23:悪意が嗤う
2021/2/23 更新(2/2)
「馬鹿な! 馬鹿な……どうして、こんな……オーギュスト兄上、どうして!?」
信じられない、いや、信じたくないというようにクロヴィス王子が叫ぶ。
その叫びの間にオーギュスト王子は苦悶の表情を浮かべて、胸を掴むように背を折る。まるで何かを抑え込もうとしているかのような仕草だ。
「……ぐっ……クロ……ヴィス……」
「兄上!」
「……っ、よけ、ろっ!」
オーギュスト王子が叫ぶのと同時に私が杖を切り飛ばした兵士が身を起こした。そして私に掴みかかろうとしてくるのを刀の峰でぶん殴って昏倒させる。
意識を失って倒れ込んだ兵士の服に手をかけて、刀で切り裂いて開けさせる。そこにはやっぱりオーギュスト王子と同じように晶魔の結晶が埋め込まれていた。
「……悪い予感が当たったね」
「これは……人が晶魔に侵蝕されて……?」
「確信してた訳じゃないけど、力の強い晶魔が他の晶魔を従えるらしき素振りはあったんだ。オーギュスト王子の前評判と不可解な反応、それに加えてクリスタル級の晶魔の肉の混入、その目的を考えたらもしかしたらと思ってたけど……」
私は立ち上がってオーギュスト王子へと視線を向ける。オーギュスト王子はその場に膝をつき、身を震わせている。
大量の汗が浮き、とても苦しそうだ。胸に爪を立てて引っ掻いているものの、逆に肌や爪が傷ついて赤く滲んでいるだけだ。
「兄上……!」
「近づくなッ!」
駆け寄ろうとしたクロヴィス王子に今までの感情を感じさせない声とは一転して、激情を込めた声でオーギュスト王子は一喝する。
「……事が、露見すれば、アイツも動き出す……その前に、私は、お前たちに伝えなければ……ならないことが……!」
「伝えなければならないこと……?」
「オーギュスト王子を操ってた奴がいるってことでしょ、晶魔を利用してね」
「そんな馬鹿な!?」
まだ信じられないのか、クロヴィス王子はさっきから同じことしか叫んでいない。
とにかく今はクロヴィス王子に構っている暇はない。私はオーギュスト王子と向き直って問いかける。
「時間がないならさっさと答えて」
「……かたじけない、君には感謝する……わずかな時間でも、君が作ってくれた……」
「その時間が勿体ないから、早く」
私が急かすように促すと、オーギュスト王子は苦笑を浮かべようとして失敗した表情を浮かべる。そして口にしたのは、私の予想通りの名前だった。
「……ッ、今回の、一件は……――グサヴィエの仕業だ」
「……そう」
「気付いた時には、もう遅かった。この身には晶魔の石が埋め込まれ、自分の意志が次第に薄れていき……今も、意識を保つのが精一杯で……」
「どうして!? どうしてグサヴィエが兄上を!? 本当にグサヴィエの仕業なのですか、兄上!?」
「――説明が欲しいの? まぁ、仕方ないよねぇ。全ては僕の掌の上だった訳なんだからさ」
複数の足音と共に姿を見せたのは、人の良さそうな笑みを浮かべたグサヴィエ王子だ。
その後ろには何十人もの兵士が杖を構えて私たちを見据えていた。しかし、そこに感情の色は一切見えない。
「でも予想外。いやぁ、こんな怖いもの知らずの暴き方をされたら僕だって少し困ってしまうかな?」
「グサヴィエ……! 貴様! これは一体どういう事だ!?」
「どうもこうもないでしょう? クロヴィス兄上。ただ貴方たちが無能だった、そういう事ですよ?」
笑顔のままだけど、グサヴィエ王子の瞳には嘲りの色がありありと浮かんでいた。それから楽しげに両腕を広げながら彼は言った。
「貴方たちが僕の暗躍に一切気付かないから、王城への仕込みは大変楽でしたよ。無能でいてくれて本当にありがとうございます! 王族の癖に肉親の情だとかで振り回されすぎてるんですよ、貴方たちは! 本当に、あぁ、本当に滑稽でしたよ!」
「……何故だ、グサヴィエ! お前は、何故このような事を!? 国民を何だと思っているのだ!? ましてや兄上に晶魔の石を埋め込むなどと、このような非道を何故起こした!?」
「――僕が王族だからですよ? そんな事もわからないんですか?」
やれやれ、と言いたげに肩を竦めながらグサヴィエ王子は言った。クロヴィス王子は衝撃を受けたように足下を覚束なくさせながら一歩下がる。
「だって無能な王を擁立させる訳にはいかないでしょう? 王とは全てを手に入れ、従えるもの。ならば国も、臣下も、そして次期国王が誰かすらも! その全てが僕の意のままだ! ならば国は僕の意志によって導かれなければならない! それが! この国のあるべき姿! 僕は王国を正しい姿に導かなければならない、何故ならば王となる一族に産まれた王子なのだから!」
心の底から楽しげに、しかし理解し難い愉悦に身を震わせながらグサヴィエ王子は笑っていた。
その間にもオーギュスト王子は苦しげにグサヴィエ王子を見つめているし、クロヴィス王子は今にも膝を折ってしまいそうな表情を浮かべていた。
「……いつからだ。いつから、そのような馬鹿げた考えを……!」
「そんな事すらもわからないんですか?」
「グサヴィエ! 国は、民は、いや! 人は王族の玩具ではないのだぞ! このような振る舞いが王族として正しい訳がないだろう!」
「それは古くさい価値観だなぁ! そんな歴史に残すのも憚れるような恥ずかしい価値観に足を掬われてるんだから愚かなんだよ、クロヴィス兄上! オーギュスト兄上もだ! 国を統べる父上も、王を支える母上も、光の魔法を手に入れたテルヤだって! 何が王族だ! ただ名前があるだけのゴミじゃないか!」
ゴミだと、それは本心から思っているのだろうと感じられるほどの嘲笑が響き渡った。
「そんなゴミどもを持て囃すクズ共に何の価値もないと言われ続けたのは、本当に屈辱だったよ。優しいのが取り柄? 穏やかな王子? なんだ? 目にガラス玉でも入れてるのが人間なのかい!? それなら人形の方がよっぽど高価だと思わないかい? クロヴィス兄上! だったら有効活用してやるのがまだ幸せだろう?」
「……貴、様ぁ……!」
衝撃が怒りへと転じ始めたのか、クロヴィス王子の周囲に炎のような熱気が浮かび始めた。その怒りの視線すらも心地良いと言わんばかりにグサヴィエ王子は口の端を釣り上げている。
「――見る目がないゴミはどっちよ、どうせお前も晶魔に操られてるだけの無能でしょ。むしろ無能だから足を引っ張ることしか出来ないんじゃないの? あぁ、足を引っ張る才能があるなら無能じゃないわ。害悪の才能ならあったわね」
その笑みが、一瞬にして凍り付いたけど。……あれ、もしかして思ったより図星だったりした?
「……君、今、僕を馬鹿にした?」
「最初から馬鹿にしてるけど」
「……こ、れだから学がない平民はさぁ……!」
グサヴィエ王子は目を血走らせながら私を睨み付ける。別に怖くとも何ともないけど、さっきまで余裕たっぷりだった表情が見る影もなく崩れてしまっている。
ここで余裕を持って返せないってことは自覚があるのかもしれないわね。そこを晶魔につけ込まれた?
「僕は僕の意志で全部やっている! あの御方は、それを肯定してくれた! 人間よりも圧倒的に素晴らしい存在だ! 選ばれた存在なんだよ、僕は! 僕の意志はこの国の意志となり、永遠の栄華を歴史に記すんだ!」
「へぇ、晶魔にあの御方って言われるぐらいに高尚な知能があるんだ。どいつもこいつも餓えた獣程度にしか思ってなかったけど」
「ふん。所詮、お前が相手にしていた晶魔というのは端末でしかなかったんだろうよ。確かに他の人よりは優れた力があるみたいだけど、たかが一人の人間にあの御方がどうにか出来るものか! お前も所詮はゴミだ! 潰されるぐらいしか価値がないゴミでしかないんだよ!」
「へぇ? 人をゴミと言えるような存在ってどんな存在なのよ」
私の挑発するような問いかけに、グサヴィエ王子は調子を取り戻したように笑みを浮かべて大袈裟に両手を広げた。
「――全ての晶魔の源にして統べる者! 空に浮かぶ新たな月、〝新月〟そのものさ! かの御方こそ、やがてこの世界をも支配する絶対的な支配者だ!」
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