06:束の間の休息を終えて
ここから短編から続きのお話となります。
心地良い朝の目覚めが訪れる。ゆっくりと目を開けて、残った眠気を払うように目を擦る。
欠伸が零れて大きく口が開く。あまりにも気持ちよすぎて布団に戻りたい気持ちを堪えながら這い出る。
「……快適すぎてクセになっちゃいそうだなぁ」
温かで上質な布団で眠る睡眠は質が違う。今まで眠れるならどこでも眠れるのが取り柄の一つだと思ってたけど、このままだと布団の魔力に飲まれてしまいそうになる。
こんな生活をするようになって早くも一ヶ月、まだ慣れない安寧とした日常の訪れに私は目を細めた。
テルヤさんを助けてから、私はテルヤさんが暮らしているという屋敷に客人として招かれた。
王女様だと言うテルヤさんの基準では、この屋敷でもささやかなものだと言うのだから雲の上のような話だ。
私が例のクリスタル級の巨大晶魔を倒したので、テルヤさんはこれを機に森の制圧を成し遂げるために残った晶魔の討伐を行っている。
私があの巨大晶魔の結晶をかすめ取っていたせいで、あの晶魔は他の晶魔も餌として喰らっていた。だからあの巨大晶魔さえいなくなれば森に残ったのは小粒の晶魔だけ。
それなら私が手を出す必要もないだろうと思ってたし、テルヤさんも私に助力を求めることはなかった。
テルヤさんからは状況が変わるまでは客人として持て成されて欲しいと言われて、こうして屋敷に住まわせて貰ってるけれど、流石に暇になってきた。
「それにそろそろ師匠に説明しないといかないと」
行って帰ってくるだけならそこまで日数もかからないし、暫くの間は脅威となるような晶魔も出現しないだろう。
十分な休息も取ったことだし、ここは一度テルヤさんに事情を話して師匠の所に顔を出そう。
そう決めた私は着替えをして、私に宛がわれた客室を後にした。
* * *
「おはようございます、イスタさん」
「おはよう、テルヤさん。いつも美味しい食事をありがとうね」
「気になさらないでください。これだけでは到底返せない恩を貴方に受けていますから」
朝食を食べ終えてから私はテルヤさんの下を訪ねた。テルヤさんの執務室には書類が山のように積まれていて、正直休んでいるのかと心配になってしまう。
その隣にはバーラシュさんがいる。バーラシュさんの机にも同じだけの書類が積まれていて、二人の苦労が忍ばれる。
「それで今日はどうしたのでしょうか? 何か不便でも?」
「いや、身体が慣れちゃいそうなぐらいには良くして貰ってるよ。そうじゃなくて、そろそろ師匠の所に顔を出しておこうかと思って。暫くテルヤさんの所に身を置くかもしれないって言っておきたいし」
「……なるほど。イスタさんのお師匠様に」
その話をするとバーラシュさんは眉間に皺を寄せた。元から厳つい顔をしているバーラシュさんがすると迫力が増してしまう。
その隣で思案するように顎に指を手を当てていたテルヤさんが一つ頷いてから言った。
「イスタさん。もし私たちもお師匠様にお会いしたいと言ったら叶うでしょうか?」
「え? テルヤさんが師匠に会うの?」
「可能であれば、その方からも話を聞きたいと思ったのですが……」
「君の持つ武器……晶魔から作られたという武器は私たちとしても興味が募っている。更に今後、石屑の有効活用にも繋げられると思えば是非とも協力を願いたいと思っている」
テルヤさんの話に乗っかるようにしてバーラシュさんが言う。言いたいことはわかるけどなぁ。
私は困ったような顔を浮かべてしまう。頭を掻いて、どう伝えようかなと言葉に迷う。
「率直に言ってくれて構わない。君の考えや意見を聞かせてくれないか?」
「……なら、遠慮なく。はっきり言って師匠は絶対って言い切っていいほど協力してくれるとは思えないなぁ」
「絶対ですか?」
「絶対。だって師匠、私以上に人が嫌いだし」
「……それは、やはり石屑に選ばれたからか?」
「師匠は私より長生きだし、国に虐げられた時間も長い。生きていくのに凄く苦労したし、どんなに晶魔に有効だとしてもそれを国に明かすとか、見返してやろうとか思わなかったんだって。まぁ、はっきり言っちゃうと国がどうなると知ったことか、って思ってる人だから」
私がそう言うとテルヤさんもバーラシュさんも複雑そうな顔を浮かべる。
こればかりは私でも師匠を説得出来ると思えないし、私も説得したいと思わない。テルヤさんはいい人だけど、この国が私たち石屑持ちを虐げた事実は変わらない。
個人に心を寄せることはあっても国に心を寄せることはない。それは私と師匠が共有している思考だ。
「では、晶魔を素材とした武器の加工などに協力を申し出るのは不可能か?」
「うーん……正直、師匠が話を聞いてくれるかどうか……」
「そうか……テルヤ様、やはり私は賛成致しません」
「でもバーラシュ、結局領地を安定させて石屑持ちを集めるにしても現状を変えなければ彼等が住める環境を用意することは不可能です。どうしてもイスタさんのお師匠様の協力は取り付けたいのです。イスタさん、話し合いの場を用意することは出来ますか?」
テルヤさんが真剣な表情を浮かべながら問いかけてくる。それに私は唸りながら返事をする。
「……まず、師匠は絶対にこっちに出向いてくることはない。話をするなら直接こっちに来いって言う。その上で問題は幾つかある」
「問題?」
「代理人とか、護衛をつけてとか、こう貴族らしいことをすると師匠は話すらも聞いてくれなくなると思う。師匠は頑なに身分が上の人とは口を利こうとしないから」
「護衛もダメなのか?」
「ダメだね」
バーラシュさんが更に眉間の皺を深めてしまった。いや、でも本当にそれぐらいしないとテルヤさんの話を師匠が聞いてくれるとは思えない。
「あと、師匠の住んでる所は単純に道が険しい」
「道が険しい……」
「晶魔が生息してる山のど真ん中だからね。魔法使いだけだったらまず師匠の所に辿り着けない」
「その山はこの付近なのか?」
「ちょっと遠いけど、一応この領内かな?」
「……バサルト山か」
バーラシュさんが地図を取り出して、それを広げながら言った。地図を覗き込んでみると確かに私の覚えている道を辿っていけばバーラシュさんが言う山に辿り着く。
テルヤさんが貰い受けた領地というのが、元々はヴァーダイト領と呼ばれていた領地だ。話を聞くと、元々貴族が統治していた領地が晶魔の侵蝕によって管理が出来ず王家に返還したのだとか。
その領地を晶魔の討伐と引き換えにテルヤさんが貰い受けて、今後はテルヤさんが領主となって運営していく。そのヴァーダイト領の中にバサルト山は含まれていた。
バーラシュさんが眉を顰めるのも無理はないだろう。バサルト山はヴァーダイト領の晶魔の侵蝕を受けた中でも汚染度が高い場所だ。
「だから行くとなると私が連れていかないと師匠の所まで辿り着けないかな」
「成る程……それを頼むとしたら、対価はどれだけ差し出せば良いのでしょうか?」
「テルヤ様!」
「推測した通りではありませんか、バーラシュ。やはり私が直接出向いて協力を申し出るしかないのです」
「テルヤさんを連れて行くのは別にいいけど……正直、足手纏いを何人も連れて行くのは私も嫌だよ?」
「私が行くとなればバーラシュはここで指示を取って貰わなければなりませんし、大物はいなくなったとはいえ晶魔が絶えた訳ではありません。不要な戦力を割く訳にはいかないのです」
バーラシュさんはこれでもかと言うほどに眉間に眉を寄せて呻き声を零している。それを真っ向から返すテルヤさんも一歩も引く気はないといった様子だ。
「……どうしても、ですか?」
「今回は偶々、イスタさんの温情があって拾えた命です。その恩も返しきれないまま、結果的にイスタさんの温情を頼りにするようでは私たちに先はありません。ならば全てをかけてでも道を切り開くしかないのです。バーラシュ、わかってください」
「……わかり、ました」
明らかに納得はしていないけど、テルヤさんを止められないと悟ったのかバーラシュさんが低い声で了承した。
了承を得たテルヤさんは一つ頷いてから居住まいを正して私を見つめる。
「それで、何を支払えば私をイスタさんの師匠と会わせて頂けるでしょうか?」
「別に連れて行くだけならいいけど……命かけて貰ってるしね。そうだな、それなら師匠がどんな不敬をしても許して欲しいかな。あと言う事を聞かないからって恨まないで欲しい。あとは……」
「……イスタさんはお師匠様が大切なんですね」
「……そうだね」
テルヤさんの言葉に私は一瞬息を呑んでしまったけれど、ゆっくりと吐き出しながら言葉を続ける。
「――師匠が私を受け入れてくれなきゃ、きっと私は死んでいたから」
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