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13:幸せに近づくための変化

 リエルさんと五人の子供たちを迎え入れて、テルヤさんの下での生活はまた少しずつ変わっていった。


「師匠ー。今日の分の素材を持ってきたよー」

「……お前たち、次の玩具が来たぞ」

『わーいっ!』

「わわっ、こらっ! 違う、私が玩具じゃないって!」


 私が晶魔の石を取り除かなければいけない木材を持ってくると、師匠の工房で遊んでいた子供たちが群がってくる。

 五人の子供たちの名前はドラノ、ファリド、ソール、レミ、ラーシャだ。


 ドラノは最近はやんちゃ坊主で、よくリーダー風を吹かせるようになった。哨戒隊の人たちとも仲が良くて、よく私にも稽古と称してチャンバラを仕掛けてくる。

 ファリドは人のことをよく観察している物静かな子だ。幼いながら暴走しがちのドラノをうまく誘導している。師匠の鍛冶に興味津々なのか、よく師匠の傍にいて怒られてる。

 ソールは男の子三人の中で一番体格が大きい子だ。けれど三人の中で一番気性が穏やかな感じがする。食べることが大好きで、よく食堂に入り浸っている。


 レミは最初は沈んだ顔ばかり見せていたけれど、環境に慣れると元々持っていたのだろう快活さを取り戻した。時にはドラノを口で叩き伏せる場面も見かける程だ。

 一方でラーシャは気弱な面があるのか、よくレミの後ろについて歩いている。だけど意見そのものはしっかり持っていて、こっちも驚かされることがある。

 この二人はテルヤさんと、テルヤさんのお付きの秘書のように働くようになったリエルさんに懐いているので、二人が仕事している所を見物に行っている。


 子供たちがそれぞれの自分らしさと元気を取り戻す中、今回やってきた石屑持ちの中では唯一の成人であるリエルさんは晶魔の石の撤去作業の他にテルヤさんが希望していた侍女として働いている。

 貴族の家で下働きとして働いていたとは聞いていたけど、その仕事ぶりはテルヤさんも感心するほどよく働いてくれている。ちょっと働き過ぎなんじゃないかと心配する所もあるけれど、本人が楽しそうなので何とも言えない。


 テルヤさんの領地に来た石屑持ちの彼等は、ここに来てから人生を謳歌しているようだった。

 その理由として、自分たちが果たせる仕事があることと、そしてテルヤさんの下に付いている皆の態度が変化してきたことが挙げられる。


 実はリエルさんと子供たちを迎え入れてから暫くして、私はアルダインさんを始めとした哨戒隊の皆に頭を下げられていた。

 その時は頭を下げられる理由に心当たりがなくて戸惑ってしまったんだけど、その理由は代表するようにアルダインさんが教えてくれた。


『俺たちは、石屑持ちたちを無能だと思っていた。そんな石屑持ちのイスタちゃんに助けられて、俺たちじゃ到底できないことを成し遂げていた。それに戸惑っていたし、嫉妬もしていたんだと思う。俺たちは人を守るためにこの仕事を選んだから。だから今まで虐げてきた分、何かしてやらないと、と思ってた。――でも、それは間違いだった』


 アルダインさんは懺悔するように言って、更に言葉を重ねていた。

 今まで石屑持ちなんて無能で、助けても何の価値もないと思っていた。だけど私や師匠と出会って同じ人なんだと思うようになった。

 だけど、私はともかく師匠はあの態度である。今更、石屑持ちとどんな態度で接すれば良いのかわからない。戸惑いとか、嫉妬とか、劣等感とか、とにかく複雑な気持ちでいっぱいだったと。


 歩み寄るためには自分たちが今まで虐げた分、丁重に接しなきゃいけないのではないか。だけど、自分たちが向けた厚意を袖にされ続ければ面白くないと思うのが人間だ。

 これは師匠が悪い。……私も応えられていたかと言うと、ちょっと自信はない。だって割とどうでも良いと思ってしまったから。


『結局、俺たちは石屑持ちに同情していた。だけど……別に君たちは同情して欲しかった訳じゃない。ただ素直に認めれば良かったんだ。だって、君たちには生きていける力がある。俺たちの同情は君たちを侮っているのも同然だった。命を助けられたのに君のことを尊敬しきれていなかった。兵士として悔しかったから、そんな気持ちがあったから』


 子供たちを慰める時の私を見てアルダインさんはその事実を痛感したと言った。だから哨戒隊の皆と話し合い、意識を変えていなければならないと思ったらしい。

 だからこそケジメとして頭を下げてきたのだけど、はっきり言って困ってしまった。


 私たちは侮られるのが当然だったし、それを覆せなんて難しいのもよく知っている。

 考え方を変えるなんて簡単にできない。テルヤさんの言葉に心を動かされる前の私だったらそれこそどうでも良いと思ってしまったかもしれない。


 でも、その変化はリエルさんや子供たちには良いものだったと思う。ドラノなんか将来は哨戒隊に入りたいんじゃないかという素振りを見せているし、哨戒隊の皆も石屑持ちだからと頭ごなしには否定しなくなった。

 むしろもっと大きくなれ、とからかったりしている場面を見かけると良かったと素直に思える。だけど、いざそれが自分に向けられるといまいち反応しきれないだけで。


(……結局、私と師匠はひねくれ者ってことなんだろうな)


 根本的に私と師匠は人嫌いなのだ。まだ私の方が当たりが強くないというだけで、私と師匠は似通った部分がいっぱいある。

 私よりも師匠の方が人嫌いが激しいから、あの人は今でも心を開こうとしないし、これからも開かないつもりかもしれない。

 それでも最近は哨戒隊の人からお礼を言われるようになって、不機嫌そうに一声だけでも返答する進歩を見せている。


(変わるために必要なのは切っ掛けと時間、か)


 ――なんというか、落ち着かないな。

 今までと違う生活は、心の動きに彩りがありすぎて目を回してしまいそうだ。


「――隙ありー!」

「おごっ」


 群がる子供たちを適当にあやしていると、ドラノが私の髪を掴んで後ろに引っ張った。

 鈍い音が響いて首が痛んだ。というか頭皮が痛い。やべ、と後ろからドラノが小さく呟いた声が聞こえた。

 私の手足に群がっていた他の子供たちも一斉に距離を取った。ふふ……良い反応をするね、君たち。


「――このクソガキ共ぉぉおーーッ!!」

「わーっ! イスタ姉ちゃんが怒ったー!」

「逃げろーっ!」

「外でやれ、やかましいぞ!」


 師匠に怒鳴られながら、私は意外と俊敏な逃げ足を持つ子供たちを大人げなく全力で追いかける。

 まぁ、私と同じ力を使ってるから逃げ足が早いのは当然なんだけど、こっちは年季が違うんだよ、年季が!


 ぴょんぴょんと逃げ回る子供たちを一人ずつ捕まえて、全力の拳骨を落としておく。

 ドラノにはオマケの二発目も叩き込んでおく。女の子の髪を引っ張るだなんて大罪を犯したんだから甘んじて受けなさい!



   * * * 



「また子供たちを追いかけてたそうですけど、皆元気が良いですね」

「ちょっとやんちゃが過ぎるけれどね」


 クスクスと笑ったテルヤさんに対して、私はちょっと呆れたように言葉を返す。

 テルヤさんには無茶な仕事を詰め込まないようにお茶の時間が決められている。その時間には決まって私も呼び出されることが多い。

 王女様とお茶会なんて普通の人だったら機会なんてないんだろうな、と思いつつも美味しいお茶菓子をぱくぱく食べる。


「ん、またお菓子が美味しくなってる」

「お菓子は子供たちが喜びますからね。だから最近、気合いが入ってるんだそうですよ。ねぇ、リエル?」

「はい。私も味見させて頂いております」

「リエルさんも立ってないので席につけばいいのに」

「ご容赦くださいませ」


 テルヤさんの後ろに控えるように立っているのはリエルさんだ。あまり感情を見せてくれない鉄仮面の人だけど、子供たちに向ける視線が優しかったりするのは気付いている。

 リエルさんがテルヤさんの補佐に入るようになってから、元々補佐であったバーラシュさんがもっと別の仕事を出来るようになったので忙しそうに飛び回っているようだった。

 なのでお茶会となると最近ではこの三人で顔を合わせることになるんだけど、リエルさんがこの調子なので主に話しているのは私とテルヤさんだけだ。


「……ずっと、こうしていれたらいいのに」


 不意に、テルヤさんがそんな言葉を零したのを聞いてしまった。

 私は口の中にあったお菓子を呑み込んでからテルヤさんに声をかける。


「……急にどうしたの?」

「いえ、なんとなくそう思ってしまって。今まで私は王女と言っても、王女らしいことは何もして来なかったですから」


 ここではないどこか遠くを見つめるように視線を向けながら、テルヤさんは呟く。


「でも、この領地に来て、領主として立つようになって、ようやく生きた心地がするのです。悩みは尽きないですし、何事も上手くいってる訳ではありません。ただ……その苦しさもやり甲斐に変えられる人生を、人は充実していると呼ぶのだと思いまして」

「……充実ねぇ。それは確かに私もそうだよ。温かくて美味しい食事があって、心地良いベッドがあって、蔑むような人なんていない。それはテルヤさんが切っ掛けを作ってくれたことだ。改めて感謝してるよ」

「……ありがとうございます、イスタさん」

「ずっと、このままがいいよね。……うん、私もこのままがいいな」


 改めて口にすると、私も同じ願いが胸の内にあったことを実感する。

 足下が落ち着かないような感覚はある。だけど、地に足がついていても冷たくて過酷なばかりな頃よりは今の方が良い。

 慣れていけば、この温かな今をしっかりと踏みしめることが出来る日が来るのかもしれない。それは、きっと悪くない未来の筈だと。


「だから安心してよ、テルヤさん」

「? イスタさん?」

「その時は、私が貴方との今を守るから。約束したでしょ? 貴方がその価値に値すると思えたらこの力を振るうって」


 きょとん、とテルヤさんが呆けたような表情を浮かべて瞬きをする。そんな彼女に向けて私は微笑みかけた。


「まだ確かにハッキリとは言えないけど、私、今は幸せだから。だからその切っ掛けになってくれたテルヤさんのためなら良いかなって思えるよ」

「……イスタさん」

「だから何かあって、心配になっても私に預けてくれていいよ。私もそれを望むから」


 私の言葉にテルヤさんは目を閉じる。ゆっくりと何かを噛み締めるように黙り込んだ後、華が咲き綻ぶように笑みを浮かべた。


「……嬉しいです。こんなにも幸せでいいんでしょうか?」

「誰が許されなくても、幸せになりたいと思うならなりたいよ」

「そうですね。……そう思っても良いんでしょうね」


 閉じていた目を開いてテルヤさんが私を真っ直ぐに見つめる。その瞳に私は吸い込まれるように視線が逸らせなくなった。

 そして、なんとなく互いに気恥ずかしくなったのか私たちは同時に笑い合ってしまう。


「……イスタさん、一つワガママを言ってみても良いでしょうか?」

「ワガママ?」

「さんと付けず、名前で呼んでくれませんか? 私、友達というものに憧れていたんです。私の立場では友達を作るのは容易ではなかったので」

「……友達、友達か」


 親に捨てられる前だったら、私にも友達がいた。でも、全てを失って友達との縁も切れてしまった。

 友だなんて、私にとっては縁遠いものだった。だけど、友であるをこの瞬間に求められている。


「……いいよ、テルヤ。それならテルヤも私を呼び捨てで良いよ」

「……私も?」

「もうお客さんじゃなくていいみたいだから」

「……それもそうですね」


 クスクスと、楽しそうにテルヤは笑った。そして本当に嬉しそうに、弾むような声で彼女は私を呼んだ。


「イスタ」

「なに、テルヤ」

「……呼んだだけですよ」


 名前で呼び合った。ただそれだけのことなのに腹の底からおかしくなってしまう。

 クスクスと笑い合う私とテルヤ。変化は少しずつ、一歩前に進むように。けれど確かに私たちは前に進んでいる。

 今日は、そんな実感を感じさせてくれる日だった。

 


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