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第三十一話 「いざ本殿へ」

 森の中は、一切人間が手を加えていないような乱雑なところだった。そこをリリスが先頭に立ち鞭で立ちはだかる悪夢たちを薙倒す、その後ろを俺が藍那に手を引かれながら追いかけ、しんがりを真が勤めている。

 敵の悪夢たちは、森の奥の暗闇から依然として湧き出てくるが、それでも最初と比べればましになってきた。

 それよりも一番の問題は、神社のある山から降りる方向ではなく、さらに奥に向かっていることだ。これは何者かに仕組まれていたわけではなく、ただ囲まれてから逃げ出す方向が山の奥でそちらにしか逃げ道がなかったからである。とにかく敵から逃げるためには、走るしかないのだが。

 

 逃げ出す過程で上谷とはぐれたのが惜しい。山道は街灯などないので基本は真っ暗闇になるが、真の炎があるおかげで、進行方向の一メートル先までは見える。だが、足場の悪い森の中、どこに潜んでいるかもわからない敵に警戒しながら進むのは困難な状況だ。それに道なんてものは当然なく、自分達が今どこに居るかもわからない。

 リリスが、いきなり木陰から飛び出した悪夢の顔面に鞭を食らわせたところで、真が叫んだ。


「待って、後ろから追手が来てない。撒いたのかな?」

 言われて振り返ると、確かに敵の気配はない。少し安堵したのか、藍那が俺の手を離し木にもたれかかった。


「どうする? 下手に動くのも危険だけど」

 藍那はそういって携帯電話を取り出して画面を見た。が、すぐに溜息とともに仕舞ってしまった。どうやら山の中で圏外になっているらしい。俺はというと、特に打開策も思いつかず、その場をぐるぐる歩き回っていた。

 悪夢が大量にこの山に潜んでいたということは、必ず何かあるはずだ。少なくとも、藍那が所属しているサークルで言われている『思考を持つ悪夢』、いわば上級悪夢と言ったところか、そいつが潜んでいるだろう。ならばやはりその親玉を叩かなければ、意味がない。


「ボスを捜しに行こう。とにかく上谷と合流しないとな」

 上谷には謎が多い。いや、まだ知らない事だ。それを聞きに行かないと……信用は出来ない。

 その時、ぐるぐる歩いていた俺は何かを踏んだ。見てみるとそれは先ほどリリスが蹴散らした悪夢だった。よく見るとその顔は……


「うげっ……何だこれ……」

 卵の殻のように割れていた。頭蓋骨の中身は空洞になっていて、内部からは滑らかな乳白色の陶器みたいな質感があった。その中心部に明かりのない炎が灯っていた。その炎はどことなく真の明かりに雰囲気が似ていた。


「それは霊力ね。おそらく……この悪夢の本来の形」

 横合いからリリスが顔を近づけて囁いた。

「本来の形?」

「そう、この悪夢たち、皆同じ外見をしているでしょ? それは本来ありえないのよ。人間の顔が皆違っているようにね。だからこの外見は何者かによって作られた人形みたいなものね。それで中に入れられている炎は本来の形から無理やり姿を変えられ押し込まれた可哀想な悪夢よ」

「これが悪夢……すごく小さくないですか?」

「どうやら、切り刻まれてるみたいね。これだけ大量の悪夢を作り出すには、1つの人形につき一体じゃ悪夢が足りないわ。一体の悪夢を幾つにも分割して、人形に宿らせるのよ」

 そう聞くと恐ろしくなってきた。たくさんの同じ顔をした軍団は、一体を切り刻んでたくさんの人形に宿らせる。可哀想な悪夢だ。


「こんなところに居ましたか」

 辺りの木々を押しのけて、横合いから上谷が登場した。その後ろをぬぅっと憑いて来たのはマリオネットだ。どうやら無事、悪夢軍団から逃げ出すことが出来たみたいだが、着ている服にはあちこちに弾丸の傷跡がある。中には直撃したものもある。


「怪我は大丈夫か?」

「ええ、どうやら鉄の玉ではなく霊力を打ち出しているようです。しばらくすれば傷も収まるでしょう」

 俺はその余裕な態度から、やはり上谷は霊について素人ではない。すくなくとも俺よりも慣れていることが伝わってきた。


「ねえ上谷君、これからどうするの?」

 藍那が話しに入ってきたので俺は話をするタイミングを逃してしまった。まあいい、後で聞けるだろう。そんなことよりも重要なのはやはりこれからの行動についてだ。上谷にも考えがあるらしい。


「実は、この神社は昔、もっと山奥にあったようです。神主さんの話によりますと、現在の拝殿は人が訪れやすいように後からこの位置に作り直されたとか。」

「で、それが一体なんの関係があるんだ?」

「そもそも悪夢がこの神社に訪れた原因は何だと思いますか?」

「う……(なんで質問に質問で返すかなぁ)なんか宝具でもあるとか」

「パワースポットとかかしら?」

「惜しいですね、両方の間と言ったところです。」

「どういうことだ?」

「霊を惹きつける何かが、旧本殿にあります。そこからは微弱ながら霊力を放出しています」

 つまりそれによって悪夢はやってきたのか。それに上級悪夢に成り上がったのもその放出された霊力でパワーアップしたと考えればおかしい話ではない。事実上ではあっているが、俺はどうしても腑に落ちないことがあった、それは得意げに説明している上谷について。


「どうしてそんなに知っているんだ?」

 俺はそう一言だけ聞いた。その一言は静まり返った森の中、よく響いた。

 上谷は、動揺しているようには見えないが、少し目を細めて表情を固めた。


「そうですね。実を言うと、僕は一度旧本殿に行ったことがあります。今朝朝早くに訪れました。その時は悪夢の大群は居ませんでしたが、一体の悪夢が貪る様に旧本殿の中を眺めていました。もちろんマリオネットに攻撃させましたが取り逃がしてしまいました」

「それで……夜にまた戻っていないか確かめに来たのか」


「必ず奴にはケリをつけたいと思います」

「……よし、じゃあ行くか!」

 俺は少しでも上谷を疑った自分が嫌になった。人間である彼が、悪夢を従えるなんて馬鹿げている。そもそも俺達も彼に守ってもらったじゃないか。

 俺達は上谷の案内で、暗闇の森に足を踏み入れた。


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