手招きさん
ありえないと思ってても、やっぱり怖い。それなのに聞きたくなる。
怪談って、そんなものですよね。
特に幼いころは、そんなのに興味津々だったりして。
今回のは、そんな話です。
桜の季節の少し前、別れが終わって出会いを待つ季節。その何もないひと時は少女を退屈な気分にさせるのであった。
「お兄ちゃん! 退屈。なんか面白い話してよ」
少女は居間で寝そべりながらゴロゴロとうなるのだった。
「子供なんだから、外で体でも動かしてくればいいじゃないか。いつまでも寝そべってないでさ」
兄は新聞の向こう側から、面倒くさそうな声で返した。取り合う気はないらしかった。
「いーじゃんゴロゴロしてても!お兄ちゃんだって全然運動してないもん。オアイコサマ? ってやつだもん」
「僕はいいんだよ。新聞はためになるの。世の中のことを広く知っておくのは大事なことなんだから」
「うー、またそういうことばっかり…… ムズカシー事ばっかり言うお兄ちゃんはキライ!!」
そう言って、まだ幼い少女は拗ねたように膝を抱いた。兄は顔は新聞で隠れたままだった。
しばらくして、一通り目を通し終えたのだろう、兄は新聞を畳み机の上に放った。妹は相変わらず、縮こまって拗ねていた。
「やれやれ」
少年は妹を眺め、小さく声を漏らした。厄介に思ったのか、はたまた愚図つく妹が可愛らしく見えたのか、兄は折れたようであった。
「面白い話と言われてもな、どんなのが聞きたいんだ? 試しにお手本をみせてくれよ」
兄は妹にこう問いかけた。妹は、しばらく団子状に丸まった体を動かそうとはしなかった。拗ねているアピールだろう。いじらしい少女である。しばしの間、やわらかな時が流れた。兄が二言目を紡ごうとしたその時、妹がコロンと転がった。そのまま腕を解き、胡坐をかいた。
「じゃ、こっち来てよー。しょうがないから私がお手本してあげる」
妹は手招きしながら、得意そうに言った。兄は渋々立ち上がり、妹の側へ向かった。
「胡坐なんてかくもんじゃないよ。女の子なんだから」
兄がたしなめた。
「いーの! 楽なんだもん」
妹はふくれ面で抗議した。彼女は胡坐を解く代わりに、細い腕を前につき、大きく身を乗り出して言った。
「今からお手本するから、黙って聞いてること! いい?」
「わかったよ」
兄は苦笑しながら妹の頭に手を置いた。
「こら! 子ども扱いするな!」
その手を払いのけて妹が吠えた。ふくれ面がどうにも怖くない。むしろ可愛らしいのが祟って、兄は面白がっていた。埒が明かないと思ったのか、妹は急に正座を始めた。
「もう……始めるからね? ちゃんと聞いてること!」
少年は笑って頷いた。
「友達から聞いた話だよ。都市伝説らしいんだけどね? 街角の廃工場の話って聞いたことある」
「廃工場って、歩いて十分くらいのとこの? 知らないな」
少年は軽く首を傾げて見せた。
「そう。そこなんだけどね。夕方は近づいたら危ないんだって!」
「夕方?」
「そう、夕方。夕方になるとね、お化けが出るの。【手招きさん】ていうお化けが」
「また随分と弱そうなお化けだな」
少年は馬鹿にしたように笑う。
「違うよ! 怖いお化けなんだよ、すっごい危ない人なの」
少女は語気を強めた。
「どんな風に?」
「えっとね……ついて行ったら帰って来られなくなっちゃうの!」
「どこに出るの?」
「廃工場の入口だよ! 夕方になると入口の辺りにね、私位の背の人が出てきて、コッチコッチって手招きするの」
「それでね、それを見ちゃうと体が勝手に動いてついていっちゃうの。そして工場の中に入っちゃうと、そのまま二度と出て来られなくなるんだって!!」
少女は随分と興奮している様子で、体は徐々に前に傾むき始めていた。
「そのお化けは人なの?」
「どうなんだろ、足はあるらしいから人みたいだけど、人の形のお化けだと思う」
少女は少し悩みながら返事をした。
「ふーん……確かに怖い都市伝説だな。でも、なんでそんなことするんだろうね?」
少年は何か思うところのあるような顔をしながら、こう呟いた。
「なんかね、手招きさんは友達が欲しいんだって。手招きさんは、すごく寂しがり屋だから、ついてきてくれる子を捕まえたら、絶対帰らせてくれないんだって。無理やり帰ろうとしたら殺されちゃうみたいだよ?」
「また物騒な……とんでもないお化けだな。手招きさん。」
「でもねでもね、可愛いところもあるんだよ、手招きさん。なんでもとっても恥ずかしがり屋さんだから、人がいっぱいいると出て来ないんだって。だから、手招きさんに会うには、一人で行かなきゃだめなんだってさ」
「一人で……か」
少年は不思議そうな顔をして呟く。向かい側の少女も少し悩んだような顔をして彼に続けた。
「変だよね? 一人で行かないと会えないのに、ついて行ったら帰れなくなっちゃう。ムジュン?してるもんね」
「うん……そうだよね」
「うん! 私もうーんってなったけど、やっぱり都市伝説、作り話なんだよ! けど面白い話だよね」
少女は一人納得したらしく、満足気な笑顔を兄に向けていた。
「あっ……」
少年は長いこと難しい顔をつづけた末に囁くような声を上げた。
「ねぇ、つぎ……」
少女が言いかけたところで、兄の声がそれを遮った。
「もしかしたら、ホントの話なのかもね」
少年は少し悪戯っぽく笑っていた。
「えっ?」
妹は何を言われているのか解せないらしく、目を丸くしていた。
「その友達にイジワルはしない方がいいかもね」
少年は尚も、意地悪な笑みを浮かべていた。
「えっ、どういうこと? イジワルなんてしないけど……なんで?」
少年は愉快そうに笑っていた。
「笑ってないで教えてよ~ 私ムズカシーことは分かんないから!!!」
少女はめい一杯ほっぺたを膨らませて、今日一番のしかめ面をして見せた。相変わらず、さっぱり怖くないしかめ面なのであった。
超短編でした。
会話書くのが、かなり苦手でして、今回は苦労してました。
感想、助言等頂ければ幸いです。