私は何も言えなくなってしまった。

 生まれも育ちも違う私たちだけど、そういう変な所だけは共通しているのかもしれない。


 師匠はまだまだ元気だけど、年齢を考えれば私より先に死んでいくのは間違いない。

 そうなると私は一人ぼっちだ。それでも生きていけるように師匠は私に色んなことを教えてくれた。

 晶魔と戦う武器を与えて、戦う術を教えてくれた。その他にも師匠は知りうる限りを私に伝えてくれたと思う。


 私と同じようにテルヤさんも親から託されたものがあるんだろうか。そんな思いから彼女の横顔を眺めてしまう。

 私の視線に気付いたテルヤさんが訝しげに小首を傾げてみせた。


「イスタさん?」

「……何でもない。そろそろ行こうか」


 先に立ち上がってテルヤさんへと手を差し出す。テルヤさんは頷いてから私の手を取って立ち上がった。

 まだ私たちの距離は探り探りで、何を聞いていいのかもわからない。その距離が少しだけもどかしいように感じてしまった。



   * * *



 何度か休憩を挟みながらも、私たちは師匠が住まう場所へと辿り着いた。

 そこは自然に出来た洞穴だ。その入り口には侵入者を拒むように高い柵が立てられていて、記憶の通りと相変わらず変わっていなくて安心した。


「……ここですか?」

「うん、何も変わってないなぁ。柵も立てられてるし、多分中にいると思うんだけどな。師匠ー! 帰ったよー!」


 私が洞穴へ向かって呼びかけると、声が反響したように響いていく。

 暫くすると洞穴の奥からのっそりと影が動いた。私が見上げなければ顔も見れない大きな身体に丸太のような太い手足。傷がついた厳つい顔は夜に出会ってしまえば化物だと叫んで逃げ出してしまうかもしれない程の強面だ。


 ひっ、と隣でテルヤさんが息を呑んだのが聞こえた。いや、初対面で師匠と出会うと無理もないよ。

 そう思っていると師匠が柵を開けて私の前までやってきた。そして私の隣にいたテルヤさんを睨み付ける。


「……イスタ、誰だこいつは?」

「そんな不機嫌な声出さないでよ。お客さんだよ、お客さん」

「……は、初めまして。テルヤと申します」

「……客なんて招いてねぇ、何のつもりだ? イスタ」

「詳しい話は中に入ってからにしよう、ここまで歩かせたからテルヤさんも疲れてるだろうし」

「……上がれ」


 言葉少なく顎で示して師匠は洞穴の方へと示した。テルヤさんがおっかなびっくりに柵の内側へと入り、私もその後に続く。

 再び柵を閉じて師匠が先導するように洞穴の奥へと進んで行く。その奥に広がった光景を見て、テルヤさんが目を見開いた。


「……これは炉ですか?」

「そうだよ、ここは師匠の工房なんだ。この洞穴の構造がうまく風が吹き込むようになってて、それで私の武器も作ってくれたんだよ」


 洞穴の作りをそのまま流用して作り上げた師匠独自の炉。自然と吹き込む風を利用して火を灯し、その熱で素材を溶かして武器を打つ。これが師匠の生活拠点兼工房である。

 その工房の床、布が敷かれた場所にどっかりと腰を下ろしてから師匠は私を見た。まるで睨んでいるかのような迫力があるのでテルヤさんは自分が睨まれているかのように震えている。


「……で、イスタ。なんだこいつは?」

「お客さんだよ。それで私が今、お世話になってる人」

「世話だぁ?」


 地鳴りのような不機嫌そうな声で師匠は言う。その表情には訝しげな色が宿っていて、視線が私からテルヤさんへと向く。


「……改めてテルヤと申します。イスタさんは一ヶ月ほど前にお会いしまして、それから私の家に招いて寝床を提供させて頂きました」

「……俺はラグマってものだ。見ての通り、ここに住んでる世捨て人だ。一ヶ月も世話してたって事は在る程度、俺たちの事情ってのは把握してるんだろうな?」

「貴方たちが石屑に親和性を持つことで、国からは見向きもされずに生きている人たちだと言うことは」

「……ふん」


 テルヤさんの返答に師匠は鼻を鳴らすだけだった。さっきから本当に空気が悪い。予想はしてたけど、もうちょっと愛想良くしてくれてもいいのに。


「そんな不機嫌そうな態度取らないでよ、師匠。テルヤさんは悪い人じゃないって」

「良いか悪いかはどうでもいい。こんな所に何の用があるって言うんだ?」

「単刀直入に。ラグマさん、私は貴方に力を貸して頂きたくてここまでやって参りました」


 テルヤさんが表情を引き締めて師匠に臆することなく真っ直ぐに言い切った。

 すると師匠は目を細めてテルヤさんを見つめる。暫し、無言でいた師匠がゆっくりと口を開いた。


「何の事かさっぱりわからねぇな。俺にアンタに貸すような力はない」

「私は晶魔の討伐のためにこの領地へと訪れました。……そこで命をイスタさんに救って頂いたのです。貴方たちが持つ力のことは既に私自身が実感しております」


 テルヤさんがそう言うと、師匠はぐるんと首を私の方に向けた。その目は釣り上がり、まるで怒り狂った獣のような形相だった。

 これはやばい。そう思った時には既に遅く、師匠の大きな手が私の顔を鷲づかみにした。


「――テメェ……何やらかしてんだ、馬鹿野郎が!」

「アァァーッ! 師匠、顔が、顔が潰れる! 痛い、痛いって! 離せ、この馬鹿力! 無愛想! 怖い顔ー! あぁっ、痛い、痛い、わかった! ごめんなさい、ごめんなさいーっ!」


 必死の抵抗も虚しく、師匠が砕かんばかりの勢いで頭を握ってくる。それに私は許しを請うように叫ぶことしか出来なかった。

 

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