3話 引きこもりと友達と過去③
それは最後に見た時と変わらない、美しく少女らしい顔だった。
腰まで伸びたサラサラの黒髪を見て、俺は3年前と同じように、綺麗な髪だなーとか、あの前髪はどうやってるんだろう? 巻いているのかな? みたいな疑問を浮かべる。
上に向くことなくまっすぐに伸びた睫毛や、透明感で青みを帯びた、どこか神秘的な瞳も、陶器のような肌も、前と変わってない。
俺は歯を食いしばって決心した。
昔は昔。今は今。大丈夫だ、恐れることはない。
「……無視して悪かった」
目を伏せたまま、ぼそっと俺は彼女に言葉をかけた。
3年振りの、初めての会話だった。
そして、安心させるため優しい口調に変える。
「久しぶりだな、冬咲」
「久しぶりだね、朝柳くん。あと雪って呼んでね」
彼女は嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
決して派手ではないが、もともと綺麗な顔立ちと可憐な雰囲気を持っていた冬咲は、蕾が花になって世に出るように、パッと華やかにみえた。
彼女の長い黒髪が、暗い空に溶け込んでいる。
美しい。その一言に尽きる。
「あ、あと。なんでさっき無視したの? 私、君に嫌われるようなことしたかなー?」
「ぅっ。痛いところをつくな。
さっきは悪かった。本当にそう思ってる」
「もー! 肝心なところが聞けてないよ。
なんで無視したの? 私は君に嫌われちゃったの?」
「……思い出したくなかったんだ。
お前を見ると、嫌でも昔のことが頭に浮かんでしまうから。
でも冬咲、お前は気にしなくていい。俺はもう気持ちの区別がついた。
だから、何も考えず今まで通りに接してくれ」
「そっか。そう、だよね……。
辛かったんだもんね。
私、知ってたはずなのに。
君の、朝柳くんの痛みを知ってたはずなのに。
何も気付いてあげられなくて普通に話しかけちゃった。
本当にごめんね」
冬咲雪は、申し訳なさそうに下を向いた。
その目には少しばかり寂しさが映っている気がした。
お前は何も気にしなくていいって言ったのに。
悪いのは全部自分で、もう他人に迷惑はかけないって決めたのに。
なんでこんなことになってしまうんだろうな。
お前と話すの、だるいとか思ってごめん。
面倒くさいとか思ってごめんな。
俺はいつも、こうやって周りの人に迷惑をかけてばかりで。
自分一人では何一つ成し遂げることのできない弱者で、負け組で、クズで。
ほら、まただ。
負の感情が俺を支配する。
もう嫌だ。
何もかもやめてしまいたい。
みんな俺を忘れてくれればいいのに。
そうすれば幸せがたくさんになるってあの人は言ってたじゃないか……
「……朝柳くん! 朝柳くん!?」
ーーハッ
俺はさっきまで睨みつけていた地面を見返した。
赤い、血だった。
まただ。思い出すと、こうして首元から血が出てくる。
「……。悪い。葉で切ってしまってたみたいだ。気にするな」
「そ、そっか。あっ! もう時間遅いから私、帰るね! 君がぼーっとしてる間に連絡先交換させといたから、いつでも連絡してきてね!」
「あ、ああ」
彼女は上の空の俺を見て、にこっと笑い手を振った。
「また会おうね! バイバイ」
「あ、あぁ。じゃあな」
どんどん小さくなっていく冬咲の背中を、俺はいつまでも見ていた。
「……背、伸びたな。あいつ」
登場人物紹介❸
冬咲 雪
profile
・2月23日生まれ ・魚座 ・O型
・17歳 ・身長157cm ・学力A ・運動能力B
・好きな食べ物は蟹 ・嫌いな食べ物は唐辛子
・趣味は読書とフルート ・特技は作文
月夜のたった一人の友人。彼とは昔よく会っていた。
明るいが大人しくお淑やかな部分もあり、人の機嫌を伺いがち。
みんなに好かれているが、彼女の方から他人に壁を作っているよう。
次話も乞うご期待!