第68話 青森めぐり桜吹雪編②
快晴のホームは5月にしては日差しがあり、とはいえ青森につけば5度は下がるだろう。
東京駅のホームでは、精霊魔術師という稀有な者であろうともポカンと口をあけてしまう。そこには新幹線「はやぶさ」が構えており、その南国の海を思わせるエメラルドブルーを見せ付けていたからだ。
「え、え、なにかしらこれ、電車?」
「日本が誇る新幹線だよ……あれ、最近ではそうでも無いのかな。ともかく相当な技術を込められた乗り物かな」
近未来的とでも言えば良いのか、流線型をした車体は大型施設のアトラクションを思わせるもので、いやおうなく気分を高揚させる。
まだ時間があるので先端部分まで一緒に歩いてみよう。すると分かるが先端は異様にかっこいい。独特のラインをした運転席を見るなり「これは速そうだ」などと思ってしまう。
「うあーっ、綺麗な曲線! え、これが電車の最上位にあたるのかしら。いつかここまで成長するということね」
「うん、しないよ。これは旅行専用に作られた乗り物で、青森まで可愛いエルフさんを運んでくれる『はやぶさ』さんだね」
繋げている手をにぎにぎしながら言うとマリーの瞳は輝いた。これに乗って青森へと向かう。その現実感がやっと来たのかもしれない。
そのままピカピカの車体をゆっくりと眺めながら歩く。
機能性と見た目を見事に両立させており、ホームには新幹線からのわずかな振動を伝えてくる独特の雰囲気がある。
少女と同じように黒猫もぱかりと口をあけ、その存在感に飲み込まれていた。
「ここから乗るのよね。中はどうなっているのかしら」
「乗ってみれば分かるよ。さて、参りましょうか」
日本語と英語のアナウンスが流れるなか、近くのドアから中へと入る。とたんにホームからの案内は静まり、渋い木目調をアクセントにした内装が待っている。独特の香りがあるのかエルフと猫は周囲をきょろりと見回し、手を引かれるまま空間を歩む。
そこにはグリーン席が待っており、天井からは柔らかい光が漏れている。直線にずらりとならぶ光景に、またも彼女たちは瞳を見開かせる。
「僕らの席は向こうだね。周りに気をつけて」
「中はこんな席になっているなんて……やっぱり電車の最上位は格が違うわ」
座席も落ち着いた色をしており、当たり前だが少女を窓際へと座らせる。まだ駅のホームしか見えないが、これからゆったりと景色を見れるだろう。
腰掛けた少女はくるりと振り返り「ふかふかだわ!」と座り心地を教えてくれる。どうやら喜んでくれているようだし、多少は奮発して良かったよ。
本当はもっと上のクラスがあるけれど、僕の収入では頑張ってもこんなものだ。まあそのうち収入が安定してから考えようか。
とりあえず荷物を上へ乗せ、黒塗りの猫ケースは少女の膝に置いた。
「ウリドラ、しばらく静かにしているんだよ」
網カゴ越しにそう囁きかけると「にう」と小さな声で鳴いてくる。
猫でさえ瞳を輝かせているのは、きっと新幹線というものは乗客を楽しませるよう作られているからだろう。
落ち着いたアナウンス、静かな振動、なのにこれから何かが起きるようなワクワク感が確かにある。マリーも期待を高めているらしく、すこしだけ頬を赤くさせていた。
「ねえ、ねえ、これはとても速く走るのよね。動物で言うとどれくらいかしら」
「乗り物の名前のとおり大型の鳥、『ハヤブサ』だよ。案外とそれも名付け理由のひとつなんじゃないかな」
ふうん、と不思議そうな顔をする少女へスマホ動画でハヤブサを見せてあげる。そんなことをしているうちに発車時刻は近づいていた。
乗客はすべて車内へと入り、やがて案内は出発を告げる。
緊張をしているのか握った手は汗ばみ、とくとくと心臓の音まで聞こえてきそうだ。
やがて綺麗で明るいホームはゆっくりと動き出し、お弁当屋さんを越え、そして東京駅から放たれる。とたんに快晴に包まれたビル群が窓に飛び込んで、「わあ」と少女は声を上げた。
「わ、わ、綺麗! 見て見て、建物がどれも綺麗よ」
大きなビルには青空が反射しており、確かに今日は天気に恵まれているなと思わせた。
やがて車内には軽やかな音楽が鳴り、案内伝えてくる。本日の運行予定が流れるなか、眼下には異なる電車が走っていた。
下にも上にも線路はあり、2人してあんぐりと口を開けて見上げている様子が可愛らしい。しかし景色を楽しんでいたところで、ふっと車外は暗闇へと包まれる。
「あ、見えなくなってしまったわ……」
「地下に入ったんだよ。すぐにまた見れるからね」
「あら、こうして見るとあなたの【旅路の案内者】と似ているわねえ。なにか共通している理由があるのかしら」
うーん、どうなのだろう。
夢の世界で似たような技能を僕は持っているが、特に日本が影響しているとは考えられないのだが……。
「となると僕の【旅路の案内者】も最大レベルになれば座席がつくのかな」
「ええ、ぜひ上げてみましょう。そうしたらゆったりと移動を楽しめるわ」
あれ、冗談のつもりで言ったのにな。
さて、新幹線は地上へもどり、ビルから住宅地へと切り替わる。めまぐるしく進む景色、そして速度の変化へマリーは目を白黒とさせていた。
「うあー、はやい。どんどん景色が変わって……やっぱり車とは違うのね」
「車ものんびり出来て好きだけどね。少し前まで寝台列車というのがあって、泊りがけで移動をしていたんだよ」
ふうん、と興味深そうに聞く少女へお弁当とお茶を用意してゆく。
かごから桃色の鼻を覗かせていた猫もピクンと反応し、僕らの遅めの朝食は始まる。彼女が選んだのは幕の内弁当、そしてこちらはシュウマイ弁当だ。
わくわくを誘う豪華な新幹線、鮮やかな青空、そして幻想的な美しさをもつマリーがいると、僕にとってかなり上級な時間へと変わる。ひょっとしたら上のクラスを選ばなくとも問題無いのかも、と思えるほどだ。
ぱちんと箸を割り、顔を近づけて「いただきます」と囁きあう。近くで見ると薄紫色の瞳は大きくて鮮やかだ。やあ、とうとう新幹線が出発したね。
忘れるなとばかりに「にう」と鳴かれ、思わずくすりと笑いあってしまった。
「んー、和風の落ち着いた味っ。猫ちゃんも食べるかしら?」
試しに少女が差し出すと「よこせよこせ」と小さな口をあけ、そしてエビフライをかつかつと食む。
またもゴウとトンネルを抜ければ青空のなかに畑地が広がり、新緑のまぶしさを伝えてくる。それが2人にとって新鮮だったらしく、しばし箸は止まっていた。
「マリー、こちらもどうぞ」
振り返る彼女へとシュウマイを差し出すと、薄紫色の瞳を丸くさせ、そして髪をかきあげて可愛らしく口をあけてくる。醤油のついた小ぶりのシュウマイを頬張り、もごもごと「おいひい」と応えてくれると何故か嬉しいものがある。
よかったね、シュウマイ君。これで四天王最弱の意地を見せられたかな。
切り分けたものを黒猫はくちくちと食し、時折あらわれる美しい風景と出会うときだけ箸は休まる。窓の外にうつる景色はめまぐるしく、驚くほど速い。それでも僕らはゆったりとした時間を覚えていた。
ぐ、ぐ、ぐー、と徐々に速度を上げてゆく感覚がある。はやぶさの最高速度320キロを目指して加速しているらしく、それに合わせて僕の手を少女は強く握ってくる。
大丈夫かなと隣の様子を見ると、マリーは少しだけ涙目になり首を横へ振っていた。
「けっこう、怖いわっ。ねえ、しがみついて平気、かしら?」
当たり前だけどエルフ族にとっては未知の速度であり、いまだかつてない速度に怯えているのだろう。どうぞと身振りをすると、手すりごしに少女から遠慮なく腕へしがみつかれた。
「じっと、しててね……ひうっ……目が回りそうっ……」
妖精のように可愛らしい子から、両腕と太ももから挟まれると恥ずかしいものがある。
けれどこのようにびくびくしている様子も可愛らしいかな。いつも気丈なものだから……あれ、どうなのだろう。映画を一緒に見ていると感情豊かだと思わされるし、最近は甘えられる事が多いから分からなくなって来たな。
しかしどうして怖がるんのだろう。
はやぶさは速度をあげても車体が安定しており、揺れるようなことはあまり無い。
ぽんぽんと背中を叩いているうち、ようやくその原因が分かった。恐らくは窓の外の景色があまりに速く、少女は怖くなったのだろう。ぎゅうと瞳を閉じるとともに、少しだけ落ち着くのを見てそう思った。
ようやく腕の力は弱められ、安堵の息と共に見上げてくる。しかし顔色はまだ青いようだ。
「ごめんなさいね、邪魔をしてしまって……すこし平気になったわ」
「やあ、あったかいね。けれどもう少し近くのほうが嬉しいかな」
え?という呟きを気にせず、身を離そうとする少女を抱き寄せる。
そしていつも少女を寝かしつけていた位置、胸のなかへと抱えると「人前だから」と恥ずかしげな声が聞こえてきた。
「青森は冷えるらしいからちょうど良いかもしれないよ」
「もう、馬鹿ね……」
最初こそ困った顔をしていたが、やがて諦めたらしく身を預けてきた。のしりと彼女からの体重を覚え、もう少し深く抱き寄せる。
そうして華奢な背中をぽんぽんと叩いているうち、寝息に近しい呼吸へと戻るのを感じた。
「……知ってるわ。こういうとき、あなたはすごく頑固になるの。それであっという間に元気にしてしまうのよ。私は人間嫌いで有名だったというのに」
そのように拗ねるような声が胸のなかから聞こえた。
彼女が大の人間嫌いだったことは僕も知っている。けれどその声は、どこか詫びるような響きがあると感じさせた。
「もちろん知っているよ。出会ってすぐ僕は粉みじんにされたからね。こりたから、まずはこうして捕まえることにしたんだ」
「あら、私は捕まっていたのね。汚らしい人間さん、私、あなたの匂いが好き。だから捕まっていたことにさえ気づけないの」
うとりと薄紫色の瞳は閉じられてゆく。
心音に揺られ、それへ耳を澄ませているうち睡魔が近づいているだろう。先ほどの言葉は眠りにつこうとしている時だから言えたのかもしれない。
やがてずりずりと少女の腕は落ちてゆき、安らかな眠りのなかへと沈んだ。
僕は寝顔を見るのも好きかもしれない。
などと備品のブランケットをふさりとかけながら思う。それだけでなく、たぶん何の不安もなく過ごしている表情が好きなのだろう。
と、かりかりとカゴを引っかく音が聞こえた。足元を覗き込むと黒猫はこちらを見つめており、その不満げな表情は殺風景な場所へ文句を言っているかのようだ。
――まあ、多少なら許してくれるかな。
そう思いカゴの蓋を開くと、するりと黒猫はブランケットの中へと潜り込む。膝の上へと登る気配があり、どうやらそこを寝床に選んだらしい。ぐるぐると回り、やがてぽすんとブランケットは沈む。
その光景を見て、僕はひっそりと囁いた。
「おやすみ、二人とも。起きたら青森ですからね」
にう、という小さな鳴き声はまるで人が返事をしたようだ。
ふかふかの毛並みを撫でながら、新幹線はゴウとトンネルへ突入した。




