第四十一話 「人間の力」
「小僧共、大人しく従えば……首を切るだけで済ましてやろう」
俺たちを囲う軍勢、そのうちの一人、灰色の着物を着た侍が、静かに言い放った。
それと同時に、俺たちを囲む輪が少しずつ狭まってきた。
「(いい? 私とリリスがまず敵の注意を引くからその隙にアンタ達は屋上を目指して)」
肩越しに藍那が囁いた。
「(ダメだ! こいつらは全員上級の悪夢だ。神社の時のように楽には勝てない。危険すぎる!)」
俺の反論にも、藍那は微笑みながら答える。
「(大丈夫! 誰かが屋上には行かなくちゃならないでしょ?)」
「行くわよ! リリス!」
俺に有無を言わせず飛び出し、リリスの鞭に烙印が施される。それを、俺たちを囲う武者達の輪を薙ぐように振り回す。
鞭に触れたものたちは、その接点を基点として爆発していく。
「ほら!! ぼやぼやしてないで行くよ、京平!!」
真に呼ばれ、俺は、ロビーの端の方にある無骨な階段に駆け込む。ロビーには正面に大きな階段があるのだが、こちらは二階のレストランにしか通じていないので屋上を目指すならエレベータかこの階段だけである。エレベータは危険が多いので使用しない。
幸い、階段側には悪夢が待ち伏せしていることは無く、後ろを横目でチラリと見れば、リリスと藍那が楽しげに踊るように武者達を圧倒している。とりあえず大丈夫そうだ。
階段を真を前にして勢いよく駆け上がると、後ろから鎧がすれるような音と足音が聞こえてきた。
ちょうど階段を二階と三階の間の踊り場のようなところで、上から武士が流れ込んできた。
「京平!! ここは狭くて危険かも!!」
せいぜい二人並んで窮屈な幅しかない階段で、大勢の武士を相手に出来るはずも無い。まして真は、どちらかといえば、相手の攻撃を回避して反撃を取るタイプだ。狭い空間では、それも上手くいかない。
ということは、真は烙印を使って大規模な攻撃を仕掛けるだろう。
そうなれば、狭くて危険、というのは、真が俺を巻き込んでしまうということだろうか。
後ろから聞こえる階段を上る音はもうすぐそこまで来ている。
俺は急いで階段を駆け戻り、二階に出る廊下へ飛び出す。
真を背後に感じながら。
二階の廊下は、細い通路からレストランへ通じている。真が階段の敵を排除できたならば戻ろう。
(どの道、俺が居てもあんまり役に立たないしな……)
そう思っていた時、後ろから追ってきていた武者の一人が俺を追いかけて通路に入るのが見えた。赤い衣の侍で、肩に矢が刺さっているところを見ると、戦死したのだろう。
奴は手を、腰に挿した刀に添えている。これを見れば、自分では歯が立たないことは嫌でもわかった。だから俺は素直に逃げるしか出来なかった。
通路を抜ければ、そのままレストランに出る。レストランには、ほんの数分前まで夕食の準備がされていたのだろう、縦長の並べられたテーブルの上には燭台が並び、脇では準備をしていた人たちが気絶していた。
俺の足の速さは決して遅くないが、後ろから追ってくる侍との距離はもう数メートルも無い。
―――このままでは必ず追いつかれる。
「クソッ、……喰らえ!!」
俺は適当にテーブルの上においてあった燭台を掴み、思いっきり投げつけた。それは直線の軌道を描き、侍の顔面に直撃する。
「クックック……痛いナァ? やはり人間ではその程度の力しか持って居ないか……」
侍は意外なことに立ち止まり悠長に構えた、当然ダメージがあるようには見えない。
だが、立ち止まってくれたのは意外だった。ここは相手の会話に応じて時間を稼ぐしかない。
「死んだら力も何も無いだろ、お前は……」
「ああ、死んだ。大昔、戦で死んだ。その時俺は天下無双を夢見ていた哀れな男だった。だが、今となっては死んだ方が良かったのかもしれないな。今、こうして人間を超越した存在になることが出来たのだからな」
(……なんなんだよ、こいつ……)
むちゃくちゃな理論に戸惑いながらも、少しずつ後退し距離を取ろうとする。しかし侍もそれに合わせて近づいてくる。
次第に、レストランのホールの角にまで追い詰められた。敵はまだ悠長に構えているが、常に片手を刀に添えているところを見ると、不用意に近づけば抜刀の一撃で首が飛ぶだろう。
(考えろ……せめてこいつを動けなくすることが出来れば……)
「フッ、そろそろお終いだな。大人しくしていれば痛みを感じる前に死ねるかもな」
そういい、しなやかに刀を抜刀した。ゆっくり抜き放たれたのは白銀の身をもち、光の反射でまばゆく輝く刃を持つ、まさしく刀だった。
もう後ろには下がれない。壁にはさまれた俺はもう万事休すだ。
俺は真がいなければ、悪夢一人にたやすく切られて死ぬ存在。
俺の中に眠る正体不明の霊なんて助けてくれない。
ましてその霊にすがろうとしていた弱い自分。
誰一人助けることの出来ない自分の力。
侍に睨まれ、手に汗がにじむ。
俺の体は震えていた。
真は……来ない。
やがて侍は、唇を愉快そうに歪めて言った。
「…………死ね」
「チクショォォォ!!」
刀を構え、俺に必殺の斬撃を食らわそうとした、白銀の刃が俺を襲う、その刹那―――俺は手近なものをとにかく掴んでいた。それは、消火器。
一見何の役にも立ちそうにないが、俺は咄嗟にピンを抜き、ホースを構え、強く握る。
消火器は、爆発的な空気の抜ける音とともに内蔵された粉を噴出す。ややピンクがかった粉は、侍の顔面を多い尽くし、視界を殺す。
「!? なんだこれはァ!!」
さらに、侍は口ぶりからすると昔の人のようだ。
つまり現代文化を知らない。まして消火器なんてものは聞いたことも無いだろう。奴にとっては正体不明の現象に完全に惑わされ、構えどころか、俺すらも見失っている。
このチャンスを俺は逃さない。空になるまで噴射した消火器で侍の粉まみれの顔面を殴り倒す。混乱した侍は足をもつれさせその場に倒れこんだ。
俺はその場から走り去り、真とはぐれた階段まで戻ろうとする。
(なんだ……俺一人でも出来るじゃないか。そう、頼らなくたって)
自分の足がまだ震えてることに気づき、やっぱり心細くなった。早く真に会いたい、そう思いながら通路を抜け、階段まで戻ってきた。
しかし、そこに真の姿は無く、ただ床の抜けた階段があるだけだった。
階段に大穴が開いていた。直径三メートルほどで、二階と三階の間の踊り場がそのまま抜けていた。下を覗けば、打ちのめされた武士が何人かいた。
「……真は居ないか……とりあえず上にはいけそうに無いな。一旦下で藍那と合流するか」
階段を警戒しながら下った。
ホテルの中の激闘はまだ続きそうだった。
ホテルはまだつづきます。
ながくなりそうです。




