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第五十八話 「銀のナイフ」

 暗い、寒い、寂しい。 

 そんな、場所だった。ガランドウの中、自分だけが、ビンの中に閉じ込められたかのような。とにかく息が詰まりそうで、絶望だけが塗り固められたような空間。

 ジメジメとして、身の周りには、無骨な岩肌のような壁がある。ところどころにひび割れがあり、外の様子が見える。だが、外は大嵐の真っ只中のようで風が吹き込んでくる。その風の音が、誰かの不満や不平を訴える怒号のようで、耳を塞ぐ。

 誰もいない。

 自分はこの空間の中で、独り、自らの身体を抱くように座っている。

 何を思うのかもわからない。

 ふと思えば、いつも誰かの顔を思い浮かべている気がする。

 自分が誰なのかも、わからない。

 ただ、一つの使命のみ。

 使命とは……なんだったのか。


 ただ、会いたい。

 寂しいのは、もう、

 イヤダ。








「ハァ、ハァ、ハァ、……夢? か、……」

 午前二時、完全に街が寝静まった頃、俺は汗だくになりながら起き上がった。

 いつも通りの自分の部屋、特に変わったことも無い。外も、……月が見えるほど良い天気だ。ふと、自分の足元を見れば、そこにうずくまって寝ている真を見つけた。

 守護霊でも睡眠する意味があるのか?

 なんだか、その寝顔を見てると、不思議と落ち着き、先ほどから感じる頭痛も忘れ、再びベッドへ戻った。



***



 支度を終え、学校へ行くため家を出た。本日も学校祭の準備が待ち構えているかと思うと、正直あまり気分が乗らなかった。その気分を反映してか、今日は曇り空だった。

「なんか今日は風が強いな……」

 家を出た途端、強風に吹かれた。季節がもう秋に入っているので、なかなか寒い。

「この風……ちょっと霊気を感じるかも」

 真が心配そうに呟いた。

「やっぱ例の悪魔とかの影響なのかな……」

 悪魔が日本に近づいている。と、言われてもやっぱり実感がわかないものだ。涼達のサークルが対策を練っているらしいが、悪夢の集合体のような奴に、どうやって戦うのだろうか。


 そんなふうに、サークルのことを考えていたからなのか、電柱に背を預けている藍那の姿を見つけた。

「よう、どうした? こんなところで」

「どうしてって……昨日言ったこと忘れたの!?」

 呆れたように言う藍那に、俺はようやく思い出した。

「あー、そういえばそんなこといってたな……それじゃあ行くか」

 なんだか、今更、女の子と二人で登校するのに、何か思うわけではない。なにしろ、それぞれ守護霊がついてるもんだから、感覚としては四人みたいなものだ。


(痛っ、……)

 急に、今朝夢に見た頭痛が再発した。皆に気づかれないように、なるべく平静を保ち、歩き続け用としたが、

「「大丈夫!?」」

 という真と藍那のシンクロに、あっさりと見抜かれてしまった。

「いや、なんでもねぇよ。さ、早く行こうぜ……」

 必要以上に心配をかけるわけにもいかない。ただでさえ、問題が山積みな時期に、ただの頭痛で騒ぐ必要も無い。

「ほんとに? 何かあったら必ず言う事。絶対だからね?」

 藍那に念を押すように強く言われた。なんだかんだで頼れる存在だ。



***



 学校に着けば、また違う問題で頭を悩ますことになる。

 学校祭の準備は着実に進み、舞台の小道具やら衣装やらを作る作業に入っていた。小道具、大道具は、工作好きや裏方専門の、おもに男子中心に行われ、衣装関係は、女子達のプライドをかけた戦いが行われそうだ。

 その間、舞台に上がる俺や桜井は、台詞の暗記や演技の練習に励むことになる。

「ねぇねぇ、最後のジュリエットが使う、ロミオの短剣はどうするの?」

 桜井が尋ねた短剣とは、最後のシーンで、ジュリエットが自ら命を絶つ時に、使うものだ。かなり重要な小道具だろう。

 小道具係に指揮を飛ばしていた大竹が考え込む。

「うーん、やっぱり手作りはちゃちになりそうで嫌なのよね……となると、どこかで買ってこなきゃいけないんだけど、やっぱり本物って訳にもいかないしね」

 刃の無い模造刀が一番だ。演技だからといって、本物を使うわけにも行かない。第一、本物の短剣なんて売ってるわけがない。 

 と、そこに、クラスメイトの男子生徒が、悩める大竹に助言した。

「俺、作り物の剣とか売ってる店知ってるぜ。なんなら買いに行こうか?」

 どうやら模型の武器とかに詳しい奴みたいで、その店にも良く行くという。

「そうねぇ、君はまだ作業の途中でしょ? だったら地図でも書いてくれたらこっちで行くから」

 密かに、口実をつけてサボろうとした男子生徒が、悔しそうに肩をすぼめて、地図を描いた。


「じゃ、ここは主役の二人に買いに行ってもらおうかな。領収書はちゃんともらってきてね」

 最初からそうするつもりだったのか……。

 主役は演技の練習をすべきだという俺の抗議も虚しく、桜井と買出しに行くことになった。


「な、なんかゴメンね?」

 学校を出ると、気まずそうに桜井が謝った。

「なんでお前が謝るんだよ、いいから買いに行こうぜ。どうせならとびきりかっこいい奴を買おう」

 どうせ、金は学校が払うんだから。と思ったが、確か学祭費は後から徴収されるんだっけ。とか考えて歩いていると、桜井が話しかけてきた。


「あのさ、やっぱりロミオ役って嫌?」

 多数決で主役に決まった時のことを思い出した。そういえば、桜井も多数決だっけ。

「いや、今はそうでもないな。初めは大変だったけど、慣れればそうでもないし」 

 もう、今更どうこう言っても仕方ない。台詞は大竹が考えたものから大きく改善したつもりだし。

「私もね、初めは嫌だったんだ。人前に立って演技するのは大変だし、恥ずかしいし。でも、今になってみれば、みんなすごく協力してくれるし、私も新しいことに挑戦してみるのも良いかなって」

「不安じゃないのか? やっぱり失敗はできないよな」

 実言うと、俺は当日のことがやっぱり不安だ。台詞を忘れちまいそうだ。

「うん、すごい不安。皆が支えてくれてるけど、逆にそれがプレッシャーにもなりそう。失敗したらみんなの努力が無駄になるんじゃないかなって。でもね、それ以上に心強いんだよ」

「ん? 何が?」

 尋ねる俺に、ちょっと恥ずかしそうに顔を背けながら

「京平君と一緒なら出来そうな気がするんだよ」

「お、おう……」

 なんだか恥ずかしくなり、俺達は足を速めた。


 件の店は、結構おしゃれな店構えだった。金属工芸品と銘打って、剣のほかにも、照明器具やインテリアなどもそろえた何でもありな店だった。店主のようなオヤジが、すごい厳ついのがすごくギャップがある。

「ねぇ、これなんて良くない?」

 桜井が指差すのは、銀に輝くナイフのような短剣だ。柄には刺繍のような細やかな細工が為されていて、とても綺麗だった。

「いいんじゃないか? ……値段は、まぁ」

 普通では絶対に買わない値段だが、学校祭だ。どうせ俺が払うわけじゃない。

 

 結局、銀のナイフを買って、店を出た。

 店主いわく、これは店主の手作りではなく、どこからか貰い受けた品らしい。


 学校に戻り、大竹に領収書を見せたら、半狂乱で大騒ぎになったが、それは余談だ。

ずいぶん間が空いてしまいました。

これからも頑張ります。

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