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名前

「そう言えばお前の名前はなんと言うのだ」

この館にソーマラックがきて3日目に、そう問われた。思い返せば名乗っていなかった気がする。

「亡国とはいえ、曲がりなりにも王の事を”お前”と呼ぶのは気が引ける」

「そうかい?別に良いけど。名前で呼ばれる事がほとんどないから言い忘れていたよ。申し訳ない」

「で、なんというのだ」

「ロベール・リネアトゥス」

「そうか、では今後ロベールと呼ぼう」

ソーマラックはそう決めたようだった。ロベール、と静かに響くそれは、耳障りが良かったが妙な感じがする。くすぐったいほどの親近感があるし、なによりも自分が呼ばれても返事をするのを忘れてしまいそう。これまでにそんな風に自分を呼ぶ人はいなかったから。

そんな僕の感情はたやすく見抜かれたようで続けて付け足された。

「おや、嫌なのか」

「嫌ではない...というか」

気恥ずかしいが一番的確である。

そんな風にわき上がる感情は我ながら気持ち悪く、耳が慣れていないとしか言えなかった。

とりあえず、こそばゆいのである。

「...初めてな気がする。名前で誰かに呼ばれるのは」

「そうか。しかしお前の名前だろう」

その指摘にはっとさせられる。確かにそれが僕の名前なのだ。

むしろ今までが可笑しいのかもしれないな、思わず吹き出すとソーマラックは変な顔をした。

「おかしな奴だ」

「申し訳ない、別に君が呼ぶのが可笑しいとかではなくて」

ひと呼吸置き、息を整えて続ける。

「僕の頭が可笑しいと思ったんだよ。ああ、確かにそれが僕の名前だ」

「では早速呼ばせてもらう。ロベール、誰か来たようだ」

と言われ、入り口の方を向けば、側近のザッカリーがノックをした。

「陛下、訪問者が来ております」

「訪問者?先生かい」

「いいえ、国があった事は近衛兵の一部隊を率いていた人間です」

「近衛?何の用だ」

「嘆願の類いではないでしょうか?」

告げられた台詞に、嫌な予感がして僕は扉に近づかないでいると、ソーマラックが早く開けてやれと言わんばかりに背中を鼻先で押すので渋々扉を開けるはめになった。



訪問者は謁見の間に来ているそうなので、僕とザッカリー、そしてソーマラックと連れ立って長い廊下を歩いていた。

ザッカリーは優雅に尾を揺らし歩むソーマラックに目を留めた。

「こちらが、先日御使えとなった豹ですか」

「ああ」

「母が驚いていましたよ。ハンバルトさんも」

「だろうね」

曖昧に返事をしながら、僕はザッカリーに象徴について何か知っている事はないか質問しようと思った。

「ときにザッカリー、君は象徴のおとぎ話を知っているかい」

ザッカリーはその言葉に反応して、僕とソーマラックを何度か見返した。

「こちらの豹が”そう”だと言うのですか」

「らしい」

「昔、祖母から寝物語で聞いた程度なので詳しくは存じませんが...聞く所によると、王朝の始祖は象徴と共に国を興したそうです。具体的にはわかりませんが、名君の横にはそれは美しい動植物が側にいる物だと。ーーそう言えば、こちらの豹も見蕩れる程の姿ですね。銀色の豹など初めて拝見しました」

「そうなのか?ソーマラック」

「ロベールがそれを望めば。しかし私の持っている力は、あまり統治には向かない。」

”向かない力”?どんなんだ?

豹と言えば、速く走れると聞いているが...間違いなくそれだけではなにもならない。

「どんな力なんだい?」

前回誤摩化された事を思い返し、今度ははぐらかせないようにソーマラックの目の前でしゃがみ、顔を近づけた。

ソーマラックは少しもたじろぐ事もなく、今度は口を開いた。

「我々象徴には、昔から人間につけられた意味合いがある。それにちなんだ物だ」

「具体的には?」

魔法でも使えるのだろうか?だとすれば面白そうけれど、おおっぴらにすれとここで生きて行けなくなる。

もしかしたら危険分子として、体の良い罪状をつけられてしまうかもしれないな。

辺りに静けさが広がり、僕が生唾を飲み込む音が響き渡っているように思った。

緊張した僕を見てソーマラックは少し考えるように瞬き、それから首を傾げた。

「おかしな奴だ。我々にそれを与えたのは人間達だ。私から言うのは少し道理にそぐわない」

「どうすればわかる?」

「...紋章官にでも聞けばわかるだろう」

この答えは、教えたくないのではなく言いたくない内容なのだろう。

だからこれ以上の追求を続けるのは不躾だな。では調べるしかないーーが紋章官とは僕が望んで会える物なのだろうか。


気を取り直して、豹と真剣に話す(客観的に見れば僕が盛大に独り言を言っている)状況に、不思議そうな顔をしているザッカリーの方へ向き直った。

「待たせたね。では謁見の間に行こうか」

ザッカリーは少し心配そうな眼差しを向けている。

そりゃあ、主が動物と真剣にお話ししていたら驚くだろう。初日の爺達の様子を見ても、ソーマラックの声を聞けるのは僕だけのようだし、これは中々不便だ。直近の作業として、ソーマラックと僕以外の人間とのコミュニケーションの取り方を考えなくてはなぁ。

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