第五十六話 「死の灰」
悪夢の一体が俺を目掛けて突進してきた。速度もそこまで速くない、俺でも十分かわせそうだ。
隣にいる真を抱えて、真横に飛ぶ。悪夢はそのまま塀に直撃するが、すぐに他の悪夢が俺を囲む。
「邪魔すんな!」
俺の正面に立つ悪夢の顔面に、精一杯の力で拳を突き刺す。
ただの人間の一撃だが、確実に効いているようだ。悪夢は仰け反り、その隙に肩をぶつけて、包囲を脱出する。
「京平、後ろ!」
「なっ!?」
俺に抱えられていた真からは、後ろがよく見えていた。だから、咄嗟に叫んでくれたおかげで、後ろから大きな爪を振り上げる悪夢の攻撃に対応することが出来た。
だが、完璧に回避できたわけではない。
「くそっ、腕が……」
腕をかすった。おそらく、表面の皮膚がめくれただけだろうが、出血が多い。あまり楽観できそうに無い。
「また来るよ! 避けて!」
今度は別の悪夢が、両手を握り合わせハンマーのように振り下ろしてくる。
飛びのこうとしても、身体が追いつかない。
「ゴッ、!?」
側頭部を叩かれ、バランス感覚を失い、地面に倒れこむ。
真が衝撃で投げ出されるが、悪夢は目も向けない。
「真、無事か!?」
手を伸ばし、真を再び抱えようとしたが、その手を踏みつけられる。
耳元に吐息が聞こえる、良く見れば、悪夢の顔は真っ黒に塗りつぶされたように無個性で、どこか獣じみた野蛮は雰囲気がある。見回せば、俺を囲む悪夢全員がそのような顔立ちだ。
「ングッ、」
腹を踏みつけられ、息が詰まる。続けざまに、顔、足、脇腹も蹴られ、満身創痍だ。更に囲まれているため、動きを取れそうに無い。
(まずっ、……意識が……)
一瞬だけ、何度か意識が飛んだ。それぐらいに強烈に、横暴に悪夢の集団攻撃が続く。
せめて、真が無事でいれば、反撃の隙があるかもしれない。
「やめろ! これ以上、京平に手を出すなよ?」
真が、宙を舞い、俺を囲む悪夢を飛び越え、俺の上に、ふわりと着地した。
その途端、悪夢達の標的になったのか、本来の力を取り戻すことが出来た。
「京平、大丈夫? ……ごめんね、私が守らなきゃいけないのに」
「心配すんな、これぐらい、大丈夫だ、だから、思いっきりやれ」
真は、その一言を聞いた途端、力があふれるような面持ちで、その手に炎を灯す。それから、十八番である包丁の五月雨を放ち、周囲の悪夢を一掃した。
相手に立ち直る隙を与えず、素早く烙印を地面に施す、その直後、地面がせり上がり、悪夢を蹴散らす。
「ふう、こんなもんかな……!?」
真は手を抜く気も無く、本気で戦った。だが、悪夢達は、まるで回復しているかのように、みるみる傷が無くなり、再び襲い掛かってくる。
「……何度やっても結果は同じ!!」
再び、真が悪夢を撃退するが、悪夢達は何事も無かったかのように回復し、襲い掛かる手をやめない。
「キリが無い、なにか……トリックがあるはずだ」
辺りを見回すが、誰かが裏で糸を引いている痕跡が見えない。更に良く見れば、次々と路地から悪夢が増えている。
「真、逃げるぞ、ッ、」
痛みで声を漏らすが、立ち上がり退路を見る。幸い、俺の後ろの道からは悪夢が来ていないようだ。まず、俺が先に路地を走り、その後ろから真が悪夢を返り討ちにしながらついてくる。
しばらく走った後、俺は、何故こちらから悪夢が来ていなかったのかを思い知らされた。
「行き止まり……かよ、ックソ!」
そこは山の尾根を、コンクリートで壁にした行き止まりだった。上れる高さでもなければ、他に道もない。後ろからは、悪夢の軍勢が迫り来る。
「どうする……考えろ」
自分に言い聞かせるが、思いつかない。
そうしている間にも、真に目掛けて悪夢の攻撃が始まる。真と悪夢の実力差はかなりあるはず、しばらく持ちこたえられるだろう。
「京平、どうする? 烙印でトンネルでも作ろうか?」
真は言うが、この尾根、どこまで広がっているかわからない。不用意に穴を開ければ落盤する可能性もある。
真に、悪夢が飛び掛った。それを払いのけるように、手に灯る炎を振る。そこから、真の得意の包丁が発生するが、
「っく、どうして……」
発生したのは、たった一本の包丁だった。それは、悪夢の顔面に直撃したが、勢いを殺せず、悪夢の攻撃を正面から食らってしまう。
(まずい、真の霊力が落ちてる、)
守護霊とその主は、つながりという見えない絆で結ばれている。これを通じて、守護霊は主の持つ霊力をもらいうけ、戦闘で使用している。つながりが強ければ強いほど、流れる霊力も増すが、今は俺の体が傷つき、体力も落ちている。自然と俺の身体が、霊力の供給をセーブしているようだ。
「危ない、京平!」
正面の真に気をとられ、横から回り込んできたほかの悪夢に気づかなかった。咄嗟に真が俺をかばい、盾となったが、首筋に深々と噛み付かれてしまった。
「真! 離れろ、この野郎!」
真に噛み付く悪夢を蹴り飛ばし、真を抱きかかえるが、予想以上に霊力の流出が多い、おそらく、先ほどの戦闘も無理していたのだろう。
俺が不甲斐無いせいで、真が傷ついている。
「テメェら……これ以上真に手を出すなよ!? 俺が……俺がゆるさねぇからな」
自分に出来ることなど、真の前に立ちはだかり、悪夢と対峙するだけだ。
戦ったって勝てるはずが無い。ただ、これ以上、俺のせいで真を傷つけたくなかった。
「おら、かかって来いよ」
いっせいに悪夢が飛び掛ってくる。なんの策も無い。ただの捨て身の行動だ。おそらく、この後俺は悪夢に容易く食いちぎられ、死んでいくのだろう。そんな中、俺の耳には、不思議なくらいに鮮明な声が聞こえた。
「己を守る守護霊を、主がその身を挺して守ると言うのか。……面白い、面白いぞ人間よ」
悪夢が奇声を上げながら飛び掛ってくる。もうかわせない。死を覚悟した。途端、悪夢が急に宙で停止した。と思ったら、色が足元から失せていく。いや、脱色ではなく、灰になる、と言うのが正しいだろう。まるで、生をもぎ取られたかのように、悪夢達の軍団は、一瞬で灰と化した。ただ、黒い閃光が迸っただけで。
「なんだ……これ、」
どこかで見たような気がする。
すると、灰が舞い散る路地の向こうから、一人の男が歩いてくる。
徐々に近づく後、その姿が見えてきた。二十代前半ほどの若い男で、スーツを着込んだ、就職活動の真っ最中とでも言うような風貌だ。髪型も、最近の青年を意識しているのだろう。ところが、彼の纏うスーツが、場違いなほどに黒いダークスーツと言う点を除けば、だが。
「誰だ? お前が助けてくれたのか?」
「助ける……まぁ、貴方から見れば、そうかもしれませんね。ただ、僕にとってはそうでないかもしれない」
男の喋り方は、先ほど聞こえた声と少し違っているが、声はあまり遜色ない気がする。
「どういうことだ……?」
「それはともかく、早く傷の手当てをしたらどうですか? あまりいい状況ではありませんよ?」
言われてみれば、足元で真が横たわっている。急いで抱き上げると、真の姿が、いつもの子供状態に戻ってしまった。
「お前は何者だ、教えてくれ」
俺のしつこい質問に、根負けしたのか、男が溜息混じりに言った。
「僕は死神です。死をつかさどる神、死神です。どうぞ、よろしく」
そう、死神は微笑んだ。
ようやく登場しました、しにがみ君です。
実はかなり前から考えてた人なので、登場させれてうれしいです。




