異教の国
謁見の間に行くと中々に体格が良い騎士が膝を折って待っていた。
顔に大きな傷跡があるが、これは戦場でついたのだろうか。体格を見ても、なるほど戦えそうだ。
この騎士以外にもこういった人はたまに来るけど、あくまでも”雑談”をしにきている体をとっている。そうでもしないと”あらぬ疑い”をかけられてしまうだろうし、ほとんどが僕の出来ない事を言ってくる。
この荒ら屋をみてからいってくれ。
ともかく、僕には鎧を纏った大柄な人間を目の前に跪かせて喜ぶ趣味はないのでそうそうに止めていただいた。
僕は部屋の奥にある数段の階段を登り、その真ん中にある登り布が日焼けた椅子に腰掛ける。その足下にはソーマラックが綺麗に整った毛並みに天使の輪の用な光を反射させて横たえた。さながらマフィアのボスが撫でるペルシャ猫だ。
撫でると不機嫌そうにされるので、行き場のない手を肘掛けにおいて頬を乗せる。
さてなんて切り出そう。意識を相手に戻した。
以前に「いらっしゃい、ご用件は」と聞いた所、ザッカリーと爺共々に非常に怒られた。『王らしくない』と。そんな事を言われても、僕は王を見た事がないので『らしさ』を想像するしかない。
少し考えて、頬杖を付きながらちらりとザックレーの方を見ると、何かを察した彼から騎士に声をかけた。
「陛下直々に、そなたの話を聞きたいと」
「ありがとうございます。我が君......おや」
深々としたお辞儀から顔を上げると、騎士はソーマラックに目を留める。
「随分と大きな猫ですなぁ」
ソーマラックは”猫”に少し反応した。多分、気を悪くした。
「猫ではないんだけどね」
とだけ否定すれば、騎士はほぅとかなんとか呟き世間話程度にこう言った。
「さようで。ーーいや見事な色ですな。銀色の毛並みなんぞ始めてみました。そういや、先日も変わった色の動物をみましたよ」
ソーマラックは今度は大きく反応をして、僕を見上げた。
「ロベール、その動物について聞いてくれないか」
早く本題に入りたいんだけど。まぁいいか。
小さく頷いて、騎士の話に乗っかった。
「どんな動物なんだい?」
「ええ、藍色の鳥です」
「鳥......どこに居たの」
「ここから3日ばかり行ったところの、異教徒の市場です。占い師?のような青年が連れてましたよ」
「そうか。僕も今度見に行ってみよう」
藍色の鳥、何の鳥かはわからないがソーマラックが反応しているという事は彼と同じなのかもしれない。
象徴について教えてもらえるかもしれないな......。異教徒の市場ってどの辺にあったっけ。
ぼんやりと考え込んでいると、騎士が本題に切り出した。
「今日は良いご報告がありまして。陛下の国を滅ぼした憎っくきオーゾーレンが、侵攻されておりシュワーブ王含め行方知れずとなっております」
「本当か」
「はい。首都陥落は時間の問題かと」
「侵攻しているのはどこだ」
「バールアナでございます」
バールアナと言えば異教の国か。首都陥落となれば、ここにも影響があるかもしれない。
なにぶん、ここにいるのはシュワーブ王の温情、あるいは”きまぐれ”だ。まぁ、ここ数年の放置から考えると、忘れている可能性もありえるけど。
「いかがしますか」
当の騎士は命じられるのを期待しているそぶりだ。
そんなにされても、何も出来る事はない...ああそうか。
「バールアナについて、詳しい者を知っているか」
情報は力なのだ。
これに乗じて旗揚げを命じて欲しそうな騎士は、期待はずれな依頼に気落ちして帰ってしまった。
ザッカリーはそんな後ろ姿が消えるまで黙って横に控えていた。しかし、本人がいなくなると本音を言った。
「アホですね」
「そう言ってやるな」
「そうですね。オーゾーレンの状況が知れたのは良しとしましょう」
「そうだね。にしても、異教徒の国となると...」
これからを考えると頭が痛くなる。
異教徒からすれば、こちら異教を信仰している存在だ。この館の中で信仰篤い者は居ただろうか。
「信心深い者は...」
「おりませんね。ーーああ、母くらいですかね」
言われてみれば乳母のマチルダは中々に神を信じていたな。
日々の糧を与えられている事に関してのみだけど。
ここには神父も来ないしそっち方面での心配はなさそうでほっとした。
そうなると気になるのはバールアナの状況だ。
「ザッカリー」
「はい、先ほどおっしゃっていた『バールアナに詳しい人物』ですね。手配致します」
と良い笑みをみせたので、何かアテがあるようだ。
すぐさま対応するというように、足早に部屋から出て行ってしまった。
残された僕は、その異教の国を考えてから、その前に耳にした異教徒の市場を思い出した。
ここから3日程行った所...侵攻と照らし合わせても同じ系統の可能性が高いのではないだろうか。
シュワーブ王も今ならこっちの方をみている余裕もなさそうであるし、行動をするなら今しかなさそうだ。
「ソーマラック」
呼びかけると足下の獣は直に耳を立てた。
「どうした」
「明日から外出だよ」
どこに、とは言わないでもわかるだろう。
相手もそれを聞き返してはこなかったので、場所は伝えなかった。