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夏色の神様ノスタルジィ  作者: てば
6/7

鬼ごっこ


「じゃあ、明日のお昼はお友達の家で頂くのね」

黒鉄がお裾分けしてくれた野菜を使った料理に舌鼓していると、祖母はお茶を湯呑みに注ぎながら言った。


「うん。豆腐屋に行くんだけど、何だったかな?正門?とか言う……」

「正門さんのお豆腐ね、美味しいのよ!ちょっと町の外れにあってなかなかおばあちゃんも買いに行けないんだけど……」

祖母の口調が上がった。やはりこの町では有名で、美味しい豆腐屋なのだろう。

「なら、家の分も買ってくるよ」

「ふふ、ありがとう」

「ついでだし、何個くらいあれば良いのかな?」

「そうねぇ、おばあちゃんとシュウ二人しか居ないからお豆腐と厚揚げと一丁づつ……あればおからも欲しいわねぇ……」

祖母もまた豆腐が恋しいように目を細めた。

「そっか。なら明日行って来る」

「シュウちゃん、ここに来て元気になって来たわね」

祖母が安心した顔で言う。もちろんシュウも自覚はしていた。体重も少し増えてきて、体力がついてきたのが分かる。動いてても疲れにくくなった。喋るのが億劫ではなくなった。余裕が出来たのかもしれない。


「美味しいもの、ここにはたくさんあるからね」


シュウがそう言ってから風呂場に向かうと、祖母は和かにうなづいてくれた。


風呂場で自分の身体を見ても良く分かる。肉も付いて来たし、顔もまだマシになってきたと思う。別に美味しい物を知らなかったわけじゃなかったが、それを欲する気力も体力もなく、何もしたくなかったのかも知れない。あまり深く考える間もなく、気付いたらあんな風になってしまっていたのだから。知らないうちに溜め込んだものが大きかったのかもしれない。


今は、一緒に笑ってくれる透子と黒鉄の姿が自分の心の頼りになってしまっている事は何より自覚している。


心地良く、楽しい気分になる今がもう少し続けば良い。

そう思いながら、シュウは目をつぶった。






「シュウ、黒鉄、宜しく頼んだぞ」


翌日そう言って透子に渡されたおつかい用のがま口財布をポケットに入れて歩き出す。


「手作りの豆腐か〜」


祖母が言う位なのだから本当に美味しいのだろう。そもそも美味しい豆腐って何だ。食べた事がないので比べようがない。それに対して黒鉄が蘊蓄を語るかのような口ぶりでこちらに目線を向けた。


「手作りのお豆腐って言うのはですね、食べると大豆の味がふわぁっと拡がって、甘くて角の舌触りが最高に滑らかでそれはもう何も付けなくても美味しい位なのです」


白いワンピース姿の黒鉄は無垢な少女のように可愛い。お豆腐を買い占めるせいだろうか、猫の姿だと店内に入る事が出来ないからだろうか、どうにも猫ではない黒鉄は少し無邪気さが増すような気がした。


「それって味がしないんじゃ……」

「手作りのは違うのですよ〜!」


いまいちピンとこないシュウは必死に説明する黒鉄を見ても程々呆れてしまう。

今日は多少雲が出ているお陰で気温はそれほど高くもなく、汗が滴りすぎる事も無かった。こうやって黒鉄とトボトボ並んで歩く町並みはいつもと変わらない。石畳が延々と続くように、茶屋街のような家々が隙間無く並ぶ。


「来週になると、お祭りの時期になって、また雰囲気も変わりますよ」

「へぇ、お祭り」


今のままでも充分、情緒ある町並みだとは思う。冷たい風が吹き抜けるような坂の町の造りは人の気持ちも洗い流してくれるようだ。


「この先の酒蔵を左に曲がって、もう少し行ったところです」


黙々と足を動かして、黒鉄の後を追う。

猫の時の姿とはまた違うのだろう。黒鉄も息が荒くなる。

「やっぱり、人間の時の方が体力使うのか?」

シュウがそう言うと、黒鉄はこちらに視線を向けてから一度考え込むように眉間にシワを寄せた。

「こちらの姿をして居て、私が疲れる事はありません。疲れるのはむしろ、透子様です」

「……え?」

彼女は難しい顔をした。

「私がこうやって人間の姿をして居られるのも、透子様の式の力を使っているからです。式を使うのにも力を使います。だから、疲れて居るのは透子様の方ですね……」

申し訳なさそうに黒鉄が言う。引け目がある様に言ったが、シュウには何一つ言う権利は無かった。

「だから、透子さんは身体が弱くて何も出来ないって言ったのか……」


「弱いわけではなく、弱っていると言った方が合ってますかね。だから、私、透子様に美味しいご飯を食べさせたくて」


黒鉄はそうやって努力して来たのだろう。何かを必死で返そうと、そうやって生きてきた。


「俺も、協力するからね」

自分が元気を取り戻しつつある事にも感謝したかった。

シュウが笑うと、黒鉄もまた笑って一歩先を歩く。


大きな酒蔵を抜け、見えて来たのは日よけ暖簾が色濃く映るお店だった。情緒ある町並みから外れても何処と無く雰囲気を醸し出す。家から這い出たような小さな空気孔からモクモクと白煙が上がっていた。

暖簾の脇をくぐって中に入る。大きな冷蔵庫がいくつもあって店内な涼しく、温度差に肌を震わせた。


「あら、可愛いお嬢さんとお兄さん。いらっしゃいませ」


エプロンをつけた気さくなおばさんが店の奥から現れた。冷蔵庫にはパック詰めされた木綿豆腐、絹ごし豆腐、厚揚げ。がんもや豆乳まで並んでいる。小さいスーパーを思わせた。

「へぇ、豆腐屋ってこんな感じなんだ……」

思わず声が出た。

「ははっ、やだぁ〜、お兄さん都会の子?」

それを聞いたおばさんが問い掛ける。

「休みの間だけ、こっちに居て」

「あら〜そうなの!豆腐美味しかったらまたうちに買いに来てね、サービスするから!」

「はぁ、ありがとうございます」

なんだか圧倒されてしまいそうである。黒鉄の家と、シュウの家の分。絹ごし豆腐と厚揚げを買うと、オマケでおからと豆乳を付けてくれた。黒鉄がお会計している間に店内を見ると町内の祭りのポスターが貼ってあるのが見えた。

黒鉄が言って居たのはこれのことだろうか。丁度来週の日曜日。どうやら夏の納涼祭の事らしい。


わざわざおばさんは店の外まで見送ってくれたので、遠巻きに手を振って別れた。


「豆腐って工場で作られてるのかと思ったけど、ああやって個人のお店でもやってるんだな」

「今じゃあまり見掛けなくなりましたね。ただ、本当に!本当に美味しいから!絶対ハマりますよ!」

黒鉄はやけに嬉しそうだった。透子に好きな豆腐を食べさせられるからだろうか。


今度は坂を降りて家に向かう。ゆるやかな坂ではあるが、足取りが少し早くなる。


黒鉄が行きよりも早足で坂を下るので、次第にシュウの足取りは覚束ないようになってきた。そんなに急ぐ必要性はあるのだろうか、シュウは黒鉄の名前を呼んだ。

「黒鉄!そんなに急がなくても。俺、ちょっと疲れて来たからもう少しゆっくり歩いて欲しいんだ」

黒鉄はまた猫の姿の時のように返事をせず、ただ前に進み続ける。

「また無視か?今は別に話しても構わないだろう?」

落胆する声を聞いて、黒鉄は足を止めなかった。シュウの隣に並ぶ様に黒鉄は歩くスピードを少し遅くし、横目でシュウを見つめる。

「なるべく早足で歩いて、後ろを見ないで」

黒鉄が早口で言った。同時に歩くスピードも早まる。


タッタッタッタッタッ…


黒鉄の手が何度か手の甲にぶつかる。


シュウは真面目な顔をして急ぐ黒鉄の顔を見た時、視界に入る白に気付いた。

さっきまで全く気付かなかったのだが、誰かが自分達の足取りをそっくりそのまま似せて歩いて付いて来るのだった。だから今まで誰かが後を付けているとは思わなかったが、とても至近距離で後ろを付いてくる人が居る。否、人でなく。


肝が冷えるとは、この事だろうか。この間の神社の男が合わせ持つような変な雰囲気に飲み込まれてしまいそうになる。

また変な汗が流れる。黒鉄は足を止めなかった。後ろを見ないで、黒鉄はそう言ったのだ、見てはいけないのだろう。

午後に近くなるにつれて日は高く昇り、影は短くなる。


早足の黒鉄がシュウの手を掴んだ。いや、掴まれた瞬間に黒鉄の方に目を向けると、黒鉄の手には豆腐が入った袋が握られて居た。………シュウの手を掴んだのは黒鉄ではない。


瞬間ーーーシュウは手を振り払うように動かす。

しかし手を握った相手はビクともせず、その力の反動でバランスを崩し、ねじ切れるように離された手を抱えてシュウは地面に倒れ込んだ。黒鉄が小さく悲鳴を上げ、二人は後ろを振り返る。


後ろに居た者は神社の時のような、白い着物を身に纏った女の人であった。生き血を通わせない程に真っ白な肌を持ち、絹糸のように細くて白い髪の毛が揺れていた。とても嫌な気が漂う。


黒鉄が倒れこんだシュウの前に立ちはだかる。


「お手付きは一回休みですよ!」


手に持って居たビニール袋を地面に置いて黒鉄は黒髪を靡かせ、白いワンピースを跳ねさせた。


空中横一線に手を振りかざし黒鉄は声を轟かせる。


「黒鉄、三ノ式!音 < オン>を発動する!」


黒鉄が空中を切るように動かし、そう唱えた瞬間に空中に浮かぶように現れた三枚の札のような物。まるで一瞬で何かに包まれたように自分達だけの空間が現実と隔たれたような感覚に陥った。夏の午後に差し掛かる時間、普通だった感覚がまるで一変する。シュウは神社の時のような嫌な気で立ち込めた自身の周りに吐き気を催す位だった。黒鉄は札の一枚を指で振りかざし、それを投げ飛ばすように跳ねさせた。

「ーーー透子様のお使いに手を出そうなんて。万年早いですよ」

黒鉄がそう告げたと思えば、飛ばされた札が一瞬で女の額に貼り付く。額とは言えど、顔を上げられた瞬間に見えたのは人間の顔付きなどではなく、鬼のお面が被せられている。

シュウはその異形の姿に声を失い、尻餅をついたまま身体を強張らせた。

札の貼られた鬼の面はガタガタと震えて、パックリと割れて床に落ちる。

ーーーカランッと乾いた音がした。

お面を剥がされた女は咄嗟に顔を隠し、小さく悲鳴を上げる。

「ニノ式、音」

黒鉄が女を見据えたように小さく冷めた声で言った。

二枚目の札が発動し、閃光のように火花を散らして再び女の腕に貼り付く。顔を隠したままその腕は動かす事なく、女が叫ぶ。

「ーーーヒゃあ、アアアアッ!!」

なんだか耳が痛くなるような甲高い声が鼓膜を響かせる。女の姿は札の光に飲み込まれるように、一刀両断され、夏の太陽の光に紛れるように散った。

女が散った瞬間に立ち込めた空気もまた消え失せる。別空間に仕切られてしまったような身体の変な感覚ではなくなった。黒鉄の周りに浮かんでいた札もまた消えてしまっていた。左右に視界を動かした後、シュウがとめていた息を細く吐いた。

「ッ………すげぇ……」

「シュウさん、急ぎましょう。お豆腐、悪くなってしまいます」

黒鉄がヘラッと何思わぬ顔をしてシュウに手を差し伸べる。それを掴んで立ち上がったシュウは先程まで女が居た場所を見たが、そこに落ちたお面さえも姿も影も何も無くなっていた。あの嫌な気を放つ女の人(人ではないのだろう)もまた自身を食べようと付いて来たのだろうか、シュウは身を震わせた。

先程よりも少しだけゆっくりと黒鉄に手をひかれて透子の待つ家に戻る。歩いていると冷房の効いた部屋にでも居たような、身が冷えていた感覚を太陽によって温められていくような気がした。しかしながら黒鉄に掴まれている指先の感覚はやけに熱く感じる。

「……さっきの凄かったね」

「怖い思いをさせましたね。すみません」

黒鉄の瞳がこちらに向けられた。

「いや、大丈夫。ちょっとビビっちゃったけど」

「あれもまたシュウさんを食い殺そうとして現れた鬼です。」

「お…鬼……」

昔話とかそう言った類いのものであろうか。それが見え、自分の前に現れ、食い殺されようものならとてもじゃないが恐怖でいてもたっても居られないわけだが。

「でも、大丈夫です。私が守って見せますから」

「えっ!?あ……うん?」

女の子に守られる?さりげなく言ったであろう黒鉄の言葉に辱められるような気持ちになったのは、今黒鉄に手を握られて居るからだろうか。シュウはうまく言葉が発せなくなる。

「私、変な事言いましたか?」

シュウが動揺するような素振りを見せたので黒鉄がシュンッと寂しげな顔にうつる。

「あっ……、いや、えっと、手?」

「手?」

シュウが握られたままの手を差し出す。すると黒鉄の顔はみるみる真っ赤になり瞳がウルウルと揺れた後、何事も無かったかのように手を振りほどかれる。

「すみません、シュウさんと居るとなんだかたまに人間の時と猫の時と見境ないような気持ちになってしまって、自分でシュウさんの手に頭ぐりぐり〜〜ってやってるような気持ちになって、いや〜〜その、手が!!!!!!」

黒鉄が新手ふためくように言った。視線がおぼつかない。

「手が?」

シュウが混乱しているような顔をしていたので、黒鉄はハッとした。一体何を言おうとしていたのだろうか。「気持ち良い」だなんて猫の姿じゃないのに、今こんな姿で言うなんてはしたないだろう。黒鉄はまた沸騰しそうなくらいの勢いで歩く足を早めた。




「ただいまです!!!!」

まるで元気よく挨拶するように言った。

「お、おお…」

勢いに圧倒された透子をすり抜けて即座に台所に入る黒鉄。遅れて縁側に腰掛けるシュウ。黒鉄が真っ赤な顔をして行ったのは察したのだろう、透子はシュウの隣りに腰掛けた。



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