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27:流星のように煌めいて

「シャァアア……――!」


 声とも言い切れない威嚇音を零しながら巨蛇が私を見下ろしている。私に向けられた気配は穏やかなものじゃない。まるで苛立ちにも似た怒りだ。それを私に向けながら今にも襲いかからんとしている姿は感情があるように思えて仕方ない。

 こいつがグサヴィエを操っていたと考えれば、グサヴィエを通じてアークライト王国を瓦解させようとして失敗したのは私のせいだ。感情があるとするなら邪魔になった私へ怒りを抱くのは自然の流れだ。


「晶魔に人の感情を理解出来るような知性があるなんてね、ちょっと驚きだな」


 今日だけで晶魔の知らないことを多く知った。晶魔は謎の奇病に冒された獣ではなく、明確な世界の外から来る侵略者だと言うこと。人を操って国を崩壊させようという絡め手も使ってくるだけの知性があること。

 だけど、それについて考えるのは後で良い。今、実際に晶魔と相対している時だけは今まで通りで。余計なことに意識を回して足を掬われる訳にもいかない。


「しかし、これだけ大きいと首を落とすのも大変だな……」


 私の零した言葉に反応したのか、巨蛇が私へと喰らい付かんと牙を向けてくる。それを跳躍で回避して距離を取る。

 相手の首がどこまで伸びてくるのか、その速度はどれ程のものなのか。確かめるように私は巨蛇の攻撃を受け流していく。

 巨蛇の猛攻は荒々しく、まるで嵐の中で舞う木の葉になったかのような気分にさせられる。


「――ハァッ!」


 攻撃を捌く合間に隙を見て胴体を切りつけるも、表面を撫でる程度に留まった鱗の感触に思わず息を吐いてしまう。


「かったっ」


 やっぱり全身に晶魔の侵蝕が進んでいて、あの結晶のような鱗も伊達ではないということがよくわかった。

 こんなものが突っ込んで来るだけで国の一つや二つ、滅ぼせてもおかしくないと思える程だ。ここに魔法の減退効果が加わることを考えると、この晶魔を討伐出来る魔法使いがどれだけいるのかと考えてしまう。


「下手に絡められたら逆に折られそう、っと!」


 牙、頭突き、更には尾の叩き付け。どれも一撃食らうだけで致命傷になり得る。死の嵐は絶え間なく私を襲い、喰らい殺そうと迫る。

 一度仕切り直すために私はタイミングを合わせて巨蛇の頭を強く蹴る。そのまま空中で回転しながら体勢を立て直して着地する。


「硬いし、大きいし、おまけに動きは素早い。それでいて身体が柔らかくて下手したら刃が食い込まれて持ってかれる。これは今まで会った中でも一番の大物かな」


 膝立ちの姿勢のまま、刀で肩を叩く。嵐の如き猛攻に晒された身体は疲労を感じ始めている。

 正直、まだ私を狙ってくれてるからありがたいというものだ。こんなのが王城になんて突っ込んでいこうなら王都は壊滅的な被害を受けるのは間違いない。


「……仕方ないなぁ」


 息を整えて刀を構え直す。見据えるはこれまで出会ってきた中で最大の脅威と言えるのなら。


「師匠にまた怒られるかな。先に謝っておこう」


 口を開いて丸呑みにしようと巨蛇の牙が迫る。それを真っ直ぐ見据えながら――



「――壊しちゃうけど、許してね」



 ――鋼の刀身がその色を変えて、夜闇の中で光を纏っていく。

 夜闇の中で淡い光を帯びた刃が一閃の軌道を描く。その一閃はあっさりと巨蛇の牙を折り砕き、口の端を切り裂くようにして押し広げた。


「キシャァ――ッ!?」


 悲鳴を上げるように巨蛇が突進の勢いを緩めて身を捩らせた。

 その隙に私は地を強く踏みしめ、勢い良く跳躍する。すれ違い様に刀を振るうも、察知した巨蛇が首を傾げるようにして私の攻撃を避けた。

 手応えがない。けれど、〝確かに斬っていた〟。先程までは撫でる程度に終わっていた傷が、今は身体の幅三分の一ほどの大きな傷になっていた。


「――結晶化がお前たちの技だと思った?」


 師匠が打ってくれた刀は鉄と石屑、そして晶魔の石を混ぜ合わせた鋼で出来ている。他の人のように魔法を扱うことは出来ないけれども、その代わりに晶魔の妨害の影響を受けることはなく、反発力にも似た力を扱える。

 そして、その力を〝自壊させる〟前提で全開にすると刃が結晶化する。この状態になった刃に引き裂けないものはない。例え、どれだけ強固な身体を持つ晶魔とて例外じゃない。


 私がクリスタル級の晶魔から結晶を刈り続けた理由がここにある。質の良い晶魔の結晶を用いなければこの状態を保つことが出来ないからだ。

 だからこそより良い組み合わせを、より良い武器を、そうして師匠と私は刀の完成度を上げ続けてきた。

 いつか、この力が自壊を前提にせずとも使えるようになる武器を作り上げるために。


「その点いいね、お前は」


 ほぼ生体と一体化し、今まで見て来た晶魔の中で最も硬く、かつ柔軟性も失っていない晶魔の結晶の鱗。そこから加工して武器に加えればどんな結果になるだろうか、と。

 なら是が非でもここで仕留めなければならない。逃がすだなんてとんでもない。私たちがもっと高みに登るためにも。


「いいだけ人を弄んだんだ。――自分が弄ばれる準備は良いかしら?」


 笑みを浮かべて言ってやると巨蛇は尻尾を叩き付けて私を潰そうとする。尻尾の直撃を回避しながらもすれ違い様に刀を振るう。

 すっぱりと切れた尾の先が宙を舞い、そのまま地面へと落ちた。遅れるようにして巨蛇が奇っ怪な声を漏らしながらのたうち回った。


 尻尾を退けた私は首を落とすために蛇の身体に飛び移り、そのまま首を目指すようにかけ出す。

 しかし、相手も黙って受けるばかりではない。身を捩らせて私を振り払おうとする。そんな不安定な足場を完全に崩れる前に駆け抜けていく。


 ――そして、勢い良く跳躍して首を根元から断つための一閃を繰り出した。


「チッ、浅い!」


 しかし、私の一撃を巨蛇は受けながらも倒れていなかった。首を完全に切り飛ばすことが出来ず、半ばまであと少しという所まで断ち切るので止まってしまった。

 その傷すらも晶魔の結晶が覆うように張り付いていき、傷を塞いでいるのだから堪ったものじゃない。

 だけど私に向ける怒りの気配は薄れ、怯えにも似た感情を感じ取ることが出来た。威嚇を向けられても、どこか腰が引けているようにしか思えない。


「まぁ、いいわ。次こそ、その首を叩き落として――ッ!?」


 もう一度向かっていこうとした所で、蛇が口を開いて何かを勢い良く吐き出した。

 水鉄砲のように迫ったそれは、地面を溶かすような音を立てて煙を立てる。


「げっ、厄介なものを吐き出して!」


 毒か、それともただの酸か。それが次々と吐き出されていき、私は距離を取ることしか出来なかった。

 けれどパターンは安直だった。その呼吸さえ読めば今度こそ、距離を詰めることが出来るだろうと確信出来る。


 ――しかし、あろう事か巨蛇はそのまま私に背を向けた。


「……は?」


 思わず声が漏れた。巨蛇が私を無視して勢い良く地を滑るように向かった先は王都だ。

 猛然と進路方向を転換して向かう様には必死さを感じる。しかし、それは逃亡のためじゃない。最早、なりふり構わずに突撃するためだ。

 あの強度と巨体で突撃するだけで外壁が崩れるだろう。街を潰すにはその身を振り回すだけで良い。それだけなのに命はどれだけ失われてしまうだろうか。


「こいつ――ッ!」


 私は怒りを燃やしながら巨蛇の後を追う。こっちも必死だが、あっちだって必死だ。

 巨体の分だけ、あちらの方が到達速度が速い。こうなったら壁に身を叩き付けた所でも狙って一撃必殺を狙うしかない。


 もう間もなく王都の外壁に到達する。そこが狙い所だと、覚悟を決めていると――天より光が降り注いだ。

 真上から釘を刺すかのような収束した光の一撃が一瞬だけ、そう、ほんの一瞬だけ巨蛇の動きを縫い止めた。


 巨蛇が向かっていた外壁の上、そこに杖を構えて立っている姿を見て私は思わず叫びそうになった。

 何故ここにいるという怒りとか、一瞬でも足止めしてくれたことへの感謝とか、よくもここまで出てきたという呆れとか、その全ての感情を吐き出さずに一刀に込める。



「――人間を、あまり馬鹿にしないでよねッ!」 



 ここで終わらせる。その覚悟と共に地を踏みしめ、最大の加速を以て必殺を叩き込む。

 加速の勢いで意識が一瞬、明滅する。でも、その間に私のすべき事は果たされていた。私の身体は宙に投げ出されていて、その傍でくるくると何かが回っていた。


 ――巨蛇の首だ。勢い良く回転しながら千切れ飛んだ首は私よりも早く重力に捕まって落ちていく。


 私の背後では残った胴体が崩れ落ちる音も聞こえてきた。その二つの落下音が終わったことを実感させる。

 そして私は外壁の上へと降り立った。着地と同時に光を放っていた刀から罅割れる音が聞こえた。手元に視線を移せば今にもバラバラになってしまいそうな刀身が目に入った。

 派手にやったな、と思いつつも刀を鞘に収める。そして、私は城壁の上にいた彼女――テルヤが駆け寄ってくるのを見た。


「イスタッ!」


 テルヤは肩で息をしながら、私の無事を確認しようと近づいてくる。

 そんなテルヤを私は引き寄せるように抱き締めた。突然、抱き締められたテルヤから驚いたような声が漏れたけど、気にせずに強く抱き締めた。


 無事を確認したかったのは私もだった。まったく、本当に心臓に悪いお姫様だ。だけど、彼女がいなかったら巨蛇の突撃を食い止めることは出来なかった。

 怒ってやりたい気持ちも、褒めてやりたい気持ちもごちゃ混ぜになって、言葉が達者ではない私はただ強くテルヤの身体を抱き締めることしか出来ない。そして、ようやく絞り出した言葉は、たった一言だけ。



「――終わったよ」



 この後の話は、夜が明けてからだ。言いたいことも山ほどあるけれど、後でもいいだろう。

 今はこうして夜が明けるのを待てることを喜び合おう。この国が、そして何よりテルヤが望んだ夜明けが訪れるのだから。 

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