第62話 角煮雑炊ですよ
強力な悪魔を倒し、とても珍しい武器を手に入れた。
レベルアップをしたし、補助技能枠解放のアナウンスも流れた。おまけに新しい技能候補を覚えたような予感もある。
すぐにでも能力を確認したくて、そわそわしてしまうのは男として……いや、人として仕方ないと思うんだ。
救出対象の二人が憔悴しきった様子で目の前にいるけれど、その想いだけはどうしようもない。僕には耐えられない。手首にある飾りへ触れれば、気になることがみんな表示される。
そわそわそわそわ。
しかし伸ばしかけた僕の手は、ぴたりと止まった。
エルフ族のマリーが、まるで僕の頬をつねるかのように、宙で指をぎゅむぎゅむとしていたのだ。
さっと消えたよ、僕の欲望が。能力なんていつでも見れるのだから、後の楽しみに残しておくべきだね。うん。
マリーへぎこちなく微笑みかけ、それから彼らへと向き直る。
2人は汗と泥で真っ黒に汚れており、瞳だけが輝いていた。
「無事に済んで良かったですね。お2人とも怪我はありませんか?」
「よくやってくれたわ。私はドゥーラ。部下の仇を討ってくれた礼を言わせて」
疲れきった様子とは異なる、無骨で力強い握手をされた。泥にまみれても髪は炎のように赤く、意思の強そうな瞳は鋼色をしている。
当然のこと僕やマリーよりも背は高く、熟練者の気配漂う女性だ。
「俺からも礼を言わせてくれ。二度ほど雑魚を吹き飛ばしたが、あの悪魔を倒すことは無理だった」
男性はゼラと言い、彼もまた力強い握手をしてくる。
雑に切った黒髪と、そして同色の瞳には親近感を覚える。骨太と言うべきか全身は鍛え上げられており、かなりの長身だ。鼻が高く、綺麗にすれば野性味ある美男子になるかもしれない。
「いえ、あれだけの数に一晩耐えれるほうが凄いですよ。到着が遅れてしまい申し訳ありません」
「バカ、んなわけねえだろ。臭い言い方かもしれないが、命の恩人だと俺は思ってるんだ」
にっと笑い、それでも瞳は真剣だ。
その理由は僕にも分かる。しっかりと支えあう彼らはきっと強い絆で結ばれているのだろう。もしマリーの命を救ってくれた人がいれば、僕も同じ瞳をしたに違いない。
そのとき、ざざ、ざざ、と砂嵐に似た音が響いた。
「おっと、ボスからの催促だ。そら、報告はお前の仕事だろう」
そう言い、ゼラは腰にある魔具を取り外し、僕へと差し出してくる。
これは遠く離れた場所と通話ができるもので、応答をすれば地上にいる本部と繋がるだろう。
ずしりと重い魔具を受け取り、そして通話用の赤いスイッチを押す。ふうと息を吐き、こちらを見つめる4人の顔を眺めてから僕は報告をした。
「――こちらアメシスト。救出、および悪魔の殲滅に成功した」
たっぷりと数秒待ち、それでもなかなか返答が無いので小首を傾げていると、どう!濁流のように魔具から幾つもの声が入り乱れた。
ザーーッ……本当か、本当に……ッ……!
マジかよ、このクソ……ザーーッ! ザザッ……ハハハ!
隊ちょ……声を……本当に……ザザザッ!
「だまらぬかアッ! 混信すると言っておるじゃろうに……。ふむ、アメシスト隊、よくぞ任務を成し遂げた。そこの二人はかなりの戦力を持っておる。死なすには惜しい人員じゃった」
「ええ、この状況で一晩耐えるなんて驚きました。だいぶ憔悴しているようですので二人を拠点まで……」
そこまで言いかけたとき、魔具は取り上げられてしまった。
見上げれば逞しい男性の顔があり、ニヤリと笑みを浮かべて僕の頭を撫でてくる。
「俺とドゥーラは無事です。ええ、確認しましたが悪魔はレベル82、かなりヤバかった。ともかく、俺達は休憩したらそのまま隊へ合流しますんで」
「ふむ、治療を優先すべきじゃろうが……まあ、その判断はお前たちに任せる。繰り返すがアメシスト隊、よくやった。地上へ戻ったときには報酬を用意しておく」
だってよ、とゼラはこちらへ無線を向け、祝福するよう笑みを向けてきた。
「あ、そういえば報酬をもらうなんて生まれて初めてだ。楽しみだなあ」
「ちょうど良い機会だから、そろそろ服を買い替えましょう。あなたはいつも一張羅で、ときどき恥ずかしくなるのよ」
ええ、いまそれを言うかな……。
とはいえ隣を見るとエルフの少女は「やっぱり仕立ててもらうべきかしら」などと、すでに買い物を思案している表情だ。
「ま、まあ、無駄遣いはせぬようにな。困っているなら安いところをわしが紹介……こら、無線で私語は厳禁じゃと言ったろうが!」
あ、今のはノリツッコミだね。ときどきテレビで見ることがあるよ。
悪魔が滅んだことで雑魚達はのこらず消滅してゆき、いまだ上がる炎は彼らの塵を上空へ巻き上げている。禍々しささえ感じる光景ではあるが、何故か僕らは皆で笑ってしまった。
こうして僕らは初めての救出任務を無事に達成したわけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、いま必要なのは休憩、そして食事だろう。
一晩戦い続け、そして僕らも限界まで体力と魔力を使い果たしている。
魔物たちの塵が落ちてこない場所まで戻った僕らは、ゴトゴトと瓦礫の破片を組み合わせる。そして2人から借りた鍋へと水を張り、上へ乗せると即席のキャンプになった。焚き木は無いので代わりに火の精霊を置くと、良い感じに熱が伝わるようだ。
「良いコンロだなぁ、火力調整できるなんて。これなら時々こっちで調理しても良いかも」
つんつんと棒で火の精霊を突付きながらマリーは見上げてくる。
「でも、人数分あるかしら。3人分しか持ってきていないでしょう?」
「そうだねえ。雑炊にして水増ししようと考えているよ。元の味付けは濃い目だから、それほど不味くはならないと思う。ただ卵は欲しかったなぁ」
ぷつぷつと鍋の底には気泡が生まれ、湯は温度を上げてゆく。古代迷宮はそこかしこに水路があり、それほど水に困らされることは無い。となると、迷宮で調理をするのもアリかもしれない。
救出した彼らは布で離れた場所でゴシゴシと身体を拭いており、ときどき不思議そうな顔をこちらへ向けてくる。まあ、悪魔退治をしてすぐ料理を始める人も少ないか。
「まさかわしの分まで分ける事になるとはのう……」
じとりと恨みがましく睨んでくるのは魔導竜ウリドラだ。近くにあった石へ座り、頬へ手を当てている。ゴシック調なドレス型の重装備をしているが、可動域が広いおかげでゆったりとくつろげるらしい。
「ごめんね。代わりに明日は日本でご馳走するから」
「つーん」
あれ、珍しくお冠だ。
とはいえそれ以上は反対されないので、マリーとクスリと笑ってから料理を進める。カバンからゴソゴソと取り出したのは海苔に包まれたおにぎりだ。
「あら、昨日作っていたものね。薫子さんからいただいた角煮を入れているの?」
「うん、角煮おにぎりだよ。雑で悪いけれど、このまま……」
ぼちゃぼちゃと鍋へ投入し、じっくり米と海苔はふやけてゆく。
角煮の汁を吸い込ませたお米は、やがて良い香りを出し始めた。ほお、とウリドラは瞳を輝かせてにじり寄ってくる。
頃合を見てかき混ぜ、そして味をひとくち確かめる。
「うーん、美味しいけどやっぱり調味料が足りないや。あ、そうだ」
きょとんとマリーが不思議そうに見つめるなか、カバンからタッパーを取り出した。蓋を開くと味噌や漬物などが出てくる。
「味に飽きるかなと思って持ってきたけど、試しに混ぜてみようかな」
味噌をすくい、鍋へ溶かす。
ぐるりとかき混ぜると色はわずかにキツネ色へ近づき、ぷうんと味噌の香りが溢れ出す。試しに味見をしてみると、割と良い感じに味をごまかせていた。下味も柔らかく、ひょっとしたら海苔にもダシの効果があるかもしれないと思わせる。
「うっお、すげえ良い匂いが……。なんだお前ら、携帯食じゃなくて自炊してんのか?」
「あ、ゼラさん。さっぱりしましたね。鍋を貸してくれてありがとうございます」
鎧を脱いだゼラは、替えのシャツを着ながら焚き火へと近づいてくる。
以前、軍の携帯食というのを食べたことがあるけれど、出来ればあれの世話にはなりたくない。乾燥肉はまだ良いけれど、固形状の「何か」の方は本当に駄目だった。
不味いのはもう仕方ないにしても、薬みたいなのが入っているんだ。しかも興奮して眠れなくなるやつ。よくあれを鍋に入れて食べる気になるよ。
そういう意味で、マリーと顔を見合わせてから誤魔化し笑いを浮かべてしまう。
ようやくドゥーラさんが戻ってくると、意外にもそばかすの浮いた可愛らしい顔つきをしている事に気がついた。眉は力強さを感じるけれど、どこか少女の面影を残している印象だ。髪を後ろに結わきながら呆れたような表情をしている。
「君、まさかと思っていたけど、迷宮で料理をしているの? おなかがもたれるから携帯食を選んだほうが良いわよ」
「どうも軍の携帯食は合わなくて……。ただ、こちらもだいぶ消化しやすいと思いますから」
とはいえしつこく勧める気は無いらしく、それよりも座る場所をどこにしようかドゥーラは悩む。やがて石をズリズリと動かしてゼラのすぐ隣を選んだらしい。
ぷつぷつと雑炊は泡を吹きはじめ、そろそろ食べても良い頃合だ。
椀が足りないので二人でひとつずつ、ウリドラだけは独り占めで遅めの昼食は始まった。レディーファーストで女性陣が雑炊をすする、ズズ、という音が迷宮に響く。
それまで興味の薄そうなドゥーラだったが、とろりと溶けるような角煮を食べるなり目を剥いた。あふっ、と色っぽい声を出し、そして身体をグネグネと揺すりだす。
強い衝動があったらしく、どうにかそれを抑え込んでから少女のようなキラキラした瞳でゼラさんを見た。
「お、お、なんだ。食べろってか? お前が食い終わってからで……分かった分かった」
あんぐと大口で角煮をほお張ると、その咀嚼はぴたりと止まる。噛むまでもなく溶けてゆく脂身は、きっと今ごろ口のなかに味を広げているだろう。
どろりと溶け、一気に脂身の自然な甘みが押し寄せる。中華ならではの香ばしさを残し、 疲れ切った身体は本能的に「最も求めている栄養」だと認めた。
良質の豚肉、味噌と海苔を吸った粥。噛むほどに風味を伝え、これ以上なくたっぷりと食欲を刺激してから喉をゴクリと通る。
バン!とゼラさんは両頬を押さえ、目を剥いた。
「んほっ……! うんめえっ! なんだコレ、食ったこと無えぞ!」
「驚くわね、噛まなくて良いくらい柔らかいなんて。ほら、ゼラ。はやく口を開けなさい」
うわ、交互に食べあうなんて仲がいいなぁ。
彼女は面倒見が良いらしく、溢れた粥は親指で拭いてあげている。ちゅぷりと指を舐める光景には思わず頬が熱くなった。
その様子を見て、ふむと頷いてから声をかける。
「おふたりはご結婚されているのですか?」
ぶう!とゼラは茶を吹き出し、ドゥーラは匙を咥えたままギシリと凍りついた。
あれ、違ったのかな。てっきりそういう関係かと思っていたのに。などと思い、マリーと見つめ合ってしまう。
「と、突然なにを言って……!」
慌てる様子のゼラだが赤い顔をしながらも口端をニヤニヤとさせており、まんざらでも無さそうだ。それを見つめるドゥーラも、頬を赤くさせモゴモゴと粥を食む。そして、ちらりと彼を見上げる瞳には、驚くほどの色気を含んでいた。
じいと見つめあう彼らは、見ているこちらが気恥ずかしい。
困ったねとマリーへ視線を向けると、匙を咥えていた彼女も頬を赤く染めている。少しだけ悩む素振りを見せ、唇からそれを抜くと粥、そして角煮をすくった。
「は、はい、食べて」
とろりとした光沢のある雑炊を近づけられ、ぼっと頬が熱くなるのはどうしようもない。いや嬉しい、嬉しいけど恥ずかしい。それが伝染したように、みるみるマリーの顔も真っ赤になる。
「は、早くして。恥ずかしい、から……っ」
泣きそうな顔の可愛らしさといったら。
慌ててもぐりと食べたものの……うん、もうこれは味なんて分からないね。義務感で「美味しい」と伝えると、花が咲くような笑顔をマリーは浮かべた。
とはいえ、ガツガツと喰らい続けるウリドラは、瞳を天井へと向けていた。左右から発せられている熱気によって眉は歪み、美味いことに違いないのだが味さえも変化する錯覚を覚えてしまう。
「甘いのう、砂糖をぶっかけたみたいじゃあ……」
ぽつりとそんな事を言ったのだが、聞いてくれる人はいなかった。
人知れず、ウリドラはひっそりと涙した。




