第六十話 「ワンコール」
廊下に飛び出した俺達だが、追ってくるように、教室からゾンビのような生徒達が溢れてきた。
穏やかな朝日の差し込む廊下。その中に、現実離れしたとり付かれたような生徒達。そのアンバランスさが、恐怖を一層かき立てた。
「とにかく逃げるぞ!」
生徒達の溢れる反対側の廊下から逃げようとするが、既にそちら側からも生徒達があふれている。
「京平、あれ見て!」
真が指差す方向には、生徒達の守護霊だろう人影が見えた。だが、それも普通の様子ではない。悪性の何かが変異したような、もはや原形を留めていない。
「囲まれた、クソッ、どうする!?」
そうしている間にも、ゾンビのような集団はジリジリ迫ってくる。
「仕方ない、壁をぶち破るわよ!」
藍那がリリスに指示を飛ばす。
「待て、ここは三階だぞ!?」
俺の制止も聞かず、リリスは校舎の廊下に、人二人は優に抜けられる大穴を開けた。
「さぁ、飛ぶわよ! つかまって!」
藍那に腕を引かれ、俺の体は空中に飛び出した。その後、リリスが二人を抱きかかえるように抑え、ムチをロープのように扱い、校舎の壁をけりながら、外に逃げだす。
見上げれば、穴の周りで立ち往生するゾンビのような生徒の姿があった。
「校舎の外には出てこれないみたいだな」
俺達はとりあえず、体育館の横にある物置に姿を隠すことにした。学校の外の様子は至って普通で、それがまたこの事態の異常さをかき立てていた。
「とりあえず放っておくわけにも行かないわね。誰かが操っているなら、その術者を潰せばたぶん解けると思うけど」
藍那はマットの土埃を払って、その上に座った。
「でも、術者がいるとして、どうやって捜すんだ? 校舎に入れば、きっとゾンビたちに襲われるぞ。それに、ゾンビたちは元は生徒だから傷つけるわけにも行かない」
「分かってるわよ。だからどうしようか考えてるんじゃない」
藍那はイライラして頭をかき乱すが、良いアイデアは浮かんでこないようだ。
そもそも、犯人は何を考えて、こんな事したんだろう。まだ時間も早いから、普段は家にいるはずの生徒もいるはずだ。ならば、その生徒は、昨日の段階で既に操られて、今朝早くに家を出たことになろう。
そうする意味は何だ。何を企んでる?
俺の考えも迷宮入り仕掛けた時、携帯電話のヴァイブレーションがなった。
「誰だ……? こんな時に」
ディスプレイを見ると、桜井からだ。電話に出ると、小言で、まるで近くにいる誰かに気づかれないように囁いた。
『もしもし……?』
「桜井! 無事か? 今どこにいる?」
『今、講堂で衣装合わせしてたんだけど……急にみんなの様子がおかしくなって、それで、なんだかよくわからないけど、仮装したような格好の人が突然現れて、でも、守ってくれる人も……』
「落ち着け、今どんな状況だ?」
『講堂の奥にある物置に隠れてるの。なんだか騎士みたいな格好の人が守ってくれて。ねぇ、この人、どこかで見たことある気がするの』
「わかった、とにかく今から俺も行く。そこで待ってろ」
『えっ、でも危険だよ。校舎内は危険だから逃げて!』
桜井の警告を無視して、俺は電話を切った。
悪いな、やっぱり俺は桜井を見捨てて一人で逃げるわけにも行かない。
「行くの? 助けに」
藍那が俺に尋ねる。しかし、もう答えはわかっているはずだ。
「ああ、もちろん」
「でもどうするのよ。あのゾンビは元生徒だし、あの子がいる講堂は四階よ。上るのだって一苦労じゃない」
「おまけに、桜井をつれて逃げないとな。どうやらヴァリエの姿が見えちまってるみたいだし、急がないとまずい」
しかし、効果的な打開策が思いついているわけでもない。
となれば、もうとるべき行動はひとつしかない。
「正面から行く。それしかない」
「アンタ、どれぐらい危険かわかってる? 数でも差があるのに、こっちは思うように攻撃できないのよ!?」
「それでも、ここでじっとしてても意味が無い」
「せめて術者を探しましょう。術が解ければ問題ないわけだし」
「それはお前に任せてもいいか? 俺は桜井を助けに行く」
「でも一人じゃ危険よ。せめて二人で行動しないと……」
お互いに言いたいことはわかっていても、状況を理解していても、譲ることができなかった。ただ、こうしている間にも時間は経過する。
「それなら、私達も作戦に加えろ。それで問題あるまい」
体育館の物置のドアが開かれ、二人の大人が入ってきた。陰気な面をした数学教師、榎本と過去に敵対した藤崎だった。
「あんたら……」
「私達が術者を捜索するから、君達はその子を救出しなさい。國粋とセーレがいればこちらも大丈夫よ」
藤崎は、敵なのか味方なのかわからない笑みを浮かべ、俺達に行くように促した。
「わかった。感謝するよ。でも、どうして……?」
「ふん、これでも教師だからな。まだ子供にはわかる問題でもない。さあ行け。時間が無いぞ」
榎本に促され、俺達は再び校舎へ向かった。
玄関はロックが解除されているのか、鍵がかかっておらず、入るのには苦労しなかった。相変わらず、校舎内は静まり返り、くるべき時を待っているかのようだった。
「慎重に行くぞ。たぶん、あいつらは俺達に気づいていない」
足音を立てないように、廊下を慎重に歩く。階段までたどり着けば、そこから一気に四階まで上がることができる。気づかれなければ、戦う必要も無い。
「そう、上手くもいかないみたいね」
藍那が指差す向こうには、空中に浮遊する変異して変わり果てた姿に成り果てた誰かの守護霊がいた。彼はこちらに気づくと、警報のような叫び声を上げた。
「走るぞッ! 一気に桜井の元まで行く!」




