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第90話 魔導竜、参戦!

 

 ゆらゆら光の精霊は宙を漂い、柔らかい光を送ってくれる。

 おかげで地下であろうと視界に困ることは無く、僕らはのんびり過ごせるわけだ。


 ここは古代迷宮の一層にある個室で、ひとつのテーブルといくつかの本棚に囲まれている。

 空気循環などの仕組みにより埃はなく、そこらの宿屋より快適かもしれない。そういう理由で頻繁に休憩場として活用している。


 古代語の読める僕らにとって、神秘の詰まった書物は良い暇つぶしになると思う。しかしそれを手にするでもなく、少しだけドキドキしながら2人して壁を見つめている。タネも仕掛けもない、どこから見てもごく普通の壁をね。


 やがて、ズズ……と壁に黒い染みは広がり出す。

 闇よりも深い黒色は軽くホラーであり素直に怖い。けれど見つめる僕らは、この瞬間をとても楽しみにしていた。


 ちゃぱり、と女性的な指先が現れ、そして左右の壁を掴む。ぐぐと闇は盛り上がり、そこから笑みを浮かべた魔導竜、ウリドラは姿を現した。


「うむ、待たせたのう! わしが来たからには……あわっ!」


 わっと僕らは声を上げ、久しぶりの彼女へ抱きついた。

 もちろん異性に抱きつくのは問題だけど、割と頻繁に抱き合う仲なのだし――と言うといかがわしいな――ともかく僕らにとってさほど問題ではない。


「久しぶり、ウリドラ! あれ、少し顔色が悪いかな?」

「まあ心配! ほら、少し早いけど食事にしましょう!」


 どこの世界に竜を気遣う子がいるのだろう。ぽかんとした顔をウリドラはし、それからおかしそうに笑った。人々から恐れられる存在かもしれないけれど、いまの柔らかな表情を見ても魔導竜とは思わないだろうね。


「ふ、ふ、驚いた。竜たるわしがこれほど嬉しくなるとはのう。んん、もう少し匂いを嗅がせるのじゃ。半妖精エルフ、それにうつつを知る人間よ」


 ドレスを払い、膝を折ると彼女の整った顔立ちはすぐ目の前だ。すっと通る鼻は理想的に高く、黒曜石によく似た瞳は竜を思わせる。

 たおやかな腕に抱きすくめられ、ウリドラのすべすべの頬は押し当てられる。ふわりと彼女の香りを久方ぶりに覚え、そのせいで少女はくすんと鼻を鳴らす。


「私も、うれしいっ……。けど、そんなに喜ばれたら泣きそうになるからやめてちょうだい」


 小さくウリドラは頷き、そしてまた静かに瞳を閉じる。

 目に涙を溜めた少女へ鼻をこすりつけると、ひっくと少女は喉を震わせた。たぶん2人は寂しい思いをしていたのだ。手に触れあい、言葉を交わすエルフと竜は、それはそれは楽しい日々を過ごしていたからね。


 しかしまるで異なる種族だというのに、どうしてこれほど仲が良いのだろう。伝承を聞く限り、異種族というのはほとんど交流しない。そもそも文化も考え方も違う存在同士なのだ。

 その疑問はひとまず置いておき、彼女へ話しかける。


「ウリドラも来てくれたなら、後は楽しく遊ぶだけさ。週末の天気がもし良ければ、グリムランドへ旅立つということを忘れてはいけないよ」

「ふむ、そうじゃった! 人の世が生み出した恐るべき娯楽施設という噂を聞く。金銭を盗んでしまう魑魅魍魎の住むテーマパークとやらを味わうかのう」


 うん? 何か情報がおかしい気もするな。まあいいか、それほど間違ってもいないし。

 いつの間にやら少女も落ち着いており、クスクス笑いながら3人の揃う懐かしい空気を楽しんでいた。ウリドラはそれを分かって、あえて冗談を言った気も……あんまりしないか。


「そういうわけで僕らは迷宮攻略、それから日本でダラダラ過ごすからね。ちなみに今回は協力レイドをするから2つの隊からそれほど離れちゃいけないよ」

「ふうむ、道中に相談していた作戦とやらを聞かせるのじゃ。ああ、ついでに早めの昼食とやらをいただくかのう」


 うん、そうしようか。そういえばウリドラの使い魔は、雨を嫌がって出て来なかったから、道中に話していた事を知らないんだっけ。


 カバンから袋に入れた食材を取り出し、そしてマリーはおなじみの石の精霊達を呼ぶ。これがまた地味に便利で、鍋の足元へ置く手ごろな石をわざわざ探さないで済む。

 用意していたスープを鍋へ注いでいると、マリーは代わりに説明を始めてくれた。


「階層主シャーリーが出てくるまで、すぐ駆けつけられる距離をとりあえず保つわ。今は冒険者ギルドなどの勢力が加わっているから、彼らへ説明しているところなの」


 まあ僕らは国外からの参加だし、彼らの仕事には踏み込めないからね。それが済むまで好きに過ごして良いらしい。


 ブンという鈍い音、それに青白い光に振り向くと立体地図をマリーは映し出していた。これは再突入の際、再配布された代物だ。ちなみに今回の追加メンバーには機能制限した魔具を配っている。

 立体地図に浮かぶ白い光源を僕は指差した。


「この強い光は通信を登録リンクしている隊……ゼラさんとドゥーラさんだね。全体ではなく、相手を特定して会話もできるよ」

「ふむふむ、わしの使い魔も世話になったし後で挨拶をしておくかのう。あれはなかなか良い寝床であった」


 本当に、と僕らも同意するよ。お金持ちは寝床まで贅沢なんだねぇ、と当たり前のことを思ったものだ。


「そういえば財宝は分け前をくれると言っていたかしら。幾らくらいかゼラさんから聞いているの?」

「あ、確か白金貨2枚と言っていたかな。といっても貨幣なんて……」


 ちょうど水筒を飲んでいたマリーは、ぶう!と吹き出しかけた。けんけんせる様子に、僕とウリドラは小首を傾げる。


「どうしたの? それよりほら、火の精霊サラマンダー出してくれないかな。そろそろ鍋を温めたいんだけど」


 などとお願いをしても、少女は呼吸を整えることに必死だ。それほど驚かせることを言ったのだろうか。


「あなた……そう、知らないのね。ぼんやりしている一廣かずひろに分かりやすく教えてあげようかしら」


 ゆらりと立ち上がるマリーは、いつもより少し……いや、だいぶおっかない。杖を掲げ、床へ硬質な音を立てると火とかげとも呼ばれる丸々した精霊は目を覚ます。

 そいつは命じられるまま床を這い、そして鍋の底で丸くなった。


「サラリーマンとしての年収を換算すると4倍よ、その貨幣」

「……んっ? どういうこと?」


 いや分かる、分かるよ言っている意味は。

 白金貨なるものは、一部の魔術師でなければ生み出せないほどの高温鋳造が必要で、市場へ流通することはほとんど無い。そして刻印とも呼べる識別魔法がかけられ、陽にかざすと紋章を浮かび上がらせるなど偽造対策は万全だ。

 それだけに高い価値のある貨幣ということはよく分かる。


「たださ、夢のなかでいくらお金を持っても仕方ないじゃない。むしろ持ち歩いたほうが怖いかな、僕の場合は」

「……祝賀会で飾られていた全身鎧も買えるわよ」


 な、な、なんだってぇーーっ!

 ガクガクと膝は震え、おもわず地べたへ座り込む。いやまさかだって、あれほどの極上品を買える、だって、まさか!? ふぁっ!?


「おみそれしました。貨幣価値をとても理解いたしました」

「分かれば良いわ。でも確かにあなたの言う通りかも。この世界で欲しいものって、実はあまり無いことに最近気づいたの」


 その言葉にはウリドラも頷いた。

 くつくつ鍋は煮えてゆき、僕は具材をゆっくり投入しながら彼女らの声に耳を傾ける。


「うむ、わしもそうじゃな。この世界で欲しいものは、安らげる寝床くらいで十分である。金銀財宝などは、わしを楽しませる物では無い」

「ええそうね。それよりも週末に行くかもしれないグリムランドのほうが、私はとてもウキウキするの。ほら、秩父や青森みたいに、何が起こるか分からなくて堪らないでしょう」


 そうそう、それそれと2人は共感しあい大きく口を開けて笑う。

 彼女らのそんな様子を見て、僕の小さな疑問は消えてゆく。種族がまるで異なるというのに、何故いつも仲良く過ごせているのか。


 それはきっと互いに楽しみを共有しあっているからじゃないかな。美味しい、楽しい、という物に種族の垣根などありはしない。だったら僕としてはこの鍋を食べてもらい、会話をさらに弾ませたいところだ。


 鍋を丸ごと持ち上げると、火とかげは丸まってすやすや眠っていた。ゴマみたいな瞳を開き、そしてエルフの命令によりどこかへ消えてしまう。


「お待たせ、お行儀悪いけどテーブルに乗せてしまうね」


 どん!とテーブルへ乗せると、彼女らの「待ってました」という明るい声が響いた。さて、風変わりな鍋を食べてもらいましょうか。


 ぱかりと蓋を開けると、湯気と共に真っ赤なスープは現れる。

 ウリドラのために用意した、スタミナ料理キムチ鍋……のまろやか仕立てだ。


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