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18/28

18:不屈の意志を灯して

「……そうか。では、仕方あるまいな」


 オーギュスト王子が少しだけ目を細めながら言った。視線はテルヤへと向けられていて、その瞳はどこか柔らかいような印象を受けた。

 この人の不気味さは、この揺れ動かない感情と僅かに見える感情の差異のせいなんだろうなと思う。


「テルヤ、これだけの友を得られたことを誇りに思うべきだ。その信頼を裏切らぬよう、精進するが良い」

「……オーギュスト兄上」

「私たちに従わぬという者を手厚く臣民として迎え入れることは出来ない。お前の下に付くというのであれば、お前がその責任を果たせ。それがアークライト王家の王女としてお前の使命だ」

「オーギュスト兄上、よろしいのですか?」


 グサヴィエ王子が笑みを浮かべながらも、どこか不穏な気配をちらつかせながら問いかける。するとオーギュスト王子の目から再び感情の色が消えた。


「良くはない。テルヤにはまだ謀反の疑いがかけられているからな」

「謀反……ですか?」

「心当たりがないように言う。父上が床に伏せられたのは――毒を盛られたからだ」

「え……?」


 テルヤは初めて聞いたと言わんばかりに目を見開かせた。唇が震え、僅かによろめくように足下が覚束なくなる。

 咄嗟にテルヤを支えるけれど、テルヤの顔からは少しずつ血の気が失せてしまっている。


「毒……? 父上に、毒が……? 病ではなかったのですか!?」

「その毒を盛ったと疑いがあるのはテルヤ、お前だ」

「私はそのような事はしておりません! 出来る筈もありません! 私はほぼ隔離されていたのですよ!? 父上が訪ねることはあっても、そこで毒を盛るなどと、私に出来る筈もありません! どのように毒物を入手しろと言うのですか!?」

「人の手を借りればお前自身の手を汚さずとも済む。……或いは、お前を利用しようとしている者がいる」


 後半はテルヤの耳元に顔を近づけ、囁くようにオーギュスト王子は言った。そして、その視線はそのまま私へと向けられる。


「……疑いを晴らしたければ油断するな。決して、誰も信用してはいけない」

「……オーギュスト兄上?」


 戸惑うようにテルヤがオーギュスト王子の名前を呼ぶけれど、すぐに身を離してしまう。

 入れ替わるようにして口を開いたのはグサヴィエ王子だ。


「まぁ、所詮は疑惑の話だからね。その様子を見れば白に近いんじゃないかと思う。でも君を利用しようとしている貴族がいてもおかしくないだろう? 何せ、君は王家が待望していた光の魔法の使い手なんだからね」

「……私は決して、この国に仇を為そうなどとは思っておりません」

「僕も信じたいよ。だからテルヤ、今までのことは水に流せとは言わないけど仲良くやっていこうじゃないか。ネズミを炙り出すためにも、ね」


 そう言ってグサヴィエ王子はテルヤへと手を差し伸べた。テルヤは戸惑いながらもグサヴィエ王子の手を取り、握手をする。

 なんというか、まだ話が済んだ訳じゃなさそうだね。そんな予感を感じながら私は溜息を吐いた。



   * * *



 謁見の後、私たちは王城の敷地内にあった離宮へと移動する。ここにはリエルさんや護衛の人たちが待っていた。


「この離宮は私が産まれ育った場所です。私が不在でも、そのまま残されていたみたいですね……」

「つまり、ここがテルヤの家みたいなもの?」

「えぇ。そして、少し前まで私の世界の全てでした」


 テルヤの育った離宮は王城を見た後だと、どこか素朴な印象を受けた。豪華と言えば豪華ではあるんだけれど、威容だとは感じない。

 離宮の中庭もどこか柔らかくて、心が落ち着くような雰囲気に満ち溢れている。ただ花の数などは減っていて、少しだけ物寂しい感じがしなくもない。


「最低限の手入れだけしかしてないみたいですね。私がいなくなれば当然の話かもしれませんが……」

「そういうものなの?」

「この離宮は元々、父上が母上のために立てた離宮なのです。平民だった母が少しでも心落ち着くように、と」

「……だから落ち着いた雰囲気なんだね。お母さん思いだったんだね、国王様は」

「それは私の母に対してだけです。正妃様や側妃様とはまた違った距離感だったと思います。私も聞いた話でしかありませんが……」


 テルヤと二人で中庭を歩きながら言葉を交わす。

 こうして二人でいるのは謁見の間で報された疑惑のせいだ。あれからテルヤはどこか無理をしているような雰囲気を出していた。

 それならさっさと休ませた方が良いとも思ったんだけど、私と話したいことがあるからと中庭に誘われたからだ。


「名ばかりの王女なんですよ、私は。この離宮という鳥籠で飼われていた小鳥のようなものです。だから王城や、他の兄弟の事情なんて聞いた話でしか知らなかったんです」

「……離宮が世界の全てって言ってたけど、もしかして」

「はい。イスタと出会った領地に出るまで、私はこの離宮から出たことがありませんでした」

「テルヤって今、幾つだっけ?」

「十七になりました」

「ふーん。私より三つも年上だったんだ」

「……という事は、イスタは十四歳なのですか?」

「……多分?」

「多分?」

「親に捨てられてから誕生日なんて祝ったこともないから、なんかつい忘れちゃうんだよね。新年が来てたら年を重ねたんだな、って思ってたけど」


 誕生日も正確な日付を思い出すことが出来ない。あぁ、でも私が親から捨てられた日から逆算すればわかるかな。

 今まではそんな事をしたって何も良いことがなかったから誕生日を思い出そうなんてしたことがなかったけど。


「うん、もしかしたら十五歳になってるかも」

「それでも年下ですね。とても年下とは思えませんが……」


 そういうものなのかな、よくわからないけど。相手の年齢なのか大雑把にしか気にしたことがなかったし。


「十七年、テルヤはここでしか過ごした事がなかったんだ」

「えぇ。母も亡くなってからはバーラシュたちが一緒にいてくれましたから寂しくはありませんでした。外の知識だって教えて貰えましたし、不自由ではありましたが幸せだったと思いますよ」


 そう言ってからテルヤは寂しさと苦しさを混ぜ合わせたような表情を浮かべた。


「バーラシュたちは惜しみなく私に知識を与えてくれました。王族としての心構えや民の常識、貴族たちの勢力図……だから自分が疎まれるだけの理由があることも、父上が倒れれば今までのように生活は出来ないこともわかっていました。いつか、この優しい場所を捨てていかなければならないと」


 足下の花壇を見つめながらテルヤは言う。その姿は視線だけでも慈しみに溢れているように見える。

 なのに、何故だかその姿を見ていると切なくなってしまう。それは彼女の思いを感じ取ることが出来るからだろうか。


「覚悟はしていたんです。どんな辛い目にあっても、ここまで育ててくれた人のために誇り高くあろうって。それしか自分には出来ないって」

「うん」

「……〝それしか出来ない〟自分が、今、どうしようもなく嫌いになりそうです」


 自嘲するようにテルヤは言った。眉は寄せられ、苦虫を噛み潰したような表情へと変わってしまっている。


「……兄上たちにとって父上がどういった存在なのかはわかりません。臣下から見ても良き王だったのかどうかも。だって、私はここに来てくれた優しい父上の事しか知らない。私のためにバーラシュを始めとした良き臣下を選んでくれた。鳥籠のようであっても、この離宮で私の命を守ってくれたのは父上だった」

「テルヤ……」

「……私が父上を殺そうとしていたなんて、どうしてそんな事を言われないといけないんですか? 私に何の力もなくて利用されてしまうから? 私が弱かったから?」


 ――悔しい、と。

 それだけ小さくテルヤは零した。拳を握り、小刻みに身体を震わせている。

 そんなテルヤの腕に私は自分の手を絡ませて、そのまま肩に頭を預ける。


「テルヤは弱くなんかないよ」

「……イスタ」

「言ったでしょ? 私の力はテルヤに預けてるって。仮にテルヤが弱くたって関係ない。私が解決すればそれでいいでしょ?」


 だから、どうか。私がテルヤに願うことは一つだけ。


「そのままの貴方でいてよ。当たり前に家族を大事に出来て、私みたいな子でも見捨てないだろう貴方に。真っ直ぐなテルヤが私は好きだから。だから、テルヤの望みを言って? 私はその望みを叶えるために力を尽くすよ」

「……私を卑怯だと思わないんですか?」

「卑怯だと思うならもっとハッキリ言って? そしたら私も貴方にして欲しいことを望める。それがお互い様ってことでしょ?」


 腕を組んで、指を絡める。少し寄りかかるように体重を預けながら私は言う。

 テルヤは暫し固まっていたけれど、絡めた指に力を込めてから言った。


「……父上に毒を盛られたのが本当なのか、そして盛ったのは誰なのか突き止めたい。私を利用しようとしたことを後悔させてやりたい。その為に力を貸してくれますか? イスタ」

「良いよ。その代わり、後でいっぱい報酬を貰おうかな」

「イスタは欲しいものはありますか?」

「もう言ったよ。私が力を貸してあげたいと思う貴方でいて欲しい」


 だから一人で抱え込まないで欲しい。テルヤは一人で生きていかなくてもいい世界で生きてきたんだから。

 そんな思いを込めて私はテルヤに願う。私の言葉を聞いたテルヤは無言になり、少しだけ私に寄りかかるように体重を預けてくれた。

 その重みを感じて、私は自然と笑みを浮かべていた。そして同時に誓う。――テルヤを利用して何かを企んでいる奴がいるなら絶対に潰す、と。

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