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第五十話 「最後の奇跡」

 生霊の理、これを止めるにはまず屋上の精霊像を破壊しなければならない。しかしこれには結界が張られていて、結界を解かないことには傷一つつけることが出来ない。

「どうします? 僕はこのまま生霊の理が発動するのを待つだけなのですがね」

 この局面に来て白々しい台詞を吐く上谷、その姿に思わず怒りがこみ上げた。

「どうしてそんなことを言ってられるんだ、帰るぞ。皆無事に」

 そういって俺はなんとなく気が付いた。

「そういえば、このホテルの中にいる連中は生霊の理に巻き込まれないのか?」

「と、いいますと?」

 上谷は特に気にしていないようだ。

「生霊の理が発動したら、このホテルの中身は全部霊力にされるんだろ? だったら今ホテルの中にいる悪夢達はどうなるんだ?」

 俺の問いに、「ああ、そんなことですか」と軽く鼻で笑って上谷は答えた。

「彼らは生霊の理発動寸前にホテルから飛び出してきますよ、もともと彼らはホテル内の警備をしていますからね」

 屋上が僕の担当です、と付け足した。

 その答を聞いて俺は一つの打開策を考えた。

 だが、その考えはとてつもなく幼稚で、愚かなものだと思う。

「飛び出してきた時に全員叩きのめす、これしかないだろ」

「ハハッ、そう言うと思ってました、けれどそれも精霊像を破壊できなければ何の意味もありませんよ。それに彼らの実力もわかっているでしょう?」

 そんなことは上谷に言われるまでもなく解っている、しかし、これしか道は無いのだ。

 そして俺にはまだ、秘策があった。

 俺の中に眠る謎の霊。

 破壊者アレスとの一件の時、突如覚醒し俺達の危機を、結果的に救ってくれた。

 それがもう一度覚醒すれば、あの無尽蔵な霊力が再び沸けば、こんな結界や悪夢なんて軽く退けてしまうだろう。

 しかしあの時の一度以来、覚醒したことが無い、そもそも覚醒するのか。眠っているだけなのか、取り付いているのか、それすらも不明な存在。

 この賭けは危険すぎる。


「とにかく結界を解くぞ、上谷」

「いいですが、入り口は塞がっていますよ?」

「いや、入り口じゃない。飛び降りるんだ、ここから」

 俺は思い返していた、それは藍那が夜薙にバルコニーから落された時、あの時はそのまま下に落下していた。

 つまり結界は入り口のみに張られており、それ以外は脱出可能というわけだ。

「たしかにここから飛び降りれば下にいけますね。ですが、それからまたここに戻ってくるのは不可能ではないでしょうか?」

「う、……」

 確かにそうだった。

「それに、マリオネットはもう役に立たないかと思います」

 ベルトを解き、本当の姿を晒したマリオネットは、その場にぶら下がるように佇んでいた。

「つまり僕が下に行ったとして、戻ってくることは出来ません。僕は飛べないのでね。それに付け足しますと、現在時刻、午後十一時四十分ですよ」

 十一時四十分。後二十分で生霊の理が発動してしまう。

 八方塞がり。万事休す。

「クソッ!!」

 何の策も無く力任せに精霊像を殴りつける。

 ただ、俺の拳に鈍い反動が返って来た。それは精霊像に触れたのではなく、結界に阻まれた惨めな結果だった。それでも俺は精霊像を殴り続けた、次第に拳が痛くなり、血が流れ始めた。

「もうやめてください、無理なんですよ!」

 上谷は言うだけで俺を止めようとはしない、それを良いことに俺は殴り続けた。

 痛みなんて関係ない、マリオネットの一撃でもびくともしなかった結界を壊せるとも思っていない。

 ただ、何かを殴りたい、それだけのやりきれない思い。

 絶望だった。

 救えない、皆を救うことが出来ない。

 それでいて、屋上にいれば、自分は助かるかもしれない。

 そんな、矛盾。


「クソォッ!!!」

 最後に一撃だっただろう。拳も、骨が見えるのではないかと思うほどに殴り続け、壊れ果てていた。

 しかし、最後の一撃は、コツンと、精霊像に届いた。

「!? 上谷! 結界が、」

 素人目にもはっきり解る、結界が消えていた。


「そんなはずは……」

 上谷は慌てて下を確認する。そこでは、四つの精霊像はバラバラに砕かれていた。

 一体誰が壊したのか、俺達には見当もつかなかった。


「とにかく、こいつを壊してしまうぞ!!」

 精霊像を壊して生霊の理を防ぐ、それが可能になった。

「いや、ダメです、ホテル内の悪夢をどうするんですか!?」

「とにかく後から考えるぞ! 早く破壊しねぇと」

 賭けるしかない、どんなに不可解で危険な存在でも。

 しかし、本当に出てきてくれるのだろうか。

 前に一度、俺に取り付いて以来、音沙汰無しだ。その間にも危険なことがあったのに、一度も出てこなかった。

 本当に信じられるのか。

 もし、失敗すれば、死ぬ。

 皆が死ぬ。

 その責任を背負って、戦えるのか。……無理だ。俺には出来ない。

 肝心な時に足がすくんでいた。


「どうすりゃいいんだ……」

 結界が解けたのに、結局状況は同じ。

 自分がもどかしい。


 そんな俺の様子を見ていた上谷が、まるで普段の様子で、教室で困っている俺に助言をするかのように言った。

「まだ、方法はありますよ。とても、簡単なね」

「どういうことだ、?」

 上谷は、もう、吹っ切れたかのように言った。


「ぼくが箱になります」

 箱。それはなんだったか。

 それは、生霊の理の発動条件の一つ、箱の中の物をすべて霊力に変換する。

 その箱。


「それで、お前はどうなるんだ……?」


「霊力を抑えきれずに爆発するでしょうね」

 それはつまり

「自爆……」

 俺の中ではそれは嫌だ、という考えがすぐに思いついたが、その反面、それしかもう方法は無い。ということも解っていた。

 それに時間も無い、もたもたしてれば生霊の理が発動し、結局誰も救えない。

 それに、上谷だって生半可な覚悟でこんなことを言うはずが無い。

 彼にかけるしか……ない。

 自分の力の無さが歯がゆい、悔しくて握り締めた拳が痛い。


「もう時間が無いです。……これでお別れだ、」

 上谷は俺にそう告げて、マリオネットに絡み付いていたベルトを拾い上げた。

「い、嫌だ。お前と、お前も帰るんだよ!!」


「いいえ、僕はやはりそこにはいられなかった。でも、僕は後悔をしていませんよ、少しでも、消えるのが嫌だといってくれる人が居るだけで僕の存在価値があるのですから」

 ベルトを広げたり、縮めたりしながら、上谷は続けた。

「馬鹿野郎……俺だけじゃねぇよ、俺達みんながお前を必要としているんだよ。……絶対に、帰って来いよ。俺達はお前が俺達のところに帰ってくるのを待ってる。ずっと」


「ありがとう。君はとてもずるい」

 時間が来た。ホテルの外壁、窓という窓を突き破りホテル内に居た悪夢達が溢れ出す。それと同時に周囲の山や森に潜んでいた悪夢も屋上の方を目掛けて集まりだす。

 夜、明かりに群がる虫のように集るその黒い影に月明かりが遮られ、辺りはいっそう薄暗くなる。

 それを確かめながら、上谷は精霊像を屋上の床から引き剥がし、ベルトで自分の体にくくりつける。ちょうど屋上に来た時の真のように、精霊像に貼り付けられているかのようだった。


 やがて、悪夢達が異変に気づき始めた。上谷の身勝手な行動を咎めるかのように上谷に突進してくる、だが上谷はそれを気にも留めず、屋上の床を蹴り、高く跳躍した。

 黒い、悪夢も膜を突き破り、月明かりの元まで飛び上がる。

 その刹那、上谷の身を縛っているベルトが、限界を超えて伸び始める。

 伸びたベルトはこの屋上に集まる悪夢達を包み込もうと、更に伸び続ける。悪夢達は、上谷の行動を止めようとしているのか、それとも狙いに気づいていないのか上谷のほうを目指して集まり始める。

 ホテルの上空に黒い球状の『箱』が完成する。中では悪夢達がうごめき、頂上部では精霊像と上谷が居る。

 俺はただ、見つめることしか出来ない。


「時間……だ」

 満月の夜、十二時、精霊像、そして箱。

 すべての条件がそろい、生霊の理が発動した。

 一瞬で、黒い球は光に包まれ、その形がぼやけ始めた。

 それは、物凄い速度で霊力に変換され始め、箱の中では混乱と消滅が渦巻く。

 そして、その莫大な霊力の発生に伴い、箱が形をとどめておくのが困難になる。


「まずい、このままだとホテルも巻き込まれるぞ!!」

 俺はその様子を見て直感的にそう感じた。規模がでかすぎる!!


 光の球を化したそれは、規模が爆発的に拡大し、ホテルをも飲み込みかねない大きさまで肥大していた。

 このままでは、彼のすべてを賭けた行動が無駄になる。

 しかし、俺には何も出来ない。


「クソォ!!」

 俺の怒号に反応したのか、光の球は少しずつだが、上昇を始めた。

 彼がまだ、俺達を助けようとしているのか。

 ホテルを飲み込むか、そのギリギリのところで、光の球はその上昇速度を少しずつ上げ始め、暗い夜の空に上り始めた。

 二つ、月があるかのように空が明るくなった。


 そして、爆発。

 中に秘めていた霊力が限界値を超え、そのすべてを空に放出した。

 空に霊力があふれ、オーロラのようなひどく美しい現象が起きた。

 それは暗い空に幾つもの線を靡かせ、覆いつくした。

 とても美しかったが、とても悲しかった。

 

 一瞬で、その美しさが花開き、

 夜の空を一瞬で美しさが覆いつくし、

 一瞬で、終わりを迎える。

 花火のように、散ってゆく、はかなく、終る。


 一人の友達が最後に起こした奇跡。

 儚く、終った。


 俺はその場に立ち尽くし、ただ夜の空を眺めていた。

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