第五十九話 「ゴーストスクール」
本日の学校祭準備も終了した。練習は滞りなく進み、このまま行けば、本番の前日のリハーサル前までには完璧に出来そうだ。
完全下校時間になれば、あたりは既に夕暮れ、日も沈みかけ、もう夜が近い。
俺と藍那は校門をくぐろうとした時、急に後ろから声を掛けられた。
「あれ、金城君。今帰るの?」
「えっ? ああ……まあな」
桜井は俺の顔と藍那の顔を交互に見比べて、固まってしまった。
「どうしたの? 早く帰ろうよ」
藍那が急かすように俺の腕を引っ張った。俺はよろけながら藍那についていく。
「あ、あの……」
桜井が何か言いたげな表情をしていたが、俺は藍那に引かれ、立ち止まることが出来なかった。
「二人は付き合ってるんですか!?」
「ぶっ!?」
思わず噴出してしまった俺に向かって、桜井は尋ねる。
「べ、別にそういうわけじゃないわよ! ただ、ちょっと事情があるって言うか……」
藍那が取り乱したように、何事か呟いていたが、その隙を桜井は見逃さずに、畳み掛ける。
「じゃあ、私も一緒に帰っても良いですよね?」
「え、ああ、もちろん」
俺は了承しかけたが、藍那が腕を強く引っ張って耳元で囁いた。
「(悪夢が襲って来たらどうするの!?)」
「(その時は、一緒に守れば良いだろ? 一応ヴァリエもいるんだから安心だ)」
それを聞くと、藍那も渋々「わかったわよ……」と了承してくれた。
だが、俺はこの判断を後から後悔することになる。
「あの……二人とも、歩きにくいんだけど……」
帰り道、成り行きで藍那と桜井と一緒に帰ることになったが、藍那は掴んだ腕を放そうとしないし、それに負けじと桜井も俺の腕を掴んで、両側から引っ張られるように歩くことになった。
後ろで、真が鼻で笑ったような気がした。
「ハッキリしないあんたが悪いのよ」
藍那が言う事に、いまいちピンと来ないが、俺はこの体勢のまま歩き続けた。道行く人に笑われている気がするのは、気のせいだと思いたい……。
「ふう、なんか疲れちまった……」
家に帰り、部屋に戻ると、練習の疲れが出て、すぐに眠くなってしまった。夕食を食べ、風呂から上がると、そのままベッドに入り、眠りに落ちてしまった。
――-暗い、冷たい、ガランドウのような空間。一人、膝を抱えてこの灰色の壁の中に座り込んでいた。寒さは肌を刺す。痛みはしかし、感覚がもう麻痺してしまったのか、何も感じない。
何も感じない。
寂しさも、麻痺してなくなれば良いのに。
ふと、風を感じた。
壁の隙間から、外が見える。外は大嵐の真ん中のように、風が荒れ狂う音が響く。
その風の中に、悪夢を見た。
目が合う、その顔は……。
「――――ッハァ、ハァ。……なんなんだ、いったい……」
その日の夜も、俺は悪夢を見た。
ベッドの中でのた打ち回ったのか、シーツが乱れ、汗でシャツが張り付いて気持ちが悪い。
夜風をあびようと思って、窓を開け、ベランダに出た。
汗ばんだ身体に、秋の夜風は気持ちが良かった。だが、流石にもう寒くなる季節だ。夜にあまり外に出るのは、身体によくない。
「寒い、か……」
今でも、夢の内容をしっかり覚えている。夢の中で感じた、孤独と不安。そして痛み。とても幻だとは思えない。
「誰か……。誰かの感情が流れ込んできているのか……?」
俺の体に起こりつつある異変に、身体を震わせ、ベランダから部屋に戻った。
ベッドに入りなおし、目を閉じる。
もうすぐ、リハーサルだ。それまでにしっかり練習しておかないと。
***
「それで、平気なの?」
朝、学校に向かう通学路で、藍那は俺の顔を心配そうに眺める。
昨晩見た夢のことを、うっかり藍那に話してしまったのだ。真も心配なのか、俺の背中に引っ付いている。俺は大丈夫だからと手を振って、二人を安心させ、学校へ向かった。
校門をくぐったところで、違和感を感じる。何も変なところは無いのだが、何かが引っかかる。藍那もそう感じたのか、なにやら難しそうな顔だ。
「なぁ、なんか変じゃねぇか?」
校門もいつもどうり、若干さび付きながらも立派に開いている。校舎も、一晩で窓ガラスが全部割られているなんて事も無く、いつも通りだ。
「いない……」
「ん?」
「誰もいないじゃない、この時間は登校する学生が一番多い時間帯でしょ?」
言われて、見回してみる。確かに、俺と藍那を除く、登校する学生の姿が一人も見えない。いつもは特に気にしていなかったが、グラウンドの方にも朝練をする部活動も無い。
「教室にいってみよう、誰かいるかもしれない」
俺はこのとき、胸の奥で小さな不安が疼くのを感じた。
孤独。
俺の思い過ごしなら良い。実は今日は日曜日でした、なんてオチでも、むしろその方が良いと思う。とにかく、俺の不安を何とかして払拭してしまいたかった。
藍那とともに、校舎に飛び込み、階段を駆け上がる。廊下にも誰もいない。ゴーストスクールと化した校舎に、俺達の足音だけが響く。一番近くの教室のドアを押し開けた時、俺は失神して、その場に倒れこむかと思った。それぐらい驚いた。
目という目が、すべて教室に入ってきた俺を見ていた。
教室にある机の全部に、きっちりと生徒が座っている。だが、彼らの目はうつろで、表情は固まっている。首を傾けて、正面から俺を睨んでいた。
「あ、あの……お前ら、どうしたんだよ」
異常な光景に戸惑いながらも、声を絞り出す。
その時、真が鋭い声で「危ない!」と警告を放った。
途端、俺は顔面を何者かに殴られた。
よろけながら、殴ったものの顔を見た。
「先生っ、なんで!?」
他クラスの、名前がわからないが、先生が、俺を憎しげに睨みながら、こぶしを振り回す。俺は距離を取り、教室から逃げ出して、廊下に出た。
すると、他のクラスを見てきた藍那も、同じような状況に遭ったのか、逃げるように走ってきた。
「どうなってるの!? これ、まるで催眠術にかけられたみたいに……」
「……話は後だ、まずは逃げるぞ!」
「えっ?」と面食らう藍那の肩越しに、教室からゾンビのようにぞろぞろ出てくる生徒達が見えた。全員が正気を失い、人形のようにフラフラ歩いてくる。
俺達の学校は、一夜にして、何者かに操られていた。
ずいぶん更新できていませんでした。大変申し訳ありません。
今後の展開に色々不安を持っていましたが、とにかく頑張ります。
どうぞこれからもよろしくお願いします。




