21:解決のための一手を
「……オーギュスト兄上が」
「ふん。別に信じなくても構わんぞ? お前を追い落とそうとしたのは俺も同じだ。それだけ光の魔法を持つお前は疎ましいのだからな」
「私がどれだけ疎まれようとも構いません。ですが、それで父上に毒を盛ったと言うのであれば許す訳には行きません。そんな方に国を任せることなど出来る筈もないのですから」
テルヤが決意を込めて呟くと、クロヴィス王子が痛みに堪えるように顔を歪めた。
私に表情の変化を見られたのを察したのか、私を睨み付けてから視線を逸らす。
「……そうだな。今のオーギュスト兄上を王座につける訳にはいかないのは同意する」
「今の?」
「昔はあんな人ではなかったんだよ。ある日、突然人が変わったように冷酷になってしまった……だから、俺はあの人を止めるために次の王位を奪う必要があった」
苦しげに言うクロヴィス王子に私は思わず首を傾げてしまった。なんというか、違和感があるような気がする。
その違和感が疑問となって口から零れてしまった。
「昔のオーギュスト王子のことは知らないけど、冷酷って本当かな……?」
「……何を言っているんだ? 貴様は」
「だってオーギュスト王子が貴方を助けようとした時、凄く心配してたよ。だから冷酷に見えて弟のことを思っているお兄さんなんだな、って思ったんだけど」
クロヴィス王子は怪訝そうな顔を私に向けてくる。けれど、そこには困惑の色が混ざっているような気もした。
「オーギュスト兄上が俺を? 馬鹿な、信じられん……」
「でも、クロヴィス王子もオーギュスト王子が昔とは違うって思うんだよね? 昔はどんな人だったの?」
「……尊敬に値する人だった。兄であり、将来の王となる人であり、臣下となれることを誇れるような方だった。少なくとも――政治的に邪魔になったからといってテルヤを殺そうとすることに同意するような人ではなかった」
「……え?」
今度はテルヤが呆けてしまう番だった。テルヤはずっとお兄さんたちから疎まれていると思っていた筈で、なのにクロヴィス王子の言うオーギュスト王子の人物評とは一致しない。
「むしろ数年前まではオーギュスト兄上はお前の行く先まで気にかけていたんだ。父上はテルヤを溺愛し、過保護に過ぎた。確かにお前の立場は不安定で、下手に外に出せば政争に巻き込まれることは目に見えていた。父上はお前を離宮に閉じこめることで人としては守ったが、王女としてお前は何の力を持たない存在に落とした」
「……それは」
「父上は人として最も愛したテルヤの母を亡くしていたから、それも致し方ないことだったのかもしれない。だが王としては適切な対応ではなかったと断言出来る。オーギュスト兄上はそれを憂いていた。父上とていつか退位する。その時が来るまでテルヤを閉じこめるのか? いざ退位した時に自由にするのか? 父上はその辺り、思考を放棄していたようだったがな……」
ふん、とクロヴィス王子は鼻を鳴らす。王族ともなれば家族と言えどもこんな複雑な関係になってしまうのは仕方ないのかな。
国王陛下は最も愛した妻の忘れ形見であるテルヤを手放すことも、外に出すことも出来なかった。
国王陛下の愛情はテルヤの命を守っても、テルヤの未来を育てることは出来ない。そういう話なんだろう。
「オーギュスト兄上は誰が誰の子であろうとも兄弟は兄弟だと言ってくれた。だから俺は、あの人が王にならば忠誠を誓おうと思っていた。……だが、突然兄上は人が変わってしまった。王城も空気が変わり、不穏な気配が漂い始めた。黒幕はオーギュスト兄上だと言ったが、オーギュスト兄上が変心した理由は何かある筈だ。俺はそれを突き止めなければならない。テルヤ、例えお前を見捨てたとしてもだ」
「……国を率いる王族として当然の判断かと思います」
「……それだけ賢しい口が叩けるなら、父上も籠の鳥にするべきではなかったんだ」
……ただテルヤを嫌っていた訳じゃなかったんだ。クロヴィス王子にも抱えるものがあって、それを守るために必死だった。
だからといって納得して許せるかと言われると、そう簡単な話ではないんだけど。
「ねぇ、クロヴィス王子」
「……何だ?」
「オーギュスト王子は元々優しい王子で、テルヤが邪魔だからって殺そうとするような人ではなかったんだよね? でも、オーギュスト王子は突然、心変わりをしてテルヤを殺そうとするような指示を出したんだよね?」
「そうだと言っている。何が言いたいんだ、貴様は?」
「じゃあ、誰がオーギュスト王子を心変わりさせたの? なんというか勘だけど、普通の目的のためじゃない気がするんだよね」
「……どういう意味だ?」
私に対して何が言いたいんだ、と言わんばかりに眉を顰めてクロヴィス王子が問いかける。それに私は肩を竦めてみせた。
王都に来て、実際に王子たちと対面してから違和感みたいなものが纏わり付いていた。それが何なのかはっきり掴めないけど口にする。
「だって何がしたいのかよくわかんないじゃん。狙いがわからないからクロヴィス王子だって解決に向けて動けなかったんじゃないの? 王位を取ってオーギュスト王子の即位を防ごうって動いてたんだから、そうだと思ったんだけど」
「……確かに俺とて完全にオーギュスト兄上の狙いが掴めている訳ではない。だから即位を防ごうとしたというのは癪だが間違ってはいない。しかし、テルヤが余程目障りなんじゃないのか? 殺すのに失敗し、お前という強力な護衛がいたから暗殺に切り替えた、とか」
「その暗殺に使ったのが毒も何も入ってない晶魔の肉だと思う? 私が気になってるのはなんで晶魔の肉だったのか、なんだよ。それもクリスタル級の晶魔の肉だよ?」
「それは……確かに不可解ではあるが。だが、晶魔の肉を食えば魔法の力が減退するとも言われている。それでテルヤの力を弱めようとしたのではないか?」
「テルヤが狙いならテルヤにだけ食べさせれば良い。でも、王城の雰囲気がおかしかったのはずっと前からで、もしその時に既に晶魔の肉を食事に混ぜていたとしたら? 本当に今回が最初の混入だったの? もしずっと前からだったなら、その狙いは? そもそもクリスタル級の晶魔の肉を食べられる鮮度で、どこから仕入れてきたの?」
私の重ねた問いかけにクロヴィス王子は何も言わずに怒ったような顔で黙りこくってしまった。
テルヤが邪魔なら毒殺に切り替えれば良い。でも、毒ではなくて晶魔の肉だったのは何故だったのか? クロヴィス王子の言う通り、迷信を信じてテルヤの力を弱めようとしたから?
でも、それ以前から国王陛下の食事に毒が盛られたという話もあるし、クロヴィス王子も警戒してしまっている。この状況で得をするのは誰なの?
「目的が見えないし、手段も意味不明だと思わない? クリスタル級の晶魔の肉が食事に混入させられているなんてどう考えてもおかしいよ。クリスタル級の晶魔を倒せるって知られれば英雄間違いなしなのに、そんな話があった訳でもない。これでどうやって得をするの? まるで、ただクリスタル級の晶魔の肉の存在を隠して皆に食べさせたいみたいじゃない」
「……迷信が真実だった場合、それは国力を弱める結果になりかねないですよね」
「テルヤだけが狙われたならまだわかる。国王陛下もテルヤを始末するのに邪魔だったから毒を盛ったのもまだわかる。対抗馬になるクロヴィス王子を牽制しようとしたのかもしれない。でも、全体的には損してない? だってバレたら不味いでしょ、これ」
「……秘匿してまで晶魔の肉を食べさせようとする理由があるということか?」
「それが迷信を信じて弱体化を狙った行動なら、これって国に背信があると取られてもおかしくない行為だよね?」
「確かに……そうとは言えるが……」
「だったらこれからもう突き上げに行こうよ」
「え?」
「は?」
私の提案に呆気取られたようにテルヤとクロヴィス王子が声を揃えた。
「こっちだって毒を盛ったのを疑われてるのよ。だったら、あっちだって清廉潔白と言えないじゃない。だったら疑惑を突きつけて、オーギュスト王子の出方を見たらいいんじゃない?」
「馬鹿か貴様は! それで素直に白状する奴がいるか!」
「だったらぶん殴って吐かせればいいでしょ」
「な、何……?」
「どの道、今のオーギュスト王子は王にしちゃダメなんでしょ? だったら悠長なことしてられないでしょう。一回捕まえて情報を吐かせる。それなら心変わりした理由もわかるでしょ」
「それは脅迫と言わないか!?」
「当たり前じゃない。こっちだって脅迫されてるのに、私たちがしちゃダメな理由あるの?」
信じられない、と言うように表情を歪ませるクロヴィス王子を睨みながら私はそう言い切った。
「それに真っ当に訴えてもダメ、なのに陰謀も仕掛けられ放題。じゃあどうするの?」
「それは証拠を集めて……」
「それじゃ遅いって言ってるのよ。テルヤは命を狙われてるのよ?」
「だが、力に任せて暴いた所でそれはまた新たな暴力を呼ぶ!」
「このまま黙ってても国が荒れるだけじゃないの?」
「ぐっ……!」
私の反論にクロヴィス王子は忌々しそうに歯噛みをして、葛藤するように拳を握り締めた。
「得体の知れない相手を好きにさせたままにした方が不味いでしょ? だったら仕掛けるなら私が気付いたこの瞬間じゃない? クリスタル級の晶魔の肉に気付けるなんて、仕掛けた側も思わないんじゃない?」
「……可能性はあるが、しかし」
「別にクロヴィス王子が何もしないって言うなら、私とテルヤで乗り込むわよ。クロヴィス王子の疑いは晴れたもの」
「くっ……! おのれ、この野蛮人めがっ! テルヤ! 本当に厄介な人物を連れ込んでくれたな! 貴様等を放置すれば事態がどんな方向に転がるかわからん! これでは動かないという選択肢がないではないか!」
苛立たしげに髪を掻き混ぜるクロヴィス王子に向けて、私は唇の端を釣り上げるように笑みを浮かべてしまう。
簡単な話だ。私たちに解決のための力が足りないなら、解決出来る人を巻き込んでしまえばいい。
クロヴィス王子が白だと判断して時点でこの展開に持ち込めれば良いと思っていた。うまく話が進んだことを確信して、私はテルヤに視線を向ける。
私の視線に気付いたテルヤは申し訳なさそうに眉を寄せて、肩を竦めるのだった。
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