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夏色の神様ノスタルジィ  作者: てば
7/7

食いしん坊の神様

7


「怖かったか?」

透子が尋ねた。

「正直なところ」

シュウが肩を落とす。予想していた通り、透子は先程起こった事も知っていた。どこかで見ていたのか、何かで見ていたのか。「まぁ、無理もないだろうな」と透子がを組み替えて言った。シュウは歩き疲れた足を労わる。

「悪かったな。お使いをしている間は鬼達にはお前の存在が知れている。手を出すのを御法度とは知りながらも、出す者、出さない者がいる。言うなれば、目の前にあるご馳走を横取りしようとしているのさ」

「ご馳走ですか…」

「お前ならどうする?目の前に大福餅が転がっていたら」

「……食べません。そもそも大福餅って俺の事ですか?そんな道端に大福餅が転がってても普通の人は食べませんよ」

透子は眉間にシワを寄せてから頭に疑問符を浮かべた。この人は道端に大福餅が転がってたら食べようと言うのか。今の時期は夏だ。とてもじゃないが口にできない。

「いや、丁度お前を大福餅に包んで食べようと思っていたところよ」

透子の銀色の髪の毛を隔て銀色の瞳が見えた。檻に入った豹が何かを見据えた眼差しのように、水分を含んだ瞳に取り憑かれる。

「いいえ、それなら、とうの昔に食べられていると思います。食いしん坊の透子さんなら俺に何も告げずにかぶり付いている事でしょう」

シュウが真っ直ぐな瞳を返す。

「くくくっ……其れもそうだな。その通りかもしれん。頃合いになったら食べようかのぅ」

透子が唇を触りながら言った。薄くぽってりとした小さな唇である。艶めいたように透子は舌でその唇に触れた。シュウの余裕から一変し、心臓が脈打つ。


「…….ッ!」

シュウは自分に変なスイッチが入ったように耳に蝉の鳴き声が遠く聞こえた。

「ご馳走の時間だ」

透子がぐっとシュウに距離を縮める。銀色の髪の毛が揺れ、鼻先がぶつかりそうな位に近くなった。息をすると鼻息が荒くなってしまうのではないかと思って、シュウの息がゆっくりと止まる。

「いえ、お昼ごはんの時間です」

黒鉄が襖の間からこちらを覗いて言った。黒髪が簾のように揺れて何故かこちらに睨みを利かせている。シュウは溜め込んでいた息をプハァッと吐いて透子との距離をとる。

「うっ……わ、うっ!?」

慌てふためくようなシュウの姿を見て透子は下手な笑顔を見せた後に食卓の席についた。



待ちに待った豆腐である。ご飯と味噌汁と漬け物に加えて、白髪葱を乗せた冷奴と生の厚揚げ。美味しい豆腐だからこそのシンプルイズザベスト。

頂きます、の声を合わせた後シュウは冷奴に醤油を垂らして口に入れた。

思ったよりもずっと柔らかく、舌でトロけるような舌触りである。ほんのりと口の中に大豆の風味が広がる優しい豆腐である。

「美味しい」

「別格な」

透子が舌鼓をうつ。

「いやぁ、これを食べるために暑い中でも行く甲斐があるってもんですね」

黒鉄も満足そうである。

豆腐を揚げたもの。厚揚げ豆腐。揚げられた豆腐。シュウは醤油を垂らし、大ぶりに九等分された一つを口に入れる。揚げ物なだけに口に広がるめいいっぱいの油。だがそれに加えて豆腐の甘さ、まろやかさが掛け合わさる。生の厚揚げは初めて食べたが、これだけでご飯のおかずになってしまうだろう。シュウは思わず顔を上げて豆腐屋の正門さんに土下座したい気持ちになってしまった。うますぎる。

「厚揚げってこんなに美味しいんですね……。煮物とかでしか食べた事無かったですけど、豆腐を揚げたものがこんなに美味しいとは」

シュウが旨さに悶絶するよう頬を照らす。

「正門さんのお豆腐は特別なのです。うーん、あの豆腐屋恐るべし」

噛むのが止まらない。

「豆腐ってのは、意外と拘りを持つ奴が多くてな。柔らかい豆腐が好きな奴も硬い豆腐が好きな奴も居る。豆腐も選り好みしてこそなのさ」

透子が豆腐について語る。大豆の味がしっかりと付いている豆腐を食べたはこれが初めてだったシュウは何事も感心せずにはいられない。

「透子さんは何で豆腐が好きなんですか?」

「肴として最高だからな」

「酒…….」



お昼ご飯を終えてシュウは向かいの自宅に戻る。買ってきた厚揚げと豆腐とオマケで貰った豆乳を渡す。待ってましたと言わんばかりの笑顔を見せた後、祖母はお礼を言った。

「嬉しいねぇ、なかなか買いに行けないから、ありがとうねぇ。こんなに貰って、近いうちにお礼返さなきゃね。そうだ、お友達は町のどの辺に住んで居るんだい?」

「いや、お向かいさん。ばーちゃんに言って無かった?」

小学生でもあるまいしいちいちどこの友達なんて説明する事も無いと思ったが、祖母は少し考え込んで口を開いた。

「そうねぇ……お向かいさんはおばあちゃんと変わらないぐらいの夫婦が住んでたんだけど、引っ越されてから顔も見ていないし、今は誰も住んで居ないんじゃないかしら?この辺の近所で若い子って見ないし、もう少し町の上の方とか……?」

「誰も住んで居ない?」

頭が真っ白になりそうで胸が張り裂けそうになる。

「うーん、おばあちゃんずっと住んでるけどここ五年くらい、ずっとよ」

誰も居ない、いや、ここから見えていないわけが無かった。透子と黒鉄が住む家の縁側がいつも開いていたところ、そこに佇む透子の姿を。

シュウは向かいの縁側を指差した。指の先に見えたのは既に閉められた縁側である。気の柵のように格子に並べられた戸がピッシリと締められて静けさを感じさせた。確かにいつも夕方には明かりを灯すことは無かったのを不自然には思う事もあったが。言われて見れば人が住んでいるような雰囲気は持ってはいない。これもまた現実では無かったのだろうか。いや、きっと明日になればまた今日と変わらぬ透子と黒鉄の姿を見れる。彼女達は少しばかり人間とは違うのだから、きっと何かあるのだろう。シュウは口を紡いだ。


「いや、何でもない。俺の勘違いだった。ばーちゃん、気にしないで」

「あら……?そう……?」

祖母がそう言うのだから、現実はそうなのだろう。シュウは無理強いに否定するのはやめ肩の力を抜いた。



夕飯の支度が出来るまでの間に風呂に入り、シュウは自分の部屋から町の景色を眺めていた。やはり夜の町々の明かりが灯っていても、透子達の家は暗く静まり返っていた。狭いこの町の道を車が通って町内を照らす事はあってもやはり人通りがほとんど無く、静かな町だと思う。

シュウの家の周りの住宅街は国道の近くと言う事もあって深夜でも車通りは多く、コンビニや飲屋街への行き来をするサラリーマンや主婦達が歩く姿は至って普通の事だっただろう。街灯も多く、薄暗くて歩けないなんて事は無かった。

この町の商店街に至っては夕方を過ぎればシャッターを降ろしてしまう店がほとんどであった。比べて昼も夜も本当に静かな町である。

薄暗い町をみつめている中で、町を黒い塊が動いているのが見えた。あれは黒猫の姿をしている黒鉄ではないのか。シュウは窓から身を乗り出して名前を呼んだ。

「……黒鉄!」

そう言うと黒鉄はシュウの方を見つめ、再び視線を前に向けて歩き出した。こちらに気付いたのだろうか。黒鉄はトコトコと足を前後させて歩き続ける。

隣の家の囲いに小さな身体を存分に跳ねさせて飛び乗る。家の屋根の上に飛び乗り、瓦の上を歩いてシュウの前に出でだった。猫さながらの身のこなしである。

「……黒鉄か、良かった」

「そんな不安そうな顔をしてどうしたのですか〜?」

黒鉄は窓からのらりと身体を部屋の中に入れた。二タッと猫らしかぬ顔をこちらに向けてシュウの布団の上に腰を下ろす。

不安そうな、いや、不安だったのだろう。黒鉄がちゃんと自分の声に反応し、そして喋ってくれた事にシュウは安心していた。胸をなでおろすような気持ちである。

「普通の人には黒鉄達の姿は見えてないの?」

身体を伸ばして寛ぐ黒鉄に言った。

「いえ、私の姿はシュウさんが見えているままの姿で皆には映っています。ただ、透子様の存在はこの町の守り番。言うなれば神様のような、妖怪のような、そう言う人間達にとってあやふやな存在は……見ようとした人間にしか見えないものなのですよ」

黒鉄が凛とした瞳をこちらに向ける。艶やかな黒に埋もれぬ金色の瞳。

「じゃあ、何で俺には見えたのだろうか?」

「……透子様がシュウさんを気に入ったからじゃないですか?」

黒鉄が大きな欠伸を続ける。

「気に入ったって」

「その辺りは透子様のご判断なので私は決める権限はないですにゃ〜」

にゃ〜と猫らしかぬ猫らしかぬ意地悪そうな顔で言った。さっきから眠たそうに目を細め、自分の前脚で顔を擦る黒鉄にシュウは続ける。

「眠いの?」

「さっきまで町の巡回をして居たので。ううん、私もそろそろ帰って寝なくては」

「透子さん、寝ているんだ……」

「力を使い続ける透子様は早めにご就寝され体力の低下を回避しています故、お昼を食べてさっさと寝ちゃってますヨ」

だから透子の家には夜は灯りが灯らないのか。そして一体彼女は何時間寝続けると言うのだろうか。

「そっか」

「大丈夫、彼方がこの町に居る限り私達は繋がり続けますよ」

黒鉄はそう言って、クァッと欠伸をしてから再び窓から屋根に飛び乗る。

「おやすみなさいませ、シュウさん」

黒鉄が仕える執事のように丁寧に頭を下げたので、シュウはそれに応えるように自分も頭を軽く下げて会釈した。それを見届けると猫らしい振る舞いで屋根から飛び降り、透子の家の囲いの中に入っていった。


おつかいを頼む透子が自分を気に入ってくれていると言うのは内心嬉しかった。いや、透子が美味しい物が食べれれば良いだけならそれはそれで良かったのだ。彼女が美味しそうにご飯を食べる姿が見れるのは心が燻られるように嬉しかった。おつかいを頼まれる事も、少しだけ頼られているような感覚になって待ち望んでいたような気持ちになった。気付けば、ほんの少しだけでも、自分を必要としてくれる事を望んでしまったのだった。

明日が恋しく思える。



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