24:誇りは何に宿る
「新月……? いえ、確かに晶魔の出現は新月の出現と同時期であるとは言われていましたが……」
グサヴィエ王子の呟きにテルヤが反応する。それに対してグサヴィエは恍惚としたような笑みを浮かべながら続ける。
「そうだ、かの月の御方はこの地を楽園へと変えるために使わされた新世界の使者。即ち、新世界の神とも言える御方なのだ! 古き神を捨て、僕たちは新たな世界で幸せを得るんだ!」
「何が新世界だ! 晶魔は神によって与えられた奇跡を否定する侵略者ではないか! グサヴィエ、お前はこの国を、人を裏切ったのか!」
「価値がある方が尊重される。そう言ったのはクロヴィス兄上じゃないですか! テルヤに死ねと命じたのも自分の方が価値があるから! だったら僕もそうするだけですよ! 価値がないこの国には新世界の礎となって頂くのです! そして僕はあの御方と共に新世界で幸福に生きる! これが正しいあるべき世界の形だ!」
哄笑するグサヴィエ王子をクロヴィス王子は悔しげに歯を噛みしめて睨み付けた。テルヤも厳しい表情を浮かべて周囲を警戒している。
そして私は――心底、どうでも良かった。
「お喋りはそれで終わり? じゃあ、お前が死ねば全部解決ってことでいいのかしら?」
「……さっきから何だよ、お前。話を理解するような頭もないなら黙ってろよ!」
「新世界だとか、価値がないだとかどうでも良い話だもの。お前が邪魔、だからどうにかする。それで話は終わりでしょ?」
「お前、やっぱり馬鹿なのか?」
グサヴィエ王子……いや、もう王子であることも捨てたから呼び捨てでいいや。グサヴィエは私を哀れむように見てからゆっくりと首を左右に振った。
「もうこの国の中枢たる派閥は僕が抑えている。全てが僕の手足だ。数の上で君たちが勝つ道理はないし、ましてや生き残れたとしても空の上にいるあの御方には届かない! 最初からお前たちは敗北してるんだ! 今更足掻いた所で無駄な足掻きなんだよ! なのにそれがわからないかなぁ!?」
「お前が諦めただけじゃないの? だから裏切ったんだ。人に何も期待してなくて、されなくて、誰かを大切に思うことも出来なかったから捨てただけ。それって誇れるようなこと?」
私からすれば立派でもないし、崇高な行いにも思えない。
「惨めだね、貴方。もっと格好良く国を滅ぼせば良かったのに」
「……僕を惨めだと……? あぁ、そうかもなぁ! ただオーギュスト兄上の後に生まれただけで比較される毎日! 魔法の腕を褒め称えられたクロヴィス兄上に比べられて貶されて! 毒にも薬にもならないと言われ! 惨めだったさ! この国が腐ってたからな! だから僕が変えるんだ! 僕の価値を肯定してくれたあの方のために!」
「違うよ」
「……あ?」
「王族の責務も背負えないくせに王族に生まれて、惨めだね。平民に生まれれば良かったんじゃない?」
「どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ、石屑女がぁッ!!」
グサヴィエが激昂して杖を構えた。その杖には晶魔の結晶と思わしきものが取り付けられている。
その杖を振り下ろし、号令を下してグサヴィエは私への殺意を迸らせた。
「あの女を殺せェッ! 生まれてきたことを後悔する程までに痛めつけて、這い蹲らせて命乞いの後に殺すんだよッ!」
「イスタ!」
グサヴィエの号令にその場に集った数十名の魔法が一気に私へと放たれようとする。その光景にテルヤが悲鳴をあげて私に駆け寄ろうとするも、クロヴィス王子が引き留める。
魔法を放とうとしている者たちの中には苦悶に顔を歪めるオーギュスト殿下もいた。まるで逃げてくれ、と懇願するように私を見つめている。
しかし、魔法は放たれた。逃げ場はなく、直撃すれば手か足が吹っ飛んでもおかしくない。
――神の奇跡は私を救わなかった。だから私は奇跡に縋らない。
私が信じるのは、この手で積み上げてきたもの。この足で進んできた人生。この身に培ってきた経験。折れず、曲がらず、ここまで至った自分自身。
命のやり取りなんて飽きるほどに繰り返してきた。どうすれば生き残れるかなんて常に考えてきた。だから――この程度で死ねる程、私の人生は安くない。
「――斬る」
流星刀によって得た私の力は、反発することだ。流星刀を媒体にすることで感じる自身に迫る脅威。その全てに対して反発の意志を叩き付ける。
その意志が流星刀と結ばれた時、私の身体は半ば自動的に動いた。迫ってきた全ての魔法を斬り伏せて掻き消す。
その光景を見て、呆気取られたグサヴィエが引き攣った声を上げた。
「な、何をやっている! 早く、早くあの女を殺すんだよ! オーギュスト兄上! この時のための貴方だろう!!」
「ぐぅ……っ!」
「あぁもう! 死ね、死ねよ! 殺せ、殺せ! あの女を殺せぇ!!」
グサヴィエを庇うようにオーギュスト王子が前に出る。水の刃で私の流星刀と斬り結ぼうとするけれど、正直に言って欠伸が出る程に遅い。
まったく鍛えてない訳じゃないんだろう。魔法はともかく近接戦闘はそこまで秀でている訳ではないのは丸わかりだ。武器なんて前時代のものだとした弊害とも言えるのかもしれない。
「わかってて前に出たの? それとも前に出したの? どっちにしろ私には通じない。無駄な一手だ」
オーギュスト王子の胸を柄底で殴りつける。短く悲鳴を零して胸を押さえたオーギュスト王子の顔を掴み、そのまま地面に叩き付けるように押し倒す。
体勢を崩したオーギュスト王子の手から杖を蹴り飛ばす。からからと音を立てて杖が転がり、オーギュスト王子が動かないように足で踏みつけた。
「自分の意志で動いてるんだか、それともお前の意志で動いてるのか。あぁ、でも支配下にあるって言ったっけ? つまりこれはお前の無能の証拠な訳だ、グサヴィエ」
「……何なんだよ、お前はぁ! これだけ魔法を撃って、なんで全部叩き落とすなんて真似が出来る!?」
「出来るから。ただそれだけでしょ」
わかる? と小首を傾げて問いかけてやる。するとグサヴィエは釣り上げられた魚のように口をぱくぱくさせた。
「……み、認めるか……認められるか、お前など……! どこの生まれかも知らないゴミの癖して!」
「――その言葉、取り消してください。グサヴィエ兄上」
グサヴィエの叫びに言葉を返したのはテルヤだった。自分の杖を抜き、グサヴィエに抜きながらテルヤは告げる。
「イスタはゴミなどではありません。いいえ、人をゴミなどと扱う品性など王族にあるまじき愚劣さです。己が身を顧みるべきは貴方です」
「……はっ! この女の腰巾着になった途端によく囀る! 今度は父上からこの女に飼われたのか!? テルヤ!」
「……えぇ、そうでしょう。イスタがいなければ私はここまで強気になれない。震えて、無力な自分を憎んで、籠の外に出ては死んでしまう弱い者なのでしょう」
グサヴィエの罵声をテルヤは静かに受け止めていた。決して否定することなく、それを事実だと認めて。けれど、それでもテルヤは胸を張って立っている。
「私はそれでもイスタの力を預けられた。なら、嘆いてなどいられない。これは私が望んで背負った責務です。どれだけ罵られようと、どれだけ頼りないと言われても、もう目を伏せてばかりはいられない。目を開き、真実を見据え、ありのままを受け止めて、その上に立つ。それが王族としてあるべき姿だと私は信じています。だからこそ、王族の一員として宣告します。――グサヴィエ、貴方に王族を名乗る資格はありません! この国に仇なした反逆者として、その身にまだ欠片ほどの誇りが残っているならば! 己の罪を前にして頭を垂れなさい!」
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