12:哀れみはいらない
テルヤさんから石屑持ちの子たちがやってくるという話を聞いてから一週間ほど経過した。
その日、ようやく子供たちが到着したということで私は出迎えに顔を出していた。その方が良いと思ってたんだけど、一方で師匠は仕事があると言って来なかった。
「師匠め、来たらちゃんと面倒見てくれるんでしょうね……」
……いや、そこは多分大丈夫だ。師匠はやる気があるならちゃんと教えてくれる。問題はやる気がなかった場合、あの人は真面目に見捨てるし、何も教えてくれない。
逆にそう考えれば子供たちに真っ先に顔を合わせるよりは良いのかもしれない。環境が変わって戸惑うだろうし、親から捨てられたショックで塞ぎ込んでいてもおかしくない。まず子供たちに意欲を持ってもらわないと。
私の他に出迎えに顔を出していたのはテルヤさんとバーラシュさん、そしてアルダインさんが顔を出していた。
アルダインさんが顔を出していたのは、対応と物腰が柔らかいから子供相手でも不安を与えずに接せられることを見込まれたからだ。
普段は装備で身を固めているアルダインさんだけど、今日は私服姿だ。そうしていると人の良さそうな青年しか見えない。
「来ましたね」
テルヤさんが呟くと、馬車がゆっくりと屋敷の前まで近づいて来るのが見えた。
馬車が屋敷の前に止まり、御者が馬車の扉を開く。まず最初に出てきたのは二十代頃の女性だ。
髪の色は鮮やかな金髪、瞳はアメジストの色。見た目だけならとても落ち着いた品の良い人だけど、その顔に浮かべているのは緊張と諦観だ。
その女性の後ろから降りて来る五人の子供たち。男の子が三人、女の子が二人。
どの子供たちも目が死んでいた。精根尽き果てて、どこにも辿り着けなかったような迷子の顔をしていた。
ただ人の言うことに従うだけのお人形。そんな言葉を当て嵌めてしまう様子だった。
(――あぁ、そうか。だから師匠はあんな態度だったんだな)
この人たちには悪いけれど、石屑持ちだからって一緒にされるのは我慢がならない。
どうしようもなかったことはわかる。一歩間違えれば私だってこの子たちのように死んだような目をしていたんだろう。
この子たちは、師匠に示された道を踏みしめられなかった私だ。私の可能性だからこそ受け入れられない。
でなければこの子たちの絶望はあまりにも私に近すぎて、呑み込まれてしまいそうになるから。
「……お初にお目にかかります。リエル、と申します」
唯一、自分から挨拶をしてくれたのはリエルと名乗ったお姉さんだけだ。他の子供たちはただぼんやりと不安が渦巻いた瞳で見つめている。
「よく来てくれました。私、テルヤ・アークライトは貴方たちを歓迎します」
テルヤさんが一歩前に出て声をかけるも、リエルさんの緊張は解けた様子はない。子供たちも反応が薄い。
こうなるとテルヤさんも次の言葉に迷ってしまっているし、バーラシュさんとアルダインさんは痛ましそうに子供たちを見つめている。
――違うんだよなぁ。なんか、違う。
うまく言葉にならないけれど、このままじゃ良くないことはわかった。
だから私は踏み出す。いつの日か、師匠がそうしてくれたように。
「元気がないね、君たち! ほら、お姉さんが来てくれて嬉しいって言ってるよ! こういう時はね、ご機嫌よう! って言うのが挨拶なんだよ」
私は子供たちの前に歩み寄り、膝をついて目線を合わせながら言った。
突然近づいて来た私に子供たちは身を竦ませ、僅かな警戒を含ませて身を寄せ合う。
「じゃあ、私からも。ご機嫌よう、初めまして」
返事はない。けれど、私は満足そうに頷いてから子供たちに語りかける。
「大丈夫だよ。私も皆と同じ――石屑持ちだよ」
石屑持ち。その言葉に子供たちが私に視線を注ぐ。興味は引けたようだった。
「皆の顔を見ればわかるよ。凄く辛くて、悲しいことがあったんだよね。でもね、背中を曲げちゃだめだよ。顔を上げて、私を見て。言いたいことがあれば言っていいし、我慢しなくても良い」
私の言葉に子供たちが身体を強張らせる。視線を逸らそうとする子たちに私は根気よく語りかける。
「きっととても悲しいことを言われたよね。もう要らないとか、私も言われたよ。だから私は君たちに要らないなんて言わない。代わりに言うよ、ようこそって」
「……どうして?」
ようやく子供たちから引き出せた言葉は疑問だった。一人が問いかけると、皆同じような顔をして私の答えを待っている。
私は子供たちの横に立つように移動して、指し示すようにテルヤさんへと示す。突然私に示されたテルヤさんは困惑したように表情を揺らしたのが見えた。
「あのお姉ちゃんも言ってたでしょ、歓迎するって。君たちを必要としているんだ。価値がないって言われた君たちの本当の価値を知っているから。だからあのお姉ちゃんはね、温かいベッドを用意して、お腹いっぱいのご飯を食べさせてくれる。殴ったりもしないし、要らないなんて言ってもこない。ほら、私を見て」
私は子供たちの視線に入るように立ち上がって、私の姿を見せ付けるように腕を広げる。
「君たちも、私みたいになれる! いっぱいご飯を食べて良いし、いっぱい寝て良いし、皆が君たちを必要としてくれるよ! だから私の真似をしてごらん! まずは笑おう! いっぱい食べよう! 大きくなって、私たちは生きてるんだって、価値だってあるんだって笑おう! 私が保証する!」
そして私は腕を広げたまま膝をついて、子供たちに微笑みかけた。
「そしたらいっぱいワガママも言おう。私が貴方たちを捨てた人に代わって抱きしめてあげる。あそこのお姉さんだって抱き締めてくれるよ。――だから、おいで」
優しく、届いて欲しいと思いながら言葉を紡ぐ。子供たちは何も言わない。けれど、その目には少しずつ光が灯り始めていた。
夜の闇にひっそりと輝く星ぐらいの輝きしかない。だけど、それはもう無明の闇じゃない。
五人の子供たちの内の一人、女の子がおずおずと進み出て私に近づいて来る。私は焦らず、女の子が手が届く範囲まで来るのを堪える。
そして、手が届くという範囲まで進み出た女の子を包み込むように抱き締める。その身体は頼りないほどに小さかった。
「――何度だって言うよ。ようこそって、私は君たちを歓迎する」
背中を撫でるように優しく叩く。そうしていると私が抱き締めた女の子が小さく身体を震わせ始めた。
女の子が泣き声を上げ始めるのはすぐだった。女の子が泣くと、連鎖するようにもう一人の女の子も泣き始めた。
私が空いてる片手を広げるともう一人の女の子も飛び込むように抱きついてくる。
女の子たちを抱き締めていると、男の子たちが歯を食いしばって拳を握っていた。こっちは泣きたくても泣きたくないと言うように堪えてしまっている。
女の子たちを抱き締めながら私はテルヤさんへと視線を向けた。呆けたような様子だったテルヤさんの表情に力が戻り、彼女も私たちの傍に寄ってくる。
「約束します、私は貴方たちを見捨てたりしませんから。だから……どうぞ?」
男の子たちに向けて、テルヤさんは慣れない様子で私がそうしたように腕を広げてみせる。
動かなかった三人の内、一人が動けばあとは一気に動いた。三人の男の子たちはテルヤさんの腕の中に収まり、わんわんと声を上げて泣き始めた。
ふと、泣きじゃくる子供たちを抱き締めている私たちをリエルさんは呆けたように見ていることに気付いた。
そんなリエルさんの瞳から一筋の涙が流れて落ちていく。私は気付かなかった振りをして、ただ子供たちを落ち着かせることに意識を割くのだった。




