第四十五話 「終着の侍」
「ほらほら!! そんなんじゃあアタシ達の鞭は防げないよ!!」
リリスと合流した藍那は、それまでとは別人のように激しく舞うように戦っていた。
「心境の変化ってやつね、まぁどうでもいいんだけど」
藤崎は、セーレの肩から降りて、バルコニーの手すりに優雅に腰掛けている。
「それにしてもすごいですね」
セーレも腕を組んで寄りかかっている。
リリスの振るう鞭は変幻自在の軌道で夜薙を襲う、時には蛇のように曲がりくねって、時には直線的な一撃、そして時にはホテルの外壁を壊し、その瓦礫による礫など。
それに夜薙の武器である二段構えの抜刀術も、そのトリックが見破られているので、容易く攻略されてしまう。
加えて藍那の心境、さらに言えば戦意も先ほどとは段違いに燃え上がっていた。
守護霊と主のつながりは、互いの気持ちもつなぐ。
今の二人には、夜薙など敵ではなかった。
「グフッ、、!?」
鞭が夜薙の鳩尾に直撃し、思わず膝をつく。
もともと夜薙も先ほどの戦闘のダメージが蓄積しているため、状況が悪い。
自慢のトリックアートのような抜刀術も、タネが明かされていれば何の意味も無い、まして、リリスを倒したとしてもセーレがいる。奴は他の守護霊とは桁違いの霊力を秘めていた。
(このままでは確実に勝てない……)
もともと、生前も侍として生きてきた、そこには当然プライドというものもある。
それを捨てるのは容易いことではない、だが、更なる高み、更なる力を求めるには捨てなければならないときもあった。
しかし、
(これはただの卑怯ではないか……)
夜薙の頭の中では一つの秘策が思いついていた。
しかし、それはこれまでの侍としての、武士道なんでクソ喰らえとでも言うかの如く、卑怯かつ弱者だった。
プライドか、それとも存続か。
頭をよぎった二つの道、だが、答は既に決まっていた。
静かに、刀を抜く。
右手にも、そして左手にも。
「二刀流、か。面白いことをするなぁ」
セーレが静かに言った。
「ふぅん、それで勝てるのかしら?」
藍那は余裕たっぷりに言った、それもそのはず、本来、まともな侍なら二刀流などしない。
まして、今の彼女達は無敵感が漂っていた。
「それでもなお……突き通すのだ!!」
夜薙は最終特攻を仕掛けた、両手に刀を構えて、捨て身の突進。
当然反撃としてリリスの鞭が飛来する。
これを夜薙は右手の刀で吹き飛ばし、さらに距離を詰める、すかさず左手の刀で突きを放つ。……が、これはリリスが跳躍することで回避、続けざまに宙返りからの踵落しが、夜薙の脳天に直撃し踵に施されていた烙印が爆発を起こす。
「どう? リリスの烙印、『付加効果』の威力は。」
リリスの烙印は、施したものに触れたものに衝撃を与える。また、触れた強さによって衝撃の威力も変わる。踵落しの威力は計り知れないほどに倍増していた。
「ガッ、……ま、まだだ!!」
脳天から衝撃が手足まで波のように伝わってもなお、刀だけは放さない。
夜薙はその場に踏ん張り、持ちこたえる。それだけで、夜薙はまだ戦えると確信していた。
「!? リリス!」
至近距離の戦闘はリリスにとっては不利だった。まして二本の刀を振り回す相手は最悪だ。
急いで距離を取りたいが、夜薙の攻撃は素早く連続して繰り出されるため隙が無い。回避しきれずに体を切り裂かれ、バルコニーの端の方に追い詰められる。
「これで終いだァァ!!」
夜薙の最後の一撃、二本の刀による突きを放つ。
これ以上後ろには下がれない、断崖絶壁のようなバルコニーの外側。先ほども藍那が落された漆黒の空。
リリスは躊躇なく、飛び降りた。
「リリス!!」
藍那も思わず叫ぶ。
その様子をセーレは依然として腕を組みながら眺めていた。
「終ったか……? 自ら破棄するのか?」
独り言のように呟いた。
刀は鞘に仕舞わなかったが、構えを崩し、どこか呆然としていた。
――――途端、夜薙の足に鞭が絡みついた。
それは下方向に凄まじい力で引きずり込もうとする。咄嗟に手にしていた刀を床に突き刺し体を固定したが、これでは身動きが取れない。
バルコニーの下側では、一本の鞭を命綱よろしくぶら下がっているリリスが居た。
だが、このままではお互いに硬直状態が続く、セーレは手を下す気が無いのか、成り行きを見守っていた。
リリスは、少しずつ体重移動で勢いを付ける。
そして、決着は一瞬でついた。
鞭を勢いよく引き、反動を利用してリリスが一気に上まで上ってくる、その刹那、リリスの手のひらには烙印が施されていた。鞭に足を縛られ、身動きだ取れない夜薙の胸にその手のひらがぶつかった。
それだけで、夜薙の体は爆発し後方へ二メートルほど吹き飛ぶ。
勝敗は決した、夜薙の刀は主の手から吹き飛び、漆黒の空へ吸い込まれていった。
「終ね、……さぁ言いなさい。アイツをどうしたの?」
藍那は、胸部を大破され、地面に転がる夜薙に呼びかけた。
苦しそうなうめき声の後、彼は口を開いた。
「……そこらの部屋に閉じ込めてある……」
「ふぅん、ありがと」
その一言で、リリスに最後の一撃を下すように指示する。
だが、それは夜薙の叫びによって遮られた。
「まてッ!! ただ閉じ込めているだけではない……当然、我が部下が監視をしている、その喉に刃を突きつけながらな……」
それを聞いた途端、藍那の顔が曇る。
「どういう意味?」
「……我が指示さえあればいつでも殺せるということだ!!」
「でも、どうやって指示を出すのかしら?」
リリスが横から反論した。
事実、夜薙はもう立ち上がることすら出来ない。そんな彼が叫んだとしても、その声が届く保証も無い。もう彼にはなんの力も残っていない。
「情報網、があるのだよ」
「なに?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返していた。
「情報網……このホテルを襲撃している悪夢は数多くいる。それぞれが独自に動いてるわけではない、ちゃんと計画があるのだ、それの達成のため、情報交換は非常に重要だ。それは肌身離さず、つまりテレパシーのように思考を共有するのだ。……指令を出すなど容易い」
夜薙は静かに言った。
「奴など、今すぐにでも殺せる……なんならその首をここまで持ってこさせようか?」
「やめて!!」
雑音に耳をふさぐように藍那が反射的に言う、その様を夜薙は見つめ、やがて呟く。
「……我が、刀はどこだ……」
「ど、どうすればいいの?」
藍那は訪ねる。
「何をすれば助けてくれるの!?」
縋る様に、夜薙に訪ねる。
「……我を回復させろ」
セーレに視線を向けながら夜薙は呟いた。そこで初めて、セーレは腕を解き夜薙達の方へ歩み寄る。
「悪いけど……そうも行かないよ」
セーレには夜薙の指示に従う気は毛頭ない。それもそのはず、閉じ込められている少年のことなど彼らにはどうでもいいからかもしれない。
それを悟った藍那は、セーレを阻止しようと、藤崎に迫る。
「やめて!! ねぇ、貴方からもやめさせてよ!!」
その藍那を軽く突き飛ばし、首を振った。
「いいのか……? 小僧が死ぬぞ……」
「彼を殺させはしませんよ」
いった途端、バルコニーの床に円形の烙印が施される。
空間の支配。その烙印は、半円形の空間を隔離し、セーレの絶対的な支配下に置く。
そこからは……何者も、どんな現象であっても外部とのつながりが分断される。
それは、夜薙のテレパシーにも例外ではない。
「終わりにしましょう。それも、一撃で」
夜薙の倒れていた床、そこから高さ二メートルほどの氷柱が彼を貫通する。
(……終わり、か。どうせハッタリだったんだ。テレパシーなんぞありえない。……)
もし、テレパシーが使えたなら、早くから増援を呼ぶだろう。あんな鼠などでも居ないよりはましだ。そんなことは出来なかった。
プライドを捨てた卑怯なハッタリ。
もう、消えることに悔いは無かった。
***
セーレの烙印は、外部から見ればそこに、何もないように見える。
お互いはすれ違いながら、屋上へと歩を進める。




