第四十六話 「犯人」
俺は上谷の後に続いて階段を駆け上っていた。
ホテルの上層階まで達し、これまで幾度も行く手を阻んできた悪夢達も、上谷がいるからなのかさっぱり見かけなくなった。
箱型の構造をしたホテルで、発生したこの事件。いまだ不明なことが多すぎた。
「なぁ、上谷。この事件の犯人は一体何者だと思う?」
俺の先を行く上谷、その背中に問いかけてみた。
元々俺よりも霊に関しては詳しいらしい彼とはほんの先ほどに合流したばかりで、彼がそれまで何をしていたかも知りたかった。
「そうですね、僕も断言は出来ませんが、それでもこれだけの大群を束ねるには相当の力を持ったボス、あるいは全員が共感できる『なにか』があるのではないでしょうか」
上谷の言うことを聞いて、改めて自分の行動を思い返して見る。
「そういえば……なんで俺は殺されなかったんだ?」
夜薙も、あの鼠だって最初は俺を閉じ込めておくだけにした。いまさら彼らが情けをかけたとも考えにくい。
俺が生きている方が都合が良いのか……?
「さあ、もうすぐ屋上ですよ」
その一言で俺達は足を止めた。
無骨で飾り気の無い階段はいつしか行き止まりの屋上の扉の前まで来ていた。
(ここに……この事件の首謀者がいるのか……?)
結局、真と合流することは出来なかった。しかし、おそらく彼女は無事だろう。つながりは途切れていないと思う。
それに上谷の守護霊、マリオネットだって強力だ。
恐れはもう必要ない。今はただ、目の前の敵をどうするかを考えるべきだ。
(と、言っても俺には何の力もないしなぁ……)
真がいなければ、特に戦闘に参加する必要も無い。もしかしたら足手まといかもしれない。
でも、それは逃げて良い理由にはならない。
「行きますよ……」
その直後、上谷の合図によってマリオネットのベルトを幾乗にも重ねた槍のようなものが屋上へ続くドアを蹴散らした。
途端、初夏の夜の風が吹き抜けた。
そして俺達は、屋上へと踏み入れた。
「真ッ!!」
その屋上、箱型のホテルの屋上は綺麗な正方形を形作っている。その中央には、高さ三メートルほどもある精霊像が置かれていた。
精霊像は大きく手を広げ、天を仰いでいた。その胸部には、黒い布のようなもので真が縛り付けられていた。
真には目立った外傷は無かったが、意識は無かった。それに加えて、大きな不自然な点が、嫌でも気になった。
「誰も……いない?」
屋上には誰も居なかった。
それだけではなく、この事件の目的を指し示すものすら見つからなかった。
「とにかく、真を助けないと、」
俺が言う前に、もう上谷が黒い布のようなものをはがし始めていた。俺も手伝い、布ははがされ真は倒れそうになったので、俺が抱きかかえるように受け止めた。
「上谷、これは一体どういうことだ?」
この不自然な状況に、考え込むような表情の上谷は静かに言った。
「これは……屋上はフェイント、なのか……?」
屋上はフェイント。そこに違和感を覚えた。そもそもどうして屋上を目指していたのか。
「そうだ、涼に電話しよう」
「涼……ですか?」
「ああ、上谷は知らなかったっけ。桜井の兄貴で『サークル』に所属してるんだ。今も涼の助言で屋上まで来たんだ」
その言葉に少し不安な顔をした上谷だったが、すぐに戻った。
短いコール音の後、涼が電話に出た。
『どうした、何かあったのか?』
「ああ、全部話したら時間がかかるから、とりあえず今聞きたいことがあるんだ」
『わかった、それで?』
「屋上まで到達した、だけど誰も居ないんだ。」
『何? 屋上には何も異常はないのか?』
「異常……精霊像が置いてあって、そこに真が縛り付けられていたぐらいだな」
『精霊像……か。なるほど、ちなみにそのホテルはどんな形をしている?』
「形? ええと、別に変じゃないぞ。普通の箱型だな。縦長の直方体みたいな」
『……いいか、よく聞け。まだ確定じゃないが、犯人の目的がわかった』
「本当か!?」
『ああ、『生霊の理』という霊術だ』
「なんだ……それは?」
『大昔の霊術だ。簡単に言えば大規模な吸収だと思えば早い。これの発動条件は、箱と精霊像なんだ』
「発動したら、どうなるんだ?」
『……箱の中に存在するものすべて、分解され吸収される。だが安心しろ、条件があるんだ、まず、発動のキーになるのは精霊像、そして満月と十二時だ』
「満月って……今日の月は?」
『もちろん満月だ。だが、このうちどれか一つでも欠ければ発動はしないんだ、まず精霊像を破壊すれば発動を阻止できる』
「そうなのか、わかった。ありがとうな」
『気をつけろ。生霊の理は発動が困難だ、それなのに精霊像の周りに誰もいないのは不自然だ』
「ああ、わかってる」
そういって電話を切った。
「つまり、この精霊像をぶっ壊せば、とりあえずはセーフってことだな」
犯人の目的は、『生霊の理』という儀式を発動することらしい。それが発動してしまったら、この箱型のホテルの内部にあるものはすべて霊力に分解され、おそらくホテルの外側にいる犯人に吸収されるだろう。
「それならマリオネットの一撃で大丈夫そうですね」
精霊像が儀式の発動のキーなら、それを破壊する。
上谷の合図によって、マリオネットは自身の体を包むベルトを伸ばし、図太い槍のようなものを作る。
それをフルスイングして、精霊像に叩きつけた。
爆音に近い、衝撃が奔り精霊像は粉々に砕け散る。
――――はずだった。
「傷一つ付いてない……!?」
大抵の建物なら、一撃で全壊してしまいそうなマリオネットの一撃、それを傷一つ無く、いまだ平然と立っていられる精霊像を見て、俺は愕然とした。
「どうやら……ここにも結界が張られていますね、解除するのは困難かもしれません」
精霊像を指でなぞりながら上谷が言った。
発動のキーとなる精霊像の破壊は困難だ。となれば、残る条件は……
「十二時、満月……どちらも俺達の力でどうにかなる問題じゃない……!」
生霊の理。その発動を阻止するためにはもう時間もあまり無い。
「いや、待ってください。この精霊像に張られている結界は、どこかに発動源となるエネルギーを飛ばしているアンテナのようなものがあるはずです。……おそらくは、同じ精霊像の形をしていると思いますが」
精霊像、確かに俺達がホテルに入るとき、入り口から屋上にあるこの像が見えた。だが、他に精霊像なんてあっただろうか……
「そうか……あの時!!」
藍那につれられてホテルの外に出た、あの時、確かに人から隠れようとして物陰に飛び込んだ。
それは確かに同じような精霊像だったはず。
「ホテルの周りの遊歩道みたいなところに精霊像があるぞ!!」
俺は急いで覗き込むように、屋上から身を乗り出した。
その時、何者かが羽ばたく様に上昇してきた。
「おや、そちらはもう辿り着いていましたね」
背中から大きな天使の羽を羽ばたかせ、両腕に藍那と藤崎を抱えたセーレが現れた。
その後から、ホテルの外壁を跳躍してきたリリスも来た。
「藍那! 無事だったのか」
夜薙の攻撃によって落された藍那は、特に傷も無く無事だった。おそらく、セーレに助けてもらったのだろう。
そこに不機嫌そうな藤崎の声が響く。
「それで、犯人はどこかしら?」
見回しても、屋上にいるのは、俺と上谷、そして真とマリオネットだけ。
そこで、セーレが真の意識が無いことに気が付いた。
「どうぞ、私の回復能力を使って真を回復させましょう」
セーレは、神の教えを説く神父のように歩み寄り、その手のひらから光が舞い、真を回復させ始めた。
「そうだ! 真は犯人を見てるかもしれない! セーレ、早くしてくれ」
真は、一階で俺とはぐれてからここまで来るのに犯人と接触している可能性が高い。
そうなれば、真はここで重要なポイントになる。
「さて、終りましたよ」
セーレが身を引き、真はゆっくりと瞳を開ける。
俺の呼びかけに意識を戻し、やがて立ち上がる。
「京平……、ええと」
真に今までのことを軽く説明する。
「真、覚えてるか? 誰に襲われたか」
ゆっくり、時間を置いて考え込むように間をおいた。
その間、ここに居る全員の視線が真に集まる、藤崎でさえ真剣な顔で見ているし、上谷はもう睨みつけるかのように真の方を見つめる。
「……上谷竜那」
「え?」
真の口から言われたのは、意外にも仲間である上谷の名前だった。「いや、襲った奴の名前だぞ?」と聞き返しても、真は撤回しない。
「そう、上谷竜那。それが私を襲い、この事件の首謀者とされる者の名前よ」
その一言に、屋上は凍りついた。




