第五十五話 「異常事態」
「とはいっても、こいつは最近生まれたものじゃない。もっと昔から存在していたんだ」
涼は資料をぱらぱらめくった。
「そうなのか?」
俺は素直に驚いた。こんなものがあったらもっと話題になっているはずだが。
「ただし、何も無い海上を漂っているだけだった。もともと悪魔は、地球上に走る霊脈からこぼれた霊力に群がった悪夢の塊みたいなもので、人間社会がある土地では、霊脈が走っていても、自然消滅してしまう。つまり、悪魔は本来、人のいる方には寄り付かないんだ」
誰もいない海上を、しかも一般人には見ることも出来ない塊は、それは確かに無害とはいえないが、あまり気にする必要は無いかもしれない。
「それで……どうするんだ? 近づいてきてるんだろ? 破壊とか出来るのか」
涼は首を振った。
「いや、悪魔そのものを破壊するより、軌道をそらす、かな。ともかく、現状では何も出来ないのも事実だ。警戒だけは怠らないでくれ」
そういって涼は話を切った。その後、「安心しろ。お前達を戦いに駆り出したりはしないさ」と締めくくった。
喫茶店を後にして、俺は夕暮れの街を歩く。
正直、ここ最近は問題が山積みだ。これも霊に関わってからすべて始まったことだ。俺が気づく前から、そこには存在していたが、気がつかなければ問題にもならないんだよな。
そう、何の気もなく、考えてる時だった。
「痛っ、!?」
急に頭痛があった。だが、瞬間的な痛みで、すぐに引いていった。
「大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくる真に、手を振って「大丈夫」と伝え、再び歩き出す。
***
翌日、学校へ行くと、朝一から大竹が俺のところに来た。
「それで考えてくれた? ロミオ役」
「いやだ。俺がやらなきゃいけない理由なんてないだろ?」
そう言い返すと、まるで反応を予測していたかのように、満足げな表情をして、「ふふ~ん どうかな」と言う。
「いやいや、実はね。他にロミオ役を立候補する人がいないもんだから、多数決で決めることになったのね」
「おいおい……聞いてねぇぞ?」
その大竹の手には、既に票数が書かれている。もう結果は決定していたのだ。
「多数決には逆らえません。頑張ってね、ロミオ君」
クラス単位の陰謀なのか、俺は演劇の主役をやらされるハメになった。そもそもクラスの中で、俺はあまり目立たない位置にいるはずだが、何故か最近、あまり仲の良くないクラスメイトにも頼られることがしばしばある。
秋元いわく、線が太くなったらしい。印象的にな。
余談だが、ジュリエットは桜井に多数決で決まったそうだ。
***
「じゃあ明日から練習始めるからね」
放課後、大竹から宣告を受け、俺は足早に教室を去った。
玄関で靴を履き替えていると、背後から名前を呼ばれるのを聞いた。この陰湿な声は、おそらく担任教師、榎本だろう。俺に何のようだろうか。
「貴様、気づいているかは知らんが、最近悪夢共の動きが活発化しているらしい」
「ああ、悪魔の副作用みたいなもんだろ?」
涼から聞いた話によれば、悪魔の霊力のおこぼれを頂戴して、パワーアップしているらしい。どうやら最近の悪夢が強力になっているのはそのせいだとか。
「今日も学校の周りを何体か飛び回っていたが……まあ退治した。いいか、これは忠告だ。余計なことに首を突っ込むな」
「何でアンタにそんなこと言われなきゃいけねぇんだよ」
そもそも、一度、榎本たちに巻き込まれたこともあるし。
「いいや……ただ、。まあいいだろう」
榎本は背を向けて立去った。去り際に「覚えておけ」と言い残して。
「それにしても……なんかみんな戸惑ってるな」
涼はともかく、あの榎本まで俺に忠告をくれるとは、よっぽどのことなのだろう。
通学路を歩きながら、そんなことを考えていた。
「うん、でも悪魔が近づいているって事は守護霊にもプラス効果があるかもしてないよ?」
真は俺の脇を歩いている。
なんとなく、こいつも成長したような気がする、体系的に。
「ああ、そうか。悪夢が霊力をもらって強くなってるって事は守護霊にも効果があるのか」
「でも守護霊は基本、主とのつながりがメインだからね」
何気ない、平凡な下校時、俺は警戒を怠っていたつもりはなかった。
だが、気がつくと、俺達の周りには誰もいなく、不気味な静けさが満ちていた。
「……!? おいおい、どういうことだ?」
確かに、俺の通っている道はあまり人通りが多くはないが、今は明らかに異常と言える。
まったく人の気配がないのだ。車の通る音も、道に面した家の住民の生活音すら聞こえない。
「人払い……気をつけて、囲まれてる!」
路地の角と言う角から、悪夢が顔を覗かせた。その数はざっと十は超えている。だが、それ以上にもっと奇妙なことが起こった。
「真、……どうして大人モードになんないんだ?」
俺達を囲う悪夢はジリジリ距離を詰めてくる。悪夢達は、一体一体はあまり強力には見えないが、真は戦闘が行える状態にならない。
「あいつら……京平だけを見てる……?」
真は、敵から明確な悪意を向けられると、その間だけ、本来の力を取り戻し、戦闘を行うことが出来る。俺が今まで接してきた敵は、必ず真と戦っている。
だが、今回は違う。どうやらターゲットは俺一人のようだ。
「まずい、来るぞ!!」
悪夢は一斉に俺達の方へ襲い掛かってきた。




