28:標は天に、道はその先にどこまでも
――夜が明ける。
どんなに長くても、暗くても、朝日はいつしか昇る。
空には抜けるような青が広がっている。天に眩く輝く太陽の光は直視出来ないほどに眩しい。
これだけ眩しいと、少しだけ星のささやかな光が恋しくなってしまうのは贅沢なことなのだろうかと考えてしまう。
「こちらにいたんですか、イスタ」
「テルヤ」
私がいるのは王都の城壁の上、その下では私が倒した晶魔の亡骸の周りに人が集まっているのが見える。
その人たちが晶魔の亡骸に触れながら何か話し合っているようだけども、困り果てたように肩を竦めていたり頭を抱えている。
それもそうだろう。亡骸になったとはいえ、あれだけ見事な晶魔の結晶を普通の道具で解体するのも困難だ。
つまり小さくすることも出来ないし、燃やして処分も出来ない。運び出すと言ってもどれだけの労力がかかるのか。それで皆、頭を抱えているんだろう。
「いや、最悪私が呼ばれるのかなー、って思って見てただけ。テルヤは良いの? もうお父さん……国王陛下も意識を取り戻したんでしょ? 傍にいてあげた方が良いんじゃない?」
「父上には兄たちがついていますから。……それに、少し父とは距離を取るべきなのだと今回の一件で痛感したんです」
テルヤは城壁の縁に座っている私の隣に立ち、そのまま背を預けるようにして立つ。その表情は落ち着いていて、特に感情を揺らせている様子はない。
グサヴィエが起こした事件から既に二週間ほどが経過した今、王都の混乱はクロヴィス王子と洗脳が解けたオーギュスト王子の働きによって収束し、ひとまずの落ち着きを取り戻していた。
療養ということで私室に閉じこめられていた陛下や正妃様も無事に保護されたものの、グサヴィエによって衰弱させられていた影響は大きくてまだベッドから起き上がることが出来ないという。
今回の件を知って両名とも深く心を痛めているらしく、まだまだ政務には戻れそうにない。なので今の王家を指揮しているのはクロヴィス王子が事前に避難させていた側妃様とクロヴィス王子の妹姫、つまりはテルヤの姉に戻ってきてもらって代行させている。
私は王城のゴタゴタには興味がなかったし、テルヤは国王陛下の面会や王子たちの手伝いがあった。だからこの二週間の間、ひたすら寝るか王都をぶらぶらするかしていた。
その間、テルヤと顔を合わせることはほとんどなかったから、こうして落ち着いて話すのは二週間ぶりだったりする。
「でも、良かったんじゃない? グサヴィエのことはお気の毒だけど、自業自得だからさ。ここからまたやり直していけばいいんじゃないの?」
「……えぇ。その為に今後のことは兄たちとも話し合っていきたいと思っています。あちらもあちらで揉めてるので」
「揉めてる?」
「はい。今回の一件の責任を取るということでオーギュスト兄上が王位継承権を放棄し、臣籍に降るつもりらしくて。それをクロヴィス兄上が説得して撤回させようとしているんです」
「責任って、操られたからってこと?」
「えぇ。それに一度、晶魔に身を穢された王など外聞が悪いと。それならこの事態の解決に貢献したクロヴィス兄上が王になるべきだと言ってまして……」
私は思わず面倒臭そうと思ってしまった。操られてしまった責任を感じるのは仕方ないと思うけど、それで退くことも出来ない立場というのは難しい話だと思ってしまう。
その思いが顔に出ていたのか、私の顔を覗き込んでいたテルヤが苦笑を浮かべる。
「興味ない話でしたよね、ごめんなさい」
「ん……興味はないよ。だってどう揉めようがテルヤが危険になる訳じゃないでしょう?」
「えぇ。ただ、今回の話で私を持ち上げようとした人たちも盛り上がってしまっているようで」
「……現金な人たちだねぇ」
「えぇ」
やっぱり面倒臭いじゃん。あぁ、やだやだ。王族とか貴族とか言うのは、どうして権力をちらつかせると目の色を変えちゃうんだろうね。
「だからオーギュスト兄上ではありませんが、私も臣籍に降るべきなのかと思っています」
「王族をやめて貴族になるってこと?」
「えぇ。女性の身で貴族というのは数少ないながら前例があるので、今回の功績で押し通そうかと考えています」
「それでテルヤは良いの? テルヤは自分が望むままに生きることが出来る?」
「……本当は身分そのものを捨ててしまいたいと、そう考えもしたんです」
預けていた背を回して、私と同じように城壁の外に広がっている景色を見つめながらテルヤはぽつりと呟く。
「……イスタがグサヴィエ兄上を追いかけた時、不安で堪らなかったんです」
「不安?」
「イスタはどこまでも一人で進める力があります。だから大丈夫だって、貴方なら万が一なんてない、って。私には私の為すべきことがあるって、だからそれぞれの出来ることをって思ってたんです」
テルヤは城壁の縁に置いた手を握って拳の形を作る。地平線を見つめる瞳は、更にその先を見つめるように細められていた。
「……でも、兄上たちを見て自分が至らないばかりなのを突きつけられて、何も出来ることなんてなくて、結局貴方が心配になって城壁まで来てしまったんです」
「だからあそこにいたんだ」
「……あの晶魔を撃退する力があの時、この国にあったとは思えません。もし貴方がいなかったらと思うとゾッとします。――だからこそ、私はイスタが羨ましい」
吐き出したと言うような仕草で、目を伏せながらテルヤは言った。
握り締めた拳が悔しさに震えているようで、表情も少し険しくなってしまっている。
「今の私は中途半端すぎて、王族としても不甲斐なくて、魔法使いとしても無力で、とてもじゃないけど今の立場に見合っていると思えないんです」
「それでもテルヤは頑張ってるよ」
「頑張って望んだ結果だけが得られるのなら、この世界はどれだけ生きやすかったんでしょうかね?」
苦く笑ってテルヤはそう言った。けれど、すぐに左右に首を振って溜息を吐く。
「……捨てたいと思っても捨てられる訳じゃないのはわかってます。結局、ただ重荷を背負いたくなくて逃げたいだけなのかもしれません。比べてしまえば、光の魔法ぐらいしか優れたものが思い付かなくて」
「……」
「それに投げ捨ててはいけないものがあるのもわかってます。特に領地で私たちの帰りを待ってくれてる人たちがいます。その責任を投げ捨てることなど私には出来ません。でも、そこまでが、今の私の精一杯です。私に国なんて……背負えない」
ぽつぽつと、弱音を零すテルヤ。王城にいる間、誰かに何か言われたのかもしれない。
誰かと一緒に生活をしていれば衝突は少なからずある。考えも異なるし、一致することの方が少ないことだってある。
特に、それが自分が望まぬものだとすれば苦しい。色々混ざり合って、自分というものが濁ってしまいそうに思える。
私は忘れることは出来ない。私を捨てた両親のことを、私を石屑持ちだとすれば蔑むような言葉を投げかけてきた人たちのことを。
どれだけ記憶の底に沈めようとも、その記憶は今でも息をしている。その記憶の泡が時折、弾けて思い起こさせるんだ。
心という水が濁っていく感覚は、この記憶を抱えていく限りはずっと忘れられないんだと思う。
「私は無責任だからさ、嫌なら全部捨てちゃえばいいじゃんって言うよ。でもさ、テルヤ。見てよ、あの晶魔の亡骸を」
「え?」
「後ろを振り返れば、王都の人たちが生活しているのが見えるよね?」
「はい……あの、イスタ?」
「テルヤが足止めしてくれたから間に合ったというのもあるけどさ。それよりも何よりも、この場に私がいたのは――テルヤがいたからだ」
あの日、森で私がテルヤと出会ったから。
どんな人でも見捨てないと、そんな姿を見せてくれたから。
私に居場所を作ってみせると宣言して、私の心を動かしてくれたから。
だから目を開いて見て欲しい。今、ここにある世界の景色を。
「――貴方が守った景色だ。どんな逆境にも負けず、心の清らかさを失わず、私に夢と理想を語った貴方の心がこの景色を守ったんだよ。それを私は、誰よりもテルヤに誇って欲しいと思う」
晶魔の亡骸を前にして頭を抱えている人たちがいる。
いつもの街の営みを今日も続けている人たちがいる。
どれもこれも、明日を来ると思ってなきゃ出来ないことで。
それが、生きていくってことだと私は思う。
「貴方が守った命は、今日も明日を紡いでいくんだよ。それはごく当たり前のことで、でも難しいことだと思う。それはさ、やっぱり誇っていいことなんだと思うよ」
「……それは、でも」
「私が守ったから? だからさ、それはテルヤがいたからなんだよ。うーん、ならこう言おうか?」
よっと、そんな声を上げながら城壁の縁から降りてテルヤの隣に立つ。彼女の肩を抱き寄せるように引いて、肩を並べた。
「――ありがとう。私、胸を張って凄いことが出来たんだって言えるよ」
一人で生きていたから、どんな晶魔を倒したって自慢にもならないと思ってた。
そもそも自慢する人なんていなかった。私も、師匠も、どんな晶魔でも倒せて当たり前だったから。でなければ死ぬだけだった。
だからこそ、今、ここに立っていることが私に実感させてくれる。私は凄いことをしたんだ。私を見捨てた人たちを見返しても足りないぐらいに凄いことをしてやったぞ、って。
「私に誇りをくれてありがとう。テルヤは私が羨ましいって言うけど、私だってテルヤが眩しいぐらいだと思ってるよ。貴方がいないとこんな実感、味わうことはなかったんだからね」
「……イスタ」
「足りなくていいよ。別に良いんだ。私は気にしない。私にとって大事なものは、テルヤは何も見失ってないよ」
テルヤの肩を抱き寄せていた手を頭に添えて、私の肩に預けさせるように引き寄せる。
私がテルヤを助けたいと思ったのは、その心一つだから。肩書きだとか、身分だとか、そんなものは私にとってはどうでも良いのだから。
「貴方が貴方で良かった、テルヤ。ありがとう」
強張っていたのか、硬くなっていたテルヤの身体から力が抜けた。私に自然と肩を預けるように体重をかけながら、テルヤは小さな呟きを耳元で零した。
「……私も、貴方がいてくれたことがこれまでの一生で一番の幸運だったと思います」
「なら、お揃いだね。私たち」
「……はい。お揃いですね」
テルヤの手が私の肩へと伸びて、肩を寄せ合いながら抱き合う。
耳を澄ませば、互いの息遣いや鼓動が聞こえてくる。体中の感覚が一人じゃないと伝えてくれる。
他人の体温がこんなにも心地良いと思えるものだなんて知らなくて、ついつい目を細めてしまう。
「……イスタ。貴方は今、幸せですか?」
「うん。とても誇らしくて」
「私ももっと誇れる自分になりたいです。きっと、貴方となら見つけられる気がするんです」
テルヤがより密着しようとするように身を寄せてくる。触れ合った部分が少しだけくすぐったい。
「イスタ。私、夢が出来たんです」
「夢?」
「……いつか、晶魔の危機がなくなった世界を見てみたい。務めを果たした世界で自由に旅をしてみたい。色んな人の価値に触れて、この世界をもっと感じたいんです。ただ一人の人間として」
「いつか晶魔の危機がなくなった世界、か」
それは途方もない話だ。何せ、晶魔の危機は思った以上に深刻そうだし、その本体はあの新月だと言うのだから。
何をどうすれば月をどうにか出来るというのか。そう叫んだグサヴィエは正しい。まぁ、正しいからって何だという話なんだけど。
晶魔の脅威は当たり前だ。だから、そんな当たり前の世界を受け入れて生きていくだけだ。
でも、もしもいつか、そんな危機がなくなった世界が来るとしたら……今日のように人の営みが平穏に続いていくのだろう。想像してみたら、思ったよりも悪くはない。
「……それは私も見てみたいな」
「だったら一緒にいきませんか?」
「一緒に?」
「はい。ずっと、これからも一緒に」
これからも、か。
あぁ、なんだ。テルヤはもう私との約束を果たしてくれていたんだ。
ささやかすぎて、もう当たり前になりかけていたけど。
――テルヤは、もう私の居場所になってくれていたんだ。
「……だったら新月をどうにかしないとねぇ」
「そうですね」
「まぁ、でもあんな小さな星の光だって届くんだからさ。私たちだって届くよ」
それがテルヤの望むことなら、空に浮かぶ月であっても落としてみせるしかない。
今は荒唐無稽な話だったとしても、いつか、必ず。
きっと大丈夫だ。歩みを止めない限り、標はそこにあるのだから。
だからこの道を進んでいこう。今、隣にいてくれる貴方と一緒に。
ここまでお読み頂いた皆様、読了ありがとうございます。
今回の更新を以て、1章相当の内容を書き上げたので暫定的に完結とさせて頂きます。
本作は続きも考えていますが、別の作品にも手をつけたいので一区切りがついた所で一度筆を置きたいと思います。続けるにしてもここからの続きのプロットを纏めたいので……。
面白かった! 続いて欲しい! という方がいれば是非ともブックマークや評価ポイントを入れて頂けると作者が喜びます。
改めてここまでお付き合い頂いてありがとうございました。続きか、或いはまた別の作品かでお会い出来たら嬉しく思います。




