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第三十八話 「月影」

 見学旅行一日目は無事終了した。

 流れも滞りなく進み、このまま二日目も順調に進んでいた。朝、ホテルを後にした俺たち一行は、市民ホールのようなところで熱心なオッサンによる環境に関する公演を小一時間延々と聞き続け、その後はまたバスに揺られながら京都の観光をしていた。

この日は本当に何も無く、ただ皆と見学旅行を満喫していた。

 はずだった。


***


 既に日が傾き始めた午後六時。俺たちを乗せたバスは、二日目の宿泊場所であるホテルに到着した。ホテルは、白い縦長の直方体で、なんとなく箱のような印象があった。その周りを囲うように、遊歩道のようなコンクリートタイルが敷かれた道と並木があり、外側を囲う山とホテルの緩衝地帯のような役割を果たしている。

「また胡散臭そうなホテルだな」

 秋元が、荷物を重たそうに肩に掛ながら言った。ちょうど今は、バスを降りて荷物をホテルに運び込む途中だった。

「そうか? 別に普通だと思うけどな」

 あまり旅行経験の無い俺が言うのもアレだが、特に不自然なところは無い。

「よく見ろよ。ほら、屋上になんかヘンな像が建ってるぞ」

 言われて、秋元が指差す方を見ると、下からなので見難いが、確かに変わった像が屋上に建ってる。

「変な宗教かなんかだったら嫌だな」

 とは言ったものの、別に屋上の装飾なんてどうでもよかったし、宿泊だって一日しか居ないのだから気にすることも無いだろう。

 ホテルのロビーに、俺たちのクラスの人間は流れていき、その中で室長と言われる……簡単に言えば鍵を預かる係りは、フロントに行った後、なにやら説明を受けるらしいので一時、団体から離れることになる。ちなみに俺たちの部屋の室長は上谷だった。


「それでは、申し訳ありませんが、僕の荷物も部屋に運んで置いてください」

 上谷の分の荷物を秋元が持ち、俺たちはロビーに入った。内部は、高級そうなタイルが壁に貼られ、床は紺の絨毯が敷かれ、落ち着いた雰囲気を出していた。椅子やテーブル、テレビなども置かれたホールのような場所もあり、懸念していた変な装飾も無いごく普通のホテルだった。

「エレベーターは使っていいのか?」

 奥に進むと、幅が四メートルほどのデカイ階段の脇にエレベータが四つ並んでいた。人で混んでいるため乗ったところで楽には見えないが。

「んー、どうやらあのデカイ階段は二階にあるレストランにしか通じていないらしい。俺たちの部屋がある七階に行くには……」

 あらかじめ配布されていたこのホテルのパンフレットの見取り図を眺めながら進んでいくと、廊下の奥に非常階段のような狭く、無骨な階段が現れた。

「……これで行くしかねぇのか……」

 げんなり肩を落としながら階段を上り始めた。


***


「おーし、風呂に行くぞー」

 夕食を食べ終えた後、部屋に戻った秋元が高らかに宣言した。

「おー、確か一階にあったな。降りるのめんどくせぇ」

 そろそろ疲れてきたので、ゆっくり休みたいが、流石に風呂に入らないのはいけないので秋元と上谷に続いて部屋を出た。

 入浴時間は30分ごとに、前半学級と後半学級に分かれているので、まだ部屋に居る連中も多くエレベータのまわりも空いていた。

 和にまとめたらしく、やたら古臭い壺が置いてある廊下を抜けて俺たち三人は、広々としたエレベータで一階に降りた。

 廊下の脇を水が流れていて、その上には灯篭のようなものが並んでいたり、はたまた窓から外を見れば、薄暗く少し狭い広場には、なにやら石膏像の様な物が立っていたりと結構統一感が無いホテルだった。

 ちょうど男湯と女湯が分かれるV字の分かれ道に差し掛かったところで秋元が叫んだ。

「あ、俺バスタオル部屋に忘れたっぽい……取りに行ってくらぁ」

「先行ってるぞ」

 そういって秋元を送り出した後、男湯の暖簾をくぐろうとした時、誰かにぶつかった。

「あっ、わりぃ……って、おい、ヴァリエかよ!」

 俺がぶつかったのは、桜井の守護霊のヴァリエだった。その彼の周りには、主である桜井も居なければ、誰も居なかったりする。俺と上谷が来るまでは一人で突っ立っていたわけだ。

「どうしたんですか?」

 上谷が訝しげに聞いてきた。

「ああ、そうか。上谷にはこいつが見えないのか」

 そういってヴァリエを指さしながら上谷を見る。彼はしばらく目を細めて、なにやら考え込むような仕草をした後、「いえ、見えますよ」と言った。

「ところでこんなとこで何してんだ?」

 この俺の問いにヴァリエは「フッ、愚問だな」と呟きながら答えた。

「仮にも私は男性だぞ? 守護霊も生前は普通の人間だったからな」

 それを聞いて俺は納得。

「じゃあここで真も待っててくれよ。ちょうどいいだろ?」

 眠そうに目をこすっていた真は、ヴァリエの隣にとん、と座り、「はやく戻ってきてね」と言い、転寝を始めた。ちなみに霊にとって睡眠はただ怠けているだけなので心配ない。

 その後、バスタオルを持って来た秋元と合流して浴場に向かった。


「よし、ここで一発男の真剣勝負だぁ!」

「黙って入れねぇのかお前は……」

 室内の大浴場は、俺と上谷、そして秋元を除いても数人しか入っておらず、割と快適に過ごしていた。湯は、おそらく温泉では無い気がするが、雰囲気だけでも楽しめるように、いたるところに工夫がされている。たとえば、何気に浴槽が岩で出来ていたり、湯はかけ流しで、浴槽の床に循環溝が無い。

「いいじゃねぇか。ここは誰が最後まで入っていられるかの勝負だ。いいだろ? な、上谷」

「そうですね。やりましょう、せっかくですし」

「なにが、せっかく何だか……」

 こうして謎の三人の漢の真剣勝負が勃発した。


 ―――結果。


「どうやら秋元君の一人負けですね」

 そう言う上谷が、とりあえずタオルで扇いでいる秋元は、脱衣所のベンチに横たわっていた。

「のぼせるとか……お前は本当に……」

「京平、……それ以上は……クソッ、俺の体が万全だったら、……」

 その後、喋らなくなった秋元を学校指定ジャージに着替えさせ、部屋まで上谷と一緒に運んだ。

 部屋に戻っても、秋元は復活しなかった。

「そうですねぇ……何か冷たい飲み物でも買ってきてもらえますか?」

 上谷は秋元の脇に座りながら団扇で扇いでいた。

「仕方ねぇなぁ。ちょっと行ってくるか。確か自販機があったな」

 

***


「えーっと、スポーツドリンクがいいか……?」

 自販機の前で俺は悩んでいた。

「いや、しかし……のぼせた野郎にきつ~い炭酸を飲ませるのもなかなか……」

「……ちょっと、」

 真剣に俺は悩んでいた。

「実は酒を混ぜるなんて楽しそうだな」

「そこのあんた、」

 もしかしたら秋元の事で今までに無いくらい悩んだかもしれない。

「やっぱり……ホットコーヒーだな」

「人の話を聞きなさいよぉ!」

 、ぐいっと、俺のジャージの襟を引っ張られて後ろを見る。するとそこには俺より頭1つ背が低い藍那が守護霊のリリスを引き連れて立っていた。彼女は他クラスなのでこの見学旅行中には会っていなかった。

「なんか用か? 俺は今、頬を高揚させて、ホテルのベッドで寝ている男を虐げる方法を熟考していたところなんだ」

「へんな言い方するな! ……用って程でもないけど……」

 どうやら些細なこと過ぎて言いにくいらしいのか、口篭もってしまう藍那の顔をじっと見つめながら話を待った。

「……なんかさっき外の山の方に妙な影が見えたんだけど……」

 ようやく口にした言葉は、微妙に些細ではない気がした。

「影って……まさか、悪夢とかじゃないだろうな?」

 それならなるべく早めに何処へ行って欲しい。せっかくの旅行を邪魔されたら洒落にならないからな。

「うん……よく見えなかったけど……だから、確認しに行こ」

 確かに、この山にもヒシカ率いる悪夢軍団が潜んでいたりしたら恐怖を覚える。早めに確認して場合によっては退治した方が、自分のためにもいい気がする。

「でも確認ぐらい一人で行けるだろ……? 戦いになったとしてもよほど数が潜んでない限りリリスが勝てるんじゃあ……」

「う、うるさい、念のためよ!」

「ふーん、」

 暗いところが怖いのだろうか。


「あー、わかったよ。どうせ行くならさっさと行こうぜ、夜中になったら外に出るのも大変だろうし」

 厳密に言えば、もうホテルから出るのも禁止されている時間だが、まだ教師達も見張りに徹しておらず、ホテルのフロントさえ抜けてしまえば外に出られるはずである。

「おら、真ももしかしたら戦闘があるかも知れねぇから気をつけろよ」

「むー、戦闘が始まったら危ないのは京平でしょ」

 まだ子供状態の真は少し頼りないが、それでも敵がくれば、本来の力を発揮できるし、リリスも居るから大丈夫だろう。

「ほら、早く行くんでしょ?」

 藍那に催促され、俺たちは人目を避けつつホテルを出た。


 初夏の夜の風が心地よく、俺たちの肌をなでた。

 月の光が、照らした。

 今日は満月だった。









そろそろ・・・・がんばります。

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