対ゴブリン戦・前
新生活で忙しかったんです……
最短距離で……進行を止める!
双方で開戦の合図が告げられた瞬間、私は地面を蹴って瞬時に飛び出し、敵ゴブリン目掛けて短刀を振り下ろした。
相手も迎撃準備は万端だと云わんばかりに蛮刀を構え、受け身の体制を取る。
しかし――私の渾身の攻撃は、ただ構えただけの相手の剣に弾かれてしまった。
金属同士がぶつかる甲高い音と火花が闇夜を照らす。その一瞬に、初めて相対するゴブリンの凶悪な、それでいて楽しそうな、そんな雰囲気の顔を視認できた。
「んな軽い武器で、この俺様に敵うと思うなよ!」
しかしゴブリンはなぜか攻撃の姿勢をとらない。それならばと追撃の斬撃を相手の剣に見舞うもやはり相手をわずかに押し込むことしかできない。傍から見たら刃物をぶつけているだけのさぞ滑稽な茶番が繰り広げられているようにしか見えないだろう。
何度目かの攻撃はいっそ清々しい程の金属音を響かせ、(せめぎ合いにすらなっているのか分からないが)打ち合わせた状態で睨み合う状態になった。
「お前、大層な刃物持っときながら、ロクに戦ったことないだろ」
ぼそりと呟いたその言葉に、思わず硬直してしまう。確かに旅の道中で獣とは何回か戦ったけど、私はそれ以上の存在と敵対したことはなかった。だからといってわざわざ煽りに乗る必要はない!
「そんな見た目でも、人間以上に口は回るのね……っ!」
せめてもの反撃として煽り攻撃の応酬を試みたが、やはり一瞬でも動きを止めてしまったことが仇となってしまった。
ゴブリンは刀身を押し返し、私は勢いのあまり後ろへ弾かれてしまう。
なんでさっきから相手を仰け反らせる事すら出来ないの……!?
相手は私より小さいのに……
そんな焦燥感を見透かしたように、ゴブリンは蛮刀を構えて言った。
「残念だが、人族の貧弱な腕力と、お前のそのちっぽけな刃物じゃ、俺に押し勝つことはできない」
押し勝つ……?つまり単に力勝負じゃ無理だと言いたいのか……
余裕そうな表情で、一度構えた剣を見せびらかすように振り回すゴブリン。
そしてゴブリンに言われて、ふと昔の記憶が思い起こされた。まだ平和な村だった頃の我が家での記憶。
◇
ある晴れた日の昼下がり、私は家の外で薪を並べる手伝いをしながら、冒険者だった頃の父の自慢話と雑学に耳を傾けていた。
『刃物ってのはな、ただ力任せに扱ってもダメなんだ。一番効果のある場所を的確に狙うことが大事なんだよ』
そう言うと父さんは、斧を使い太めの薪の真ん中をしっかりと狙って見事に真っ二つに割って見せた。
『薪だって真ん中に当たらないと綺麗に割れないし、今母さんが作っている昼飯だって包丁を使う技術があってこそだ。将来的に必ず使う場面はあるから、知識と経験ってのはやっぱり必要になってくるもんだ』
結局使わせてもらった石の斧は、重くてまともに振ることすらできなかった。『流石にまだ無理か』と笑う父さんに向かって、私は斧を使えなかった腹いせか『森で枝を拾えばいいじゃん』と文句を垂れた。
『確かに、代わりもなるから野宿の時は枯れ枝さえあれば火の燃料になるし。でも今の環境だと大きな木を一本使うだけで十分以上の薪が手に入るから、薪のために木を使ってると枝の方はあまり使わなくなってくるんだよなあ』
頭をかきながらさり気なく豆知識を披露した父さんは、作業場を片付けながらこう締めくくった。
『もし突然薪が消えたら、薪を探すか、代わりに枝を使うだろうな』
私の為なのか妙に限定的な枝の使い道を提案して、父さんは昼食を食べるため家に入っていった。
◇
――そうか、ただ闇雲に攻撃を刀身に当てるだけじゃだめなんだ。あいつはさっき私の剣が軽いうえに、腕力も自分と比べて劣っていると言っていたから、効果的な狙い方じゃないって事は一目瞭然だ。
じゃあ一本の木から斧ではなく短剣で薪を採るにはどうする?
短剣で木の幹を狙ってちゃそれこそ敵わない、短剣で蛮刀を狙っていた今の攻防のように。
「やれやれ、置いてきた奴の相手してたあのオッサンの方が、歯応えのある戦いができたかもなぁ……」
そう考えてはみたものの、そもそも幹なんか狙わずに枝を切り取ればわざわざ伐り倒す必要なく燃料にできるじゃないか……と遠回りな考え方をした自分に呆れてしまう。が、その遠回りが打開策となった。
相手の武器が木の幹で、それに敵わないと例えたのなら――枝を探せばいいじゃないか、薪を使えないようにして、枝だけにしてやればいいじゃないかと。
武器があればそれもある、有用性は劣っても攻撃の代わりになるもの――。
「いいのか?動きを止めててよ……。突っ立ってるまんまじゃ、お前を殺してお仲間さんも街の連中も皆殺しにしてやるぜ!」
だとしたら狙うのは相手の武器そのものではなく、その攻撃するのに邪魔な武器を持っている……手だ!
ゴブリンと同じタイミングで、私はもう一度短剣を構え、低い姿勢で踏み込んだ。
◇
「花梨ちゃん、大丈夫かな……」
近隣の住民が寝静まった真夜中、林檎はえもいわれぬ不安に襲われ眠れずにいた。
夕方に喫茶店の手伝いを終えた花梨は、どこか落ち着かない様子だったが結局「明日も早いからね」と、いつも通りに家の裏手に佇む樹(現在の彼女の寝床)へと帰っていった。
しかし今になって思うと、敵地の視察という危険な依頼を快諾するくらい恐れ知らずで元気な彼女が、果たしてそのまま寝て過ごすだろうか?
既に自警団は正門の警備を固めている。ということはやはり、『まだ見たことのない種族』がいつこの街を襲撃しに来てもおかしくない状況だということだろう。そうなると別れ際の台詞も意味深な物に思えてならない。
もしかしたら、彼女は襲撃に対抗し自警団の加勢に行くのではないだろうか。冒険者として、彼女自身の意思で。
そしてそれと同時に、彼女は別の不安も感じていた。このまま花梨がどこか遠くに行ってしまうような……そんな気が。
今の私には……ただ祈ることしかできないけど……
もしかしたら今も戦っているかもしれない、異邦の友達に向けて少女は祈った。もう一度会えるように、無事でいてほしいと願って。
首に掛けた首飾りの宝石が、月の光で一瞬だけ煌めいたような気がした。
お読みいただきありがとうございます
誤字脱字間違った表現等は随時修正していこうと思います|ω・)ノ




