7話 悉(つぶさ)に救えない②
「アサヤナギ、くん? ですか?」
「……ん?」
頭上から聞き覚えのない声が聞こえた。
顔を上げるとそこには、緑色の瞳をしたツインテールで茶髪の少女がいた。
美しい雪とは異なり、可愛らしい、という印象を受けた。
彼女は少しモジモジしながら、けれどハッキリとした口調で名乗った。
「あたし、このクラスのクラス委員長と生徒会副会長をしている、ウサミ ヒメノといいます」
「生徒会副会長か。すごいなー」
「まぁ今は、生徒会長が何年も不在なので。ほとんど生徒会長みたいなものです」
なるほど。
この学校は現生徒会長が次期生徒会長を指名して、初めて生徒会長が変わる。
これは世間的にも有名な話だから俺も知っている。
初めて聞いたときはなんか馬鹿げた風習だ、とか怪しそうだしこの学校には絶対行きたくねーな、と思ったもんだ。
だから今、この学校に通っていることも、俺からしたら不自然なのである。
入試を受けた理由は家から近いし公立で学費が安かったから、だったのに思っていたより試験問題が難しくてびっくりしたな……どれだけ難しくても確実に受かる自信はあったけどな。どや。
そして、適当に入学したその学校は県の中でも有数の難関校だったらしく、その上、幼馴染の雪がいたのだ。
全く、人生は本当に先が読めない。
そんな話は置いといて、つまり、生徒会長が次期生徒会長を指名しないまま消えてしまったため、何年も生徒会長不在ということになっているのだろう。
生徒会副会長は普通に、立候補して選挙や成績で決められるからな。
「へぇー。更にすごいなー。
名前、ウサギヒメだっけ? 珍しい名前だな。
漢字はどうやって書くんだ?」
「ウサギヒメではなくウサミ ヒメノです!
苗字はサッカー選手の宇佐美選手と同じ漢字で、名前は多分、想像される通りの漢字だと思います」
中学生になりかけの小学生がそのまま成長したみたいな、幼児性の残る声だった。
声色には若干の怒りが含まれているような気がした。
「悪い悪い。
えっと、想像される通り……ってことは太陽の陽に目覚めの目にNO?」
「はぁ!? 何言ってるんですか!? 最後は漢字ですらないじゃないですか、どれだけ太陽嫌いなんですか…!?
お姫様の姫に人名漢字の乃ですよ」
宇佐美 姫乃は、頭おかしいのかコイツとでも言わんばかりに目をしかめた。この隙にクスッと笑うところを、俺は見逃さなかった。
「あ、ちょっと笑った」
「むっ、うるさいです……。
それは言わない方がポイント高かったです」
「そうですか。
まぁ流石に俺、そんなに馬鹿じゃねーからな。もしそうなら、ほとんど学校来てないんだから、とっくに留年してるよ」
「不登校の自覚あるんですね。特にいじめられていたとかじゃないのに、どうして来ないのですか?」
「まぁ、なんてゆーか、こっちにも色々と事情があるんだよ」
「……そうですか」
一瞬だけ詳しく聞こうとしたように見えたが、その後小さく首を振り、全く興味がないといった態度を作りクルリと背を向けようとした。
俺はすかさず呼び止めた。
「あっ、あと」
「なんですか?」
なんでそんな耳引っ張られた猫みたいな怒り口調なんだよ。
俺怒らせること何もしてねーだろ、おい。
「俺の名前。アサヤナギじゃなくて、アサナギって読むんだ。下の名前もよく間違えられるから一応言っておくが、ツキヨじゃなくてツキヤ。
もう間違えんなよ」
「……なるほど。
あのふざけた漢字は仕返しって訳ですか。意地汚い人ですね。
これだけ悪知恵が働けば、留年しないことも納得です。
あたしは、朝柳くんの生存確認をしにきただけで、ざつだんをしにきたわけではないので。これで」
「ああ、わざわざ生存確認なんてお疲れ様です委員長」
宇佐美は俺を一瞥して背を向けた。
「失礼します」
宇佐美 姫乃、か。
ふわふわした雰囲気とツインテールをした薄めの茶髪、緑色の潤んだ瞳が彼女を可愛さで包んでいる。
けれどーー可愛らしい見た目だが態度や口調は雪よりも断然冷たいな、と思った。
話しかけてくる人もいないようだし、ホームルームまで一寝入りするか……。
登場人物紹介❹
宇佐美 姫乃
profile
・4月12日生まれ ・牡羊座 ・B型
・17歳 ・身長152cm ・学力A 運動能力C
・好きな食べ物はカレー ・嫌いな食べ物はコーン
・趣味は勉学と書道 ・特技は秩序の維持
月夜のクラスメイト。
小さくて可愛い見た目とは裏腹に、性格は厳格で辛口。思ったことをすぐ口に出して言ってしまうため人を無意識に傷付けることが多く、友達もあまりいないよう。
だが、嘘が嫌いで正直な良い人。
次回も乞うご期待!