第四十四話 「すれ違いの時」
「おい! 鼠!! 居るんだろう!?」
夜薙は、俺の喉元に刀の切先を突きつけつつ誰かに向けて叫んだ。
硬直している俺の視界には、背中に刀を喰らって倒れこんでいるリリスしか映っていなかったが、不意に三叉の槍が横切った。
見れば、俺の胸ぐらいまでしかない身長の男が顔をすっぽりとフードで隠していた。
「なんだよ、夜薙の爺。俺も忙しいんだぞォ?」
枯れた、でもどこか子供のように高い声で話す背の低い男は、三叉の槍を俺の喉元に突きつけながら答えた。それと同時に、夜薙は刀をしまう。
「この小僧をどこかに監禁しておけ。こっちではまだやる事が……ある」
夜薙は苦しそうにリリスの前に立った、その後姿を眺めながら、鼠と呼ばれた男が舌打ちをしつつ、俺の腕を後ろに回してロープで縛り始めた。
「小僧、君の守護霊はどうしたのかなァ?」
「…………」
この男には何も言う必要はないだろう。
「ちぇ、だんまりかよォ?」
俺の背中を押しながら歩き始めた。その間も俺の喉元には槍が突きつけられている。
「おら、もっとテキパキあるけよォ?」
歩かされるまま俺はバルコニーを出た。
***
連れて行かれたのは同じ階の空き室だった。
部屋の真ん中に倒され、足にも縄を縛られた。
「まぁ、しばらくすれば楽になるから、安心してくれよォ?」
そう言い残して鼠は部屋を出た。
(さて……これからどうすればいいんだ?)
手と足を縛られ、身動きが取れない。幸い、口が封じられてないだけましか。
(それにしても奇妙だな、後で楽になるってのは、あとから誰か俺を始末しに来るのか? いや、それならあいつの持ってる三叉の槍、さらに言えば夜薙があのまま首を切ればよかったんだ。今も俺を生かしている理由は何だ? ……とにかくここから出るのが先か)
数分間の思考と状況を把握、せいぜい十分ぐらいもがいていた。
鼠は部屋を出たっきり、どこかへ言ってしまったようだ。
俺はとりあえず、ツインベットの部屋を転がり、壁のところまで来る。何とか体を起こし、うさぎ跳びの体勢になり、とりあえず立ち上がる。
足に力を入れると、ハラリ、という具合に縄が解けた。
「ははっ、器用な奴じゃなかったのか」
もがいたおかげか足の縄は解けたが、腕の縄は解けない。仕方なくそのまま脱出することにする。
ドアノブを後ろ手でこじ開け、廊下に出る。
がらんとした廊下、その奥にあるバルコニーを見ても、誰も居ない。
(夜薙に……リリスも居ない……か)
藍那は落ちてしまった。その感覚が時間が経ってからこみ上げてきた。
まだ……無事かもしれない。その期待を込めて、俺は下を見下ろさず、上を目指すことにした。
「あれぇ~~~? おかしいなァ? どうして廊下を歩いているのかなァ?」
振り向くと既に三つ又の槍が俺に向けられていた。
「いけないなァ、殺しちゃだめって言われてるけど……まァ仕方ないよねェ?」
「クソッ、」
俺は急いで逃げようと走り出した。しかし、腕を縛られてバランスが悪く、転んでしまった。
「あれあれェ~?」
「く、くるな!!」
地面を這うように俺は後ずさりする、それをわざと面白がるように鼠が槍で追い掛け回す。
そのフードの中に見える目玉には狂喜が浮かんでいた。
「ハァ!! その足、切り落としてみようかなァ?」
「やめろ!!」
鼠が槍を大きく振りかぶり、俺の足を切ろうとした、
その刹那―――――。
「グェェェッ!?」
鼠が何者かに真横から叩かれた。
真っ黒な、ベルトを幾乗にも重ねて創られた腕のような太い槍。
「大丈夫ですか? 金城君」
俺を助けてくれたのは紛れも無く、上谷だった。
「か、上谷ぁ……無事だったのか」
「どちらかというと金城君の方が危険でしたね、守護霊はどうしたんですか?」
俺は上谷にこれまでの経緯を全部話した。
それを聞いている上谷は静かにうなずくだけだった。
「それで、立花さんの無事を確認していない……と」
「ああ、まだ、無事かどうかもわからない」
俺は内心、上谷が助けてくれていたのではないか、と期待していた。が、それも幻想に過ぎなかったようだ。
「とにかく、この事件の首謀者を突き止めるのが先のようですね」
俺は上谷の後について行く。
階段を上る、屋上まであと少しだ。
***
―――バルコニーが崩れたとき、叫び声をあげることすら出来なかった。
彼が差し出す手を握ることすら出来なかった。
リリスが斬られた。自分を助けようとしたために、敵に背を向けた。
私は落ちる。
漆黒の空へと。
自分は死んでしまうのだろうか。
死んでからはどうなってしまうのだろうか。
自分の居ない世界は、一体何が変わっているのだろうか。
……イヤダ。
……そんな世界は嫌だ。
「……、え?」
急に浮遊感が襲った。
気が付くと自分の体は、宙を浮いていた。
いや、とある男に抱きかかえられていた。
「大丈夫ですか? お嬢さん」
彼の顔には見覚えがあった。かつて、自分が原因の誘拐事件、その犯人の守護霊。
セーレが、天使のような優しい顔で自分を支えていた。その背中からは、天使の純白の羽が羽ばたき、彼の肩には主である藤崎が腰掛けていた。
「こんばんは、憎きお嬢さん。本当なら突き落としてやりたいとこだけど、そういう状況じゃないのよね」
敵意むき出しの顔で彼女は言ったが、助けてくれたのは事実だ。
「早く上に戻って!! リリスが危ないの!!」
背中を斬られ、うずくまっていたリリスを思い出す。自分よりも彼女の方が危険なはずだ。夜薙はダメージを負っているが、それでも傷ついた守護霊や、人間など、殺すのはたやすいことだろう。
「わかってますよ、ほら、見えてきました」
セーレはふわり、と宙を舞い、バルコニーに降り立つ。そこには夜薙、そして傷ついたりリスだけ。
「……アイツが居ない? どうして?」
頭に嫌な予感が走った。が、しかし、その考えもおかしい。もし殺されていたなら死体が残る、下に落したとしても自分たちが気づく。
「吸収、かもしれないわね。まぁいいわ、私には関係ないし」
藤崎は依然として勝手なことを言い、セーレはゆっくり歩いて、リリスの元に寄り、回復を始める。
「貴様ら……何者だ?」
夜薙はリリスが回復しているのを黙認しながら問う、その姿には確かな疲労が見えた。
「ねえ、どうしたの?」
「む?」
「アイツをどうしたのかって聞いてんのよ」
「さあな。既にどうなっていようと関係のないことだ」
「どうしたのかって聞いてんのよ!!!!」
感情がそのまま言葉に成って口をつく、その声に共鳴するかのようにリリスが立ち上がった。
「いくよ……リリス!」
夜薙は構える、思わず、その刀を握る手が震えていたかもしれない。
それぐらいに彼女達は眩しかった。




