26:災禍、現出
2021/2/25 更新(2/2)
──この世界に価値なんてない。自分の価値を認めない世界など、壊してしまうしかないじゃないか。
双月が照らす夜の下、王城の敷地をグサヴィエは一心不乱に駆け抜けていた。その心の内は嵐のように荒れ狂い、噛み締めた唇から血が流れ落ちる。
(くそっ! テルヤの奴め、あの石屑持ちの女を連れてきて全部台無しにしやがって!)
憎たらしい妹だった。血の半分は貴き血ですらない王女、その身に宿った奇跡は開祖から讃えられる誉れ高き力だった。
神によって与えられた恩恵は良くも悪くも注目を集めた。そして陰謀が蠢きだし、国王は娘を隠して守るように離宮にて飼い殺した。
妹のことを思えば腸が煮えくりかえりそうだった。誰からも祝福された妹に対して自分はどうだ? 何の特筆することもない風の魔法を授かった第三王子。頭の出来も、魔法の腕前も、何もかも二人の兄と比べられる日々。
自分というものがわからなくなっていく。自分という存在が揺らいでいく。どうやって地に足をつけているのかさえもわからなくなってしまいそうだ。
そんな日々に厭気が差していたのはいつからなのだろう。それすらもわからなくなるぐらい、その憎悪はグサヴィエという人格を形成するのに寄り添い続けてきた。
有能な兄たちに、特別な妹。何の秀でたることのない自分に与えられた王族という肩書きの軽さ。誰からも期待もされておらず、予備でしかない自分。
そんな自分を肯定してくれたのは人ならぬ〝あの御方〟だった。
王族の務めとして晶魔討伐に乗り出した際に出会った救いの主。命を落としかけた自分に手を差し伸べてくれた偉大なる存在。
(そうだ……どうして自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……何もしてくれない奴等のために、何の期待もしてくれない世界に、何故僕が期待をしなければならない?)
そのままでいいのだ、と肯定する囁きが聞こえる。その囁きを聞く度に心が震えて熱を持つ。そのまま炎のような熱へと変わっていく。
人など下らない生き物だ。人が築いた国も価値のないゴミだ。だから、かの御方が望むなら差し出したって構わない。
自分は王族だ。王の振るまいとは正しいものだ。だから、正しい世界のためにあらなければならない。
人は滅ぼされるべきだ。そしてかの御方たちのために役立つことが幸せなのだ。それが絶対唯一無二の解答なのだ。
――なのに、それを邪魔された。夢物語に目を奪われ、現実が見えていない愚かな妹。その愚かな妹の為と称して蛮行を繰り返す女。
許しがたい。まだ無能な兄たちは自分の掌で踊っていたから溜飲は下がる。だが、あの二人はダメだ。
「殺さなければ、殺して、引き裂いて、バラバラにして、息の根を止めなければ!」
しかし、相対したことでグサヴィエは感じた。自分では勝てるような相手ではなかったと。
その事実を認めるのは癪だ。癪ではあるが、そこで思考を停止する馬鹿になる訳にはいかない。だからグサヴィエはあの場から逃走した。
「計画は変更だ! 何としてでも、あの女を始末して……! この国を貴方様に!」
全てはいと高き天に御座す方のために。グサヴィエはそんな想像に笑みを浮かべながら駆け抜ける。
……しかし、彼は気付かないのだろうか。
彼に囁きかける声など、本当は存在していないという事実に。実際に彼を導く声など誰も囁いていないのだ。
声は反響する。彼の心の声を反響させているのは、彼の身に埋め込まれた晶魔の石。
果たして、彼の願いと意志はどこからどこまでで、そしてどこに行き着くのだろうか――?
* * *
グサヴィエを追いかけて飛び出したものの、捕まえられるかどうかはわからなかった。
勘で行くしかないかと思ってたけど、グサヴィエは足止めに洗脳していた兵士たちを配置していったようだ。それで逆に足取りが掴めてしまった。
(それだけ必死だったのか、それとも逆に誘い込んでるのか……)
どっちの可能性も捨てきれない。それなら――どっちだろうと纏めてぶった切る。
私の足を止めようと魔法を放ってくれてる兵士の杖を切り落とし、そのまま蹴り飛ばす。道が空いた所で次の兵士へと飛びかかり、グサヴィエが逃げた方向へと進んでいく。
どうやらグサヴィエは城下町へと出て街を出ようとしているようだった。出来れば逃がしたくはない。
逃げた先で洗脳する人を増やされるのは厄介だし、姿を隠されれば身柄が見つかるまで捜索しなければならない。最悪、洗脳された人たちは石屑持ちの私たちが晶魔の意志を砕けば洗脳を解くことが出来るけど、逃げられ続ければ堂々巡りの繰り返しだ。
だから私の疾走の速度も自然と上がっていく。屋根から屋根へと飛び移るように街を駆けていれば兵士の魔法だって追いつかない。
そうして足止めの兵士を辿っていった先で、馬に跨がって門に駆けているグサヴィエの姿を確認した。
「――見つけた、逃がすかぁッ!」
「なっ!? くそ、もう追いついたのか!」
グサヴィエは私に気付くと忌々しそうに舌打ちをして、そのまま馬を駆けさせる速度をどんどん上げていく。
けれど、それでも私を振り切ることは出来ない。飛び跳ねるように全力で走りながら徐々にその距離を詰めようとする。
いつしか門を抜け、私たちは街の外へと飛び出した。足止めの兵士も追ってこれないのか、周囲には私とグサヴィエしかいなくなった。
しかし、直線を走るだけでは馬に追いつくのは簡単じゃない。これが平地じゃなければもっと楽に追いつけたのに、と思いながら必死に追いかける。
そして、グサヴィエは街の外の小高い丘の上へとやってきた。その向こうには森が広がっている。
森に逃げ込むつもりなのかと思っていると、ふとグサヴィエが馬を止めて私へと振り返った。
「――追いかけてきたつもりか? 違うな、誘い出されたんだよ、お前はぁ!」
何? と思ったのは一瞬だった。次の跳躍のために地を踏みしめた瞬間、違和感を覚えた。
全身が泡立ち、危険を感じ取る本能が警鐘を鳴らす。その跳躍の勢いを前ではなく、そのまま真上へと向けて空へと跳んだ。
――瞬間、地面が砕けた。
私が立っていた地面ごと噛み砕くように現れたのは、一口で私を丸呑み出来そうなほどの大きさの蛇だ。
そのまま再度口を開いて私を呑み込もうとする蛇の鼻先を蹴って、そのまま身体を伝うように跳んで距離を取る。
頭部だけで巨大な蛇だ。その蛇が地面から這い出るように丘を崩していく。崩れる地面から距離を取るように後ろへと下がっていき、余波がない地点で足を止める。
それは全身の鱗が結晶のような輝きを持つ蛇だった。そして頭部には晶魔の証である石が二本、角のように突き出ている。
全身に結晶が形勢されているのではなく、もっと全身に結晶が広がって一体化しているような姿。その大きさからクリスタル級の晶魔だと判断するのは容易く、しかしクリスタル級の中でも特に強力な個体であることは一目でわかってしまう程だった。
「見ろ! この優美なる偉大なお姿を! 策を弄せずともこの国を呑み込むのには十分なんだよ! そのまま呑み込まれて死ぬが良い!!」
勝ち誇ったようにグサヴィエが笑っている。そして晶魔の大蛇は舌をちらつかせながら視線を移す。――私ではなく、グサヴィエへと。
「……ちょっと、待ちなさいよ。まさか――!」
そこからは一瞬だった。地面ごと抉り呑み込むようにグサヴィエへと晶魔が口を開いて迫った。
「あ……? あぁ、もしや! 僕を欲してくれているのですね! 構いません! むしろ光栄です! どうぞ、我が身を御捧げ致します! ありがとうございます! ありがとうございま――」
グサヴィエは歓喜と共に両手を広げて迫り来る晶魔を受け入れていた。そして乗っていた馬ごと、グサヴィエが一呑みにされるのを私は唖然としながら見ていることしか出来なかった。
あれでは助かりはしないだろう。なのに最後の瞬間にグサヴィエは笑みを浮かべていた。自らが食われることすらにも笑顔を浮かべて受け入れてしまっていた異常な光景に怖気が走る。
「……なんなのよ……!」
グサヴィエを許すつもりはなかった。だけど、あまりにもあまりな最後に言葉を無くしてしまう。
しかし絶句している暇はない。グサヴィエを呑み込んだ晶魔は今度は私へと視線を向ける。背を伸ばして見下ろしてくるだけで月の光すらも隠してしまいそうな巨体を前にして、私は溜息を吐くのを堪えられなかった。
(さて、どうしたものか……)
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