15:三人の王子
王都に向かうと決まったら行動は早かった。まずはテルヤが不在の間に領地の管理をするためにバーラシュさんが残り、哨戒隊の中から精鋭を引き抜いて護衛として同行して貰うことに。
そして私とリエルさんが付き人としてテルヤに同行する。リエルさんにはテルヤの身の回りの世話をしてもらう他に、万が一が起きた場合、即座に領地に引き返してバーラシュさんに報告する役割を担ってもらうことになる。
リエルさんは戦闘が出来る訳ではないけれど、石屑持ちとして力を適切に扱えるように訓練はしていた。なので逃げに徹すれば簡単には捕まらない。
速度も全力で走れば馬と同じ速度では移動出来るし、森など障害物の多い所に逃げ込めばもっと逃げられる確率が上がる。
(私がいる限り、万が一なんて起こさせるつもりなんてないけど……)
それでも備えておくことは必要だ。私も気を引き締めて今回の王都からの召集を乗り切らなければならない。
準備を整えて出発した私たちだけど、領地から王都に辿り着くまでにはなかなか時間がかかる。一週間程度の旅程の間、特に問題らしい問題は起きることなく王都へと辿りついた。
初めて見る王都はとても美しく、活気に満ち溢れている。人々には笑顔があり、市場では様々な商品を売り出している商人や、買い物に訪れている人たちの姿が見える。
そんな人たちがテルヤの乗っている馬車や、その護衛を務めている人たちを見ると何とも言えない表情で道を空けて、避けていく。ちょっと異様な光景に私は眉を寄せてしまう。
「何あれ、感じ悪いな……」
「仕方ありません、王都は晶魔の侵攻を受けていないですからね。だからこそ王都は活気に満ち溢れているのです。その繁栄を守っているのが辺境や侵蝕を受けた領地の方々の働きによるものですが、晶魔に汚染された土地に住まう人間は煙たがられることが多いのです。私は元々立場も弱かったですし、今は晶魔に汚染された土地の開拓者として知られているでしょうから、この反応も当然でしょう」
「……やっぱり感じ悪いな」
「兄たちも積極的に私の悪い噂を流しているでしょうからね。……ここからは最早、敵地と思っても過言ではありません」
「結局、王族だろうと貴族だろうと人間ってことだね。血の繋がりがあっても、自分にとって厄介だったら平気で捨てられる。生まれや血が特別だからって何も変わらない」
私が吐き捨てるように言うと、テルヤが少し目を見開いて、リエルさんが私に視線を向けて来た。
「……そうかもしれませんね。身分は自身を飾るものではありますが、それを纏うのは人である私たちです。どれだけ身分が立派でも、人として恥じる所があるならば身分という飾りに見劣りしてしまうのでしょう」
「私は身分が高いからって無条件に頭を下げるつもりないしね。正直、この国は私が頭を下げるに値しない国だとしか思えないな」
「……貴方は強いですね、イスタさん」
呟くようにリエルさんがそう言った。リエルさんの目には私への羨望のようなものが見えるような気がする。その視線が落ち着かなくて、つい私は言ってしまった。
「私は強いのかもしれないけど……リエルさんは王都の人たちと私、どっちが幸せそうに見える?」
「え? 何故そのような質問を?」
「強くないと幸せなんて感じられなかった私と、強くなくても幸せでいられる人。普通は強くなくても幸せでいたいものでしょう。人なんて」
私が正しいのか、王都の人たちが正しいのか。これはそんな善悪で語られる話じゃない。
ただ間違いなく、はっきりと言えることがあるのだとしたら。
「この国は、やっぱり私の居場所にはなってくれないんだなって思ったよ」
誰も背負いたがらない。だって、ただ幸せでいたいから。そんな幸せに浸った人たちだから簡単に歪なものは捨てられる。
神の恩恵と王家の威光によって守られた国の幸せは、決して私を幸せにしてくれることはない。
だから私はこの国が気に入らない。この国がどうなると知った事じゃない。この国の民に恨まれた所で痛くも痒くもない。個人的な怨恨でしかないけど、こればかりは譲れるものじゃない。
――だって捨てたのは、貴方たちが先なのだから。
仄暗い思いが胸の奥で蠢く。それを宥めるように深く息を吐き出した。
あぁ、こんな感情どうでもいいと鎮めたままでいれたら良かったのに。人との関わりが増えるとどうしても煩わしいことが増えてしまう。
そんな私の僅かな変化を察したのか、テルヤが息を吐きながら言った。
「……変わらなければいけないのでしょうね。啀み合ったままでは、人は傷つけ合うばかりですから」
「……人の全てがわかり合うなんて、出来ないよ」
「そうだとしても、諦めてしまったらそこで終わりですから」
「だからテルヤが背負うの?」
「えぇ。私がそうしたいと望んでいるのです」
そう言って微笑むテルヤに私は笑みを浮かべ返す。国は私にとっての居場所になってくれなかったけれど、テルヤの傍になら私が望む居場所がある。私にはそれで十分だ。
「私は貴方たちの居場所を掴み取ってみせます。だから力を貸してくださいね、イスタ、リエル」
「勿論」
「はい、テルヤ様」
私は手をヒラヒラと振って、リエルさんは思い悩んだ表情からいつもの澄ました表情を取り戻して頷く。
ふと、視線を逸らす。馬車の窓から、これから私たちが対面する王子たちが待つ王城が見えていた。
* * *
王城に上がると、すぐさま謁見の間に来るようにテルヤは指示を出されていた。
旅支度から謁見に相応しい格好をする時間すらも僅かしかない。護衛の人たちも別の場所に案内されて引き離されてしまう。あまりにも露骨な態度に私は不機嫌を隠すのでいっぱいいっぱいだった。
しかし、そこはリエルさんが手早くテルヤを着替えさせてくれたので助かった。手伝いを申し出た王城の人もいたけれど、なんとなく信用がならなくて私がずっと見張っていた。
謁見のために相応しい格好へと着替えたテルヤは美しく、やっぱり王女様なのだと思い知らされるほどに美しさがあった。
着替え終わったテルヤが私へと視線を向ける。私は頷くことでテルヤと無言の意思疎通を交わす。
覚悟ならここに来ると決めた時点で出来ているから、何も不安に思うことなんてないよ、と伝えるように。
「リエル、それでは何かあれば」
「わかっております」
謁見に同行を許されたお付きは一人だけ。リエルはここで別れて引き離された護衛と合流する予定だ。
そして私はテルヤと一緒に王子様たちが待つ謁見の間へと案内された。
この国には三人の王子がいる。
長男、オーギュスト・アークライト。次期国王ともされる正妃の息子で、その性格は冷静沈着。口さがない者には冷酷・冷血と称されることもあるという。
次男、クロヴィス・アークライト。炎の魔法の使い手であり、その気性も烈火の如く荒々しい。野心が強く、オーギュストを押しのけて王位を狙っているのではないかと囁かれている。
三男、グサヴィエ・アークライト。心優しく穏やかと称されている王子で、殺伐としがちな王家の中でも大人しい。それ故に勢力としては強くなく、注目もされていない。
その三人の王子と、それぞれのお付きなのだろう人たちがずらりと並んでいる。まるで入室してきたテルヤを囲うかのようだった。
国王と王妃の席には誰も座っていない。この国には二人の王妃、正妻である正妃様と側室である側妃様がいた筈だけど、この場には出席していないようだった。
この内、正妃様の息子がオーギュスト王子とグサヴィエ王子。側妃様の息子がクロヴィス王子である。クロヴィス王子が王位を狙っているというのも、この当たりの勢力図の現れだろう、というのは事前にテルヤから説明を受けていた。
確かにオーギュスト王子とグサヴィエ王子は金髪という共通点があり、顔立ちもどこか似ている。明確に違うのは瞳の色と、浮かべる表情だ。
一方でクロヴィス王子は燃えるような明るい赤髪で、この国では少し珍しい色だ。そういえば側妃様が異国から嫁ぎに来たとってテルヤが言っていたっけ。
「ふん、随分と遅れたな? 俺たちを待たせるとは自身の立場を理解しきれていないのではないか? テルヤ」
真っ先に口を開いたのはクロヴィス王子。どこからどう見てもテルヤを見下しているのが見て取れた。
だけどそれを誰も咎めるようなことをせず、同じような視線を向けている人が何人もいる。
けれどテルヤは気にした様子もなく、一歩前に出て一礼をした。
「参上に遅れたこと、真に心から申し訳なく思っております。しかし、これも領地の開拓という大任を果たした故の遅参だったことをご理解頂ければと思います」
「……ふん」
テルヤが一礼をしながら告げた挨拶に心から不服だと言わんばかりにクロヴィス王子が鼻を鳴らした。
「まぁまぁ、クロヴィス兄様。テルヤが遅れてしまったのは本人の言う通り、大任を果たしての事だったのですから大目に見てあげましょうよ。僕たちだって無茶な命令をしたとは思っていたでしょう?」
「……グサヴィエ」
「でも、それ程の功績がなければテルヤを王族として籍に置いておくことは難しかった。何せテルヤは父上に可愛がられていて、その生活のために多くの血税が注がれていたという悪評が流れていたのですから。でも、ここまでの功績を挙げればそのような噂も収束に向かうでしょう。心から嬉しく思っていますよ、テルヤ」
ニコニコと邪気がなさそうに笑いながらグサヴィエ王子がテルヤに向けて言った。テルヤはその言葉に何も返さず、ただ静かに一礼をする。
「テルヤ」
そして、ここまで一度も口を開かなかったオーギュスト王子が口を開いた。
テルヤを蔑むような目をしている人が多い中、感情の一つも揺らがない人形じみたオーギュスト王子は異質とさえ言えた。
「報告を聞こう。晶魔による汚染が著しかった領地をお前はどのように立て直したのだ?」
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追記:グサヴィエの年齢間違いをしていたので内容を微修正。




