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契約

無駄に広い僕の館。ホント、無意味に広い。人間が多ければ意味はあるのだろうが、10人程度しか住んでいないのに先ほどの謁見の間や食事の間、図書館や客室に控えの間などなど大きさだけはそれなりにあった。しかし古い。非常に古い。


作ったのは僕の先祖で、100年以上も前のらしい。古いだけあり装飾は随分流行遅れであったし、すきま風も当たり前。よく歩く廊下の真ん中は床が壊れている上に、雨漏りする所もある。つまるところ、廃屋に近い。おそらく父も母も息子がここに住む等と予想もしていなかったに違いない。


側近の爺や家来は、ことあるごとに嘆く。

「ああ、我が王。何とお可哀想に」

暗い部屋の中で手元がよく見えないので、蝋燭を1本だけつけて手紙を書けば、乳母が現れて

「こんなに暗くお寒い場所にいらっしゃるなんて。ホットワインでもお出し出来れば良いのに...」

と年老いて皺が増えた手で僕に温かい湯をくれる。

食事を食べていれば

「こんなにも見窄らしい食事しかご準備出来ず、心苦しい」

いや、美味いけど。うちの料理人は中々腕が良い。世辞でも料理人の為でもなく本心からそう言えば

「このような粗末なお食事を美味しいとお思いになるなんて、亡き王とお妃が聞いたらどれほどお嘆きになるか」

そう涙を流して、盛大に鼻を噛む。


こんな日々。有り体にいえば、あまり金はない。なので僕が突然豹をつれて歩いていったら、その食費については問題になるかもしれない。

僕は早計だったかもしれないと悩んでいると、ソーマラックは言った。

「ここがお前の城なのか。随分と古いが......立派だな。お前は王族か何かか」

「王族って言えるのかなぁ...国自体は僕が生まれてすぐに無くなってしまったから」

「復興を考えはしないのか」

「生きているだけでもマシだよ」

「そうか...お前は変わっているな。ーーにしても古いが丁寧にされているな」

ソーマラックは崩れていた床を丁寧によけて歩きながらそう褒たので、家人達の努力が認められたような気がして僕は微笑む。

そう、古いがこの家、そして家の人間には愛着があるのだ。側近達が色々心配してくれているのは幸せだと思うが、特に問題を感じてもいない。生まれてこのかたこの館しか知らないので、この生活がデフォルトなのだ。

なによりも、亡国の王なんて生きていられるだけで御の字だと思う。

いつ終わりが来るかもわからないのは事実であったけれど、今は平穏なのだ。



爺達がおとぎ話のように聞かせてくれた”事実”によれば、亡き父までが納めていた国は、長い歴史と華やかな都、栄華を極めに極めた王国だったそうだ。長く続いた王国に良い王の納める土地は、随分前に国力のピークを迎え父の祖父の代にはすでに下降が始まっていたが、それでもなお成熟した文化に囲まれた日々を送っていた。

余談になるけども、とある国の歴史学者は国をこう評した。

『なだらかに繁栄を迎えたが故に、滅ぶまでにも時間がかかる』

この台詞を教えてくれた家庭教師は、「その歴史学者が生まれた国の方が先に滅びましたがね」と可笑しそうに笑った。


そんな王国の転機は僕が0歳の時、新興国に攻められたことだ。

平和ボケしていた我が国はあっけなく滅んだ。下り始めた時期を考えれば、それでも随分生きながらえた方なのかもしれない。

その当時我が国は王と后であった父も母も、既に伝染病で亡くなっており、0歳の僕の摂政をしていた宰相(爺も乳母もこいつが大嫌いだったそうだ)が国を治めていたので、処刑されるたのは宰相だけで済んだそうである。

僕の記憶には残っていない人間なので、純粋に酷いと思ったのだが、かなり独断な政治政策をしていた宰相は、家臣そのほか有力貴族に疎まれていたので、この処刑を喜んだ人間も多かったと言う。

さて、摂政は殺されたがこの新興国の王は中々に温情深く、0歳の僕については地位及び領地の取り上げと首都にあった城から出て行き、この廃屋で大人しくしていれば命は助けてやると言ってきたそうだ。そして乳母や爺、限られた側近達だけでこの荒れ果てた場所へ移り住んできたそうだ。

そこで14年あまり、本を読んだり、手習い程度に剣をふるい、狩りをして生きてきた。

暇で暇で溶けそうだった。そんな中でこんなにも変わった出会いがあったら興味を持っても仕方がないと思う。



そんな身の上話をソーマラックにざっとしながら、食事の間に到着すると、既に質素ながら綺麗にされたテーブルの上に夕食の準備ができていた。いつも通りに中に入ると、入り口で待っていた爺が目を丸くした。

「陛下...それはどうしたのですか」

それ、とソーマラックを指差し、突然現れた猛獣によっていつもは諭すように落ち着いて話す爺の声が震えているのが興味深かったので、わざと軽い感じで答えた。

「ああ、これは『ソーマラック』。さっき知り合ったんだ」

「犬猫とは違いますぞ。どこで見つけたんでしょうか」

「謁見の間に謁見に来た。気に入ったから仕えてもらおうと思っている」

「・・・ははぁ」

と、普段はあまりしない偉そうな口調をした所、爺は感心したように息を出した。こういった口調をすると『お父上に良く似ていらっしゃいます』と爺は喜ぶのだ。

「して、こちらの御仕えには何をご用意しますか」

「ソーマラック、君は何を食べるの?」

「食べるとすれば肉だな」

「肉だそうだ」

「生でしょうか、調理でしょうか」

「どちらでも」

爺の問いにソーマラックは答えるが、その声は爺にはわからない様子なので僕が伝言をした。

「どちらでも良いらしい」

その答えに爺は少し考えてから頷き、いつも通り僕の椅子を引いて席に着かせると、奥に消えていった。

なんか少し気まずい空気が流れ、僕はソーマラックに声をかける。

「さっき言っていた”契約”と”願い”ってどういうこと?」

「『私の”願い”を叶えるという』契約と報酬として『願いを叶えられる』というのが、我々と契約者の決まりだ」

「どんな願いでも?」

「らしいーーがよくは知らない」

僕の問いかけに、ソーマラックはばつが悪そうにこちらを向かないで答えた。そして続ける。

「私の契約者が私の願いを叶えた事はないからな」

『...そんなに難しいのだと、僕では出来ない気がするなぁ』僕は内心そう思った。何分制限の多い人生だ。

「それで、君の願いは何なの」

「ある者に会わせて欲しい」

そう言って、今度は顔を背けずに深緑の目玉2つを、まるで射抜くように真っすぐ見せた。その真摯な様子に『誰に』と聞き返すのは無粋な気がして口を噤む。気がつけば了承の意味で目の前の獣に頷いていた。

そうと決まれば、まずは何を始めるべきだろう。僕は食事が冷めるのも気にせずに、ソーマラックへ矢継ぎ早に質問を始めた。

「ちなみに、象徴って君の他にどれくらいいるの」

「無数に。ただ、こうして人と共にいるのは限られているだろうな」

「全て動物なのか」

「わからない」

「何の為に君たちはいるのか」

「それはお前達人間の方が詳しいんじゃないのか」

回答は曖昧な物が多く、ソーマラック自体もわかっていないのだと判断できた。いくつか質問を繰り返していくうちに、明らかに呆れたような顔をされ始め、心が折れそうになった。そしてこの質問が最後になった。

「君は何の象徴なの」

僕がそう言ったのが早かったのか、ソーマラックの食事が出てきたのが早かったのか。

どちらにせよ、食事が出てきた事でソーマラックは答えるのを止め、目の前の焼いた肉を食べ始めてしまったので、会話はここで途切れてしまったのである。

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