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第63話 ステータスを見てみよう

 

 階層主というものがいるらしい。

 彼らは迷宮を管理する者であり、階層ごとに配置されている。魔物を生み、管理をし、侵入者を拒む存在だ。


 たったいま第一階層東側の領域に限り開放され、周囲一帯の魔物は全て塵に還った。僕らによりレベル82もの悪魔を殲滅したからだ。

 その存在は片手剣へと転化し、いまは腰へと吊り下げている。


 本部からそのような報告を受け、僕と長身の男、ゼラは広間をゆっくり歩いていた。


「やっぱり階層主のひとつだったか。ま、あれだけのレベルなら納得だな」

「そうですね。他とは格が違いましたし、僕が遭遇した中でもかなり強い存在でした」


 まあ、出会った中で言うならば、ブッちぎりで魔導竜が飛びぬけていることは伏せておこうか。

 かざした魔具からは立体地図が表示されており、ぽっかりと空いたスペースが歩くたび埋められてマッピングゆく。


「実際、ヤバかったぞ。あの悪魔の攻撃範囲、それに威力を考えると部隊によっては一気に壊滅させられる。ボスには注意をしておいたが、あれを倒せるのはダイヤモンド隊のザリーシュ、そしてルビー隊のガストンくらいだ」


 ふむ、キャンプ地でウリドラから見せられたあの二人だろうか。

 年若い青年、それに白髪のたくましい老体。いずれもレベル100をとっくに越えており、僕よりも強い存在だと感じたものだ。


「だが、あいつらなら俺たちを見殺しにする。いけすかねえし俺は好きにはなれない。そういう意味で、お前に協力をしたいんだが構わないか?」

「え、協力? どういう意味です?」


 ゼラはニヤリと笑い、魔具を差し出してきた。


「通信を登録リンクしないか? 互いの位置が分かるようになり、直接通話も出来る。何かあればいつでも助けてやるぜ」

「あ、そういう事でしたら。ゼラさんもまた困ったことがあれば連絡してくださいね」

「それを言うなって……ま、正直なトコそれが本命だけどな」


 肩を叩き、わははとゼラは笑った。

 遠慮なく叩かれ目を白黒としたけれど、実に裏表の無い男だと思わせる。


 互いの魔具を近寄せると、青白い光が直結リンクするように結ばれた。これがおそらくは彼の言う「リンク」なのだろう。ひょっとしたらネトゲのフレンド登録に近しいかもしれない。

 やがて魔具は完了を告げるよう明滅し、満足ぎみにゼラはそれをしまった。


「さて、俺のカンが正しければ、この広間には何かが……おっと、こいつだな」


 広間の奥には大きな台座があり、その上に置かれた像を無造作にゼラは触れた。すると石像はひとつ身震いをし、ごり、ごり、と砂埃を撒きながら動き出す。

 目を見開くなか台座は動き続け、そしてゴオン!と大きな音を立てた。


「これは……!」

「迷宮の続きがお出ましだ。へっ、お宝の匂いがプンプンするぜ」


 そこには地下へと伸びる階段があり、さらなる道を示していた。広く深いその闇には、彼が言うような何かを感じ取れる。それは古代の息吹とも言える空気であり、そしてまた何百年……いや何千年ぶりに開放された道であろう。


 振り返ると、黒髪をかきあげて楽しげに笑うゼラの姿があった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それからは少々あわただしかった。

 こちらへゼラ、そしてドゥーラの隊員が合流すると、再会するなり思い思いに感情をぶつけ合い、熱い抱擁を見届けることになる。


 どうやら彼らは合同で進行することを選んだようで、本部の了承を受けた上でこの先の道へと進むらしい。というよりも互いの隊長がそう判断をしたのだから反対はできないか。


「隊長、おめでとうございます!」

「式の予約を友人に頼んでおきましょうか。やはり船旅……いえ、緑生い茂る湖などいかがでしょう。そこで1週間ほど愛の……」


 がつんがつんと2人から殴られ、それでもケロリとした顔でプランは着々と進められてゆく。どうやら以前から殴られ慣れているらしい。

 そのゼラはというと、僕らへ近づいて珍しく困った顔をしていた。


「おまえたちが開いた道なんだが……その、良いのか、俺たちが先行して?」

「ええ、しばらく休まないと戦えませんし。近くに部屋があるようなので、今日はこのまま寝ようと思います」


 どちらにしろ魔石などの宝石を手に入れても、僕にとってはあまり関係ない。日本での生活こそがリアルであり、こちらの世界は遊びに過ぎないのだ。


「そうか……。まあ、休んだら追ってきてくれ。2チームより3チームのほうが出来ることは増えるからな。いつか協力レイドの戦闘をしようぜ」

「そのときはぜひ。ただ僕らは少人数ですので、ゆっくりとした進行になると思います」


 そうして握手を交わし、彼らと手を振り合って別れを告げた。




 ゴトリと一振りの剣をテーブルへと乗せた。

 細身であり、かつ綺麗な銀色をしている。ときおりチラリと流星じみた光を瞬かせるのは、さすが星くずの刃アストロと名づけられたことはある。


「うわあ、綺麗ー……。触っていい?」

「どうぞどうぞ。いやあ、気になっていたんだ。この武器の性能と、それからレベルアップが」


 やはり部屋は綺麗なもので、ここも書庫として使っていたように見える。所々にこのような部屋があるのは、ひょっとしたらかつての管理者が悪魔などを操っていたのかもしれない。


「ふむ、彼らを見送ったのはそれが理由じゃな? ずっとソワソワしておったからのう」

「まあまあ、食後は休むというのは世界の常識だよ。どれどれ……」


 腕にある飾りへ触れると、うんっと能力が表示される。

 その数値を見て僕はすこしだけ呼吸を忘れた。


「わっ、2レベルアップ! 強かったからなー」

「ええと私は……うああー、42! 嘘でしょうっ!?」


 おおっと、マリーの成長っぷりのほうが驚きだ。たしか迷宮へ入る前は32だった記憶があるので、一気に10レベルも上がった計算になる。


「いやあ、何体いたか分からないほどだからね。たぶん百体以上? それに間接アシストよりも単独撃破のほうが多かったのも効いてそうだ」

「う、あ、あ……。どうしましょう、上級魔術師の資格を得てしまったわ。うん、帰ったら試験勉強しなきゃ」


 ぐっとコブシを握り、エルフの少女はそんな決意を固めていた。どうやら僕よりも将来設計をしっかりとしているらしい。というかあれだけのお金持ち学校で、彼女が上級魔術師になってしまうのか。


「実際、かなりすごかったよ。あんな仕掛けを作れるなんて」

「ウリドラの杖が助けてくれていたからよ。それに私が直接攻撃をしても、大して倒せなかったでしょうから」


 そう伝えるとウリドラはにっこりと微笑む。まるで出来の良い生徒を見るような優しい瞳だ。


「うむ、より効率を求めてゆく姿勢は大事じゃぞ。足りないならば他で補い、足りるならばより効率を求める。それでこそ魔導である」


 わしわしとエルフは頭をなでられ、くすぐったそうな顔を見せる。

 先ほどの戦いでは、彼女は石壁を生み出して多数の魔物を誘導し、そして極めて効率的に焼き尽くした。


 通路を作って誘導したことで敵からの攻撃を気にする必要は無くなり、安全領域をきっちりと確保してからの殲滅は見事なものだった。


「すこし考えてみたの。ほら、迷宮というのは効率的に侵入者を倒す構造をしているでしょう。同じことが私にも出来ないかなって」

「ふうん。なら罠も仕掛けられるのかな。落石や落とし穴とかさ。もし地下まで領域を広げられれば、だけど」


 などと互いにアイデアをぶつけ合いながら能力の画面を見つめる。

 指で上から下へとなぞってゆくと、見たことのない技能スキルがあることに気がついた。


 ――加速アクセルLV1。


 などと、簡潔な二文字が記載されていた。そして、新たに補助技能枠セカンドスキルという表示もされており、マリーと同様に技能スキルを割り振れるらしい。ただし、こちらはひとつきりだけど。

 すぐ隣から覗き込んでいたウリドラが、楽しげな声を漏らす。


「ほう、やはり会得しおったか。これはのう、決められたあいだだけ時間を凝縮するものじゃ。なかには人の身でありながら倍速で動き続けた者もおったらしい」


 はあ、という気の抜けた声が漏れてしまう。

 能力スキルとは降って沸いてくるものではない。元から素養があり、何かしら掴んだ場合にだけ会得できるのだ。先ほどの悪魔との戦いでは最後の最後にこの存在を僕は掴み、そして撃破できたように思える。


「ありがとう、ウリドラ。あの戦いのとき、助言をしてくれたでしょう」

「ふむん、なんのことやら分からぬのう。じゃが、活かせるかはおぬし次第である」


 黒曜石じみた瞳がこちらを向き、にまりと微笑む。マリーと同じように可愛い生徒であり、そして期待してくれているのだろう。

 いまにして思えば、彼女との訓練のときから導かれていた気もする。そういう意味でも、僕にとってもったいないほどの師だ。


「悩むなあ、補助技能枠セカンドスキルに何を入れようか。やっぱり加速アクセルかな。でも武器が無いと発動できないし……ううーーん」

「あなたの場合は体力が重要なのだし、こっちの『スタミナ』も良いかもしれないわよ。というよりもレベルアップしたのだから、まずこの技能スキルと入れ替えたらどう?」


 などと技能スキルのひとつにある「釣り」を指差されてしまった。

 いや、待って欲しい。分かる、分かるよ。迷宮踏破のためなら「釣り」なんて技能は不要だろう。しかしだね、最近でこそ出番は少ないが、ゆったりと釣りをして過ごす時間はとても楽しいのだ。


 などと説得をしようと試みたが、やはり2人から興味のなさそうな目を向けられてしまう。


「……あなたって、こういうときだけ口が回るのね。なんだか言い訳しているみたいだわ」

「本当じゃのう。珍しくて話し終えるまで聞いてしもうた。よほどやましいと見える」


 あ、これは無理だねぇ。女性2人を相手に説得できるなんて思った僕が甘かった。

 そういうわけで、泣く泣く入れ替えを……しようかと検討することにした。


「ああ、もう、じれったいわね。はやくその決定ボタンを押しなさいよ。なんなら私が手伝ってあげるから」

「やめてやめて、もう少し悩ませて。本当に思い出深い技能スキルなんだ」


 などと後ろから指をグイグイ押されて慌ててしまったよ。ずっと前は、これのために夢の世界へ来ていたところもあるからね。

 まあ、技能スキルの入れ替えは困ったときに入れ替える事も出来るので、もう少し悩むとしようか。




 ひとつ、ふたつとマリーは光の精霊へと触れ、粒子を撒いて消えてゆく。

 最後の光は明るさを落とし、そして部屋は眠りに適した光量へと変わる。


 カバンを床へ置き、杖をたてかけ、そして少女はこちらを見る。

 襟にあるボタンを外すとなだらかな鎖骨が見え、毛布に包まれた僕へと歩み寄る。ふさりと白く綺麗な髪をかきあげ、そして伸ばした腕のなかへともぐりこんで来た。


「んー、あったかい……。もうすこしそっち、ずれてくれるかしら」


 もぞりと少女は身を寄せ、毛布のなかでは脚がのしりと乗ってくる。そしてもう一人を見上げようとすると、マリーの手が僕の瞳を覆い隠す。どうやら鎧を脱ぎつつあるらしく、そちらを見てはいけないらしい。


 しばらくすると反対側へ腰を降ろす気配が伝わってきた。

 ごそりと隣へもぐりこみ、ぐいぐいと腰を押し付けてからようやく体勢に満足したらしい。ふう、という吐息が首筋に当たりくすぐったい。

 ようやく少女からの覆いは外されて、薄暗い室内の様子が視界に入る。


「おっと、忘れておった」


 などと言い、ウリドラは綺麗な背中、そして脇の下から膨らみを零しつつ身を起こす。急いで目をつむったが、しばらく忘れられなさそうだ。

 魔具を通じて僕らは位置を特定されている。きっといま、彼女はこれを操作しているのだろう。


「待たせたのう。んん、相変わらずぬくいのう。まったく、わしを寝かしつけるとは変わった小僧じゃ」


 返事をしようと思ったが、首筋へとマリーはもぐりこんできてしまう。毛布のなかウリドラと瞳を交わし「どうぞ」と示すと彼女も遠慮なく抱きついてきた。


 ぬくぬくに温められた毛布には、彼女らの実に眠気をさそう体温が溢れている。

 くありとあくびを漏らすと、僕らは古代迷宮から消え去った。


 おやすみなさい、2人とも。

 明日の仕事を終えれば大型連休ですよ。


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