第四十三話 「夜を薙ぎ払う刀」
ホテルの六階、廊下の奥にはガラス張りの扉があり、そこを抜ければ、長方形のへり出したバルコニーがある。観葉植物やベンチがあり、横幅は10メートルほどの余裕があり、手すりは高めについている。
そのバルコニーは今、決闘場に化していた。
「いつからでも良いぞ」
藍那と対称の位置に立った夜薙は、特に刀を抜く様子も見られない。
それに、藍那とリリスも特に構えがあるわけでもない。
「そうね、じゃあ私達の好きなタイミングで行かせてもらうわ」
意気揚々と宣言する藍那には微塵も恐怖を感じさせない明るさをまとっていた。
俺はそれをバルコニーの入り口から眺める。というのも、俺もバルコニーに出たかったが、真の居ない俺はただの足手まといだそうなので、決闘に足を踏み入れることは出来なかった。仕方なくここで眺めているわけだが。
「ふう、……じゃあ、行くわよ」
頬をなでる夜風が止んだところで、戦闘が始まった。
「リリス! 速攻で決めるわよ!」
その声にあわせて、リリスの鞭が走る。一直線に伸びた鞭は、烙印を纏い、夜薙を吹き飛ばそうとする。
「ふむ……」
あと数センチ、鞭の先端が迫る。
しかし、リリスが放った鞭は、夜薙に触れる直前で何かになぎ払われた。
「何……?」
リリスも思わず疑問を声に出す。見れば夜薙は、刀を抜刀した構えになっていた。
「これは……抜刀術ね」
藍那が、囁いた。「抜刀術?」と俺は思わず聞いてしまった。
「そう、簡単に言うと剣術の一種ね。鞘から抜く時、鞘をまるでレールに見立てて助走を付けて走らせるのよ、普通に斬るよりも強力ね」
そう話してる間にも、夜薙は刀を再び鞘に戻す。
「弱点は、一度抜いてから戻すのに時間がかかることね」
リリスが、テストで間違った生徒に正解を教えるような口調で言った。
なるほど、俺は邪魔しちゃったか。
「ふふっ、それを知ったところでこの夜薙の刀は破れまい……」
「えらく自信家なのね。まぁいいわ、私も自信だけなら負けないから!」
そう言う間に、リリスの鞭が走る、今度は曲がりくねった軌道で夜薙を狙う。
そしてまた、触れるか否やの距離で抜刀術によってなぎ払われる。
「何度やっても無駄だ……」
夜薙は、抜刀した刀を鞘に戻そうとする、しかし―――
「む!!!」
夜薙の元に瓦礫が降り注いだ。
なぎ払われたはずのリリスの鞭は、バルコニーのある上の階、その外壁を叩き壊し瓦礫の雨を降らしていた。真っ直ぐに伸びた鞭では、なぎ払われてしまうが、弛ませた曲がった軌道の鞭なら、なぎ払われた反動を生かして別の標的、外壁を攻撃することが出来る。
つまりフェイント。
一見、攻撃に見えるものでも、相手の構えを崩すためのものであったりもする。
事実、夜薙は降り注ぐ瓦礫を刀を使って弾かざるを得なくなった。
刀を鞘に戻す時間が無い。
「抜刀術はもうできない! リリス!! 今よ!!」
藍那の声とともに、リリスが距離を詰める。
反射的に夜薙も刀で応戦しようとするが、
「遅い!!」
リリスの手のひらに烙印が施される。それは弾けて衝撃波を生む。
衝撃は夜薙の刀を吹き飛ばす、その隙にリリスの鞭が入り込む。
絶対に避けることの出来ない距離。
しかし……
「ふむ、おしい」
夜薙には鞭は届かなかった。
そして、その手には弾かれたはずの刀が握られていた。
「!? どうして? 確かに弾いたはず……」
リリスが事態に驚愕している隙に、夜薙は悠々と刀を仕舞い、弾かれた刀も拾いに行った。
「さて……決着を付けようかの。御主らではこの業を破れまい」
夜薙は再び、抜刀の構えになって行った。
「くっ、まずいわね……」
藍那も、彼がどんなトリックを使っているのかわからないようだ。
しかし、傍から見ていた俺はふと気が付いた。
(刀が……一本しかない?)
先ほど、リリスが刀を弾き、鞭の攻撃を仕掛けた。しかし肝心の鞭の攻撃は突如出現した二本目の刀によって阻まれてしまった。
しかし、今現在、夜薙の腰に収まっている鞘はどう見ても一本しかないのだ。
(確かにさっき、刀を納めて、しかも拾ってたはず……)
抜刀術は一撃が強力だ。しかしその弱点は、第二撃を放つためには刀をしまう必要がある。夜薙は抜刀術に特化した侍に見える、それならば、弱点を補いたいはずだ。
見えない二本目。
(なにか……ヒントは……)
リリスと夜薙の戦闘を思い返す。
――――なんだ、そういうことか。
「藍那、フェイントだ!!」
俺はバルコニーの入り口、決闘場の蚊帳の外から叫んだ。
「見えている刀はフェイントだ!! 見えない刀が本命だ!!」
見えてる刀と見えない刀の二段構え。おそらく、一本目は投げ捨てるぐらいの覚悟でやっているのだろう。
「フェイントね……面白いじゃない」
藍那の顔に自信が戻る。
「リリス、連撃がいいね」
コク、とうなずき、次の瞬間にはもう鞭を振るっていた。
一飛びで距離を詰める、と同時に鞭が舞う。空で円を描くように振るった鞭、その動きは読むことが出来ない。その内の一撃が夜薙を目掛けて飛来する。
夜薙はそれを横に飛ぶことで回避する。
空を切った鞭はそのまま直進し、バルコニーの端にあった観葉植物の植木に絡む。
それを強く引くことにより、砲弾のような速度で植木が飛ぶ。
「チッ、まずいか……」
夜薙は思わず声を漏らし、抜刀術によって植木を吹き飛ばす。
その隙を狙い、空で円を描いていた鞭が夜薙に目掛けて飛来する。
「仕方ない……手段を選んでおられん!!」
夜薙は、腰辺りの空に手を掛ける。一見何も無いように見えるそこには、確かに刀が存在していた。
勢い良く抜刀された刀は、……鞭をなぎ払うことが出来ず、空を切った。
鞭が夜薙の腹部に直撃、体ごと吹き飛びベンチに突撃し、手すりに当たって停止した。
「ふぅ、何とか勝ったみたいね……」
藍那は安堵と勝利を確信した、
だが、俺には最後の空を切る一撃がどうも腑に落ちなかった。
―――ガゴン!!
という、轟音とともに、直方体のバルコニーに、対角線状の切れ目が入った。
それは、ちょうど夜薙と対峙していた藍那が外側に来る位置、つまり、藍那が落ちる位置だった。
「藍那!!」
リリスが、藍那を助けるために飛ぼうとした。……だが、
リリスの背中に横一文字の斬撃が奔った。
その衝撃でリリスはその場に崩れ、片足を付いた。
その間にも藍那の足場は崩れ堕ちる。
「藍那ぁ!!」
俺は思わず走り出し、手を伸ばそうとした。
その途端、目の前を銀の閃光が横切った。
それは夜薙の刀、刀はリリスの肩に直撃し、リリスは悲鳴を上げて倒れこむ。
「動くな……小僧、首が飛ぶぞ……」
這いずり上がってきた夜薙のもう一本の刀は俺ののど元に突きつけられる。
その場に凍りついた俺の視界の奥では、藍那の足場が完全に崩れ、闇夜の空に吸い込まれていく所だった。




