第61話 救出任務③
広間には悪魔、そして召喚した黒いウナギじみた奴が3体いた。
彼らは生気を感じさせない瞳をしており、こちらを見つめて動かない。
ニイと笑う気配さえ感じさせるのは、きっと僕の方が不利だと気付いているのだろう。
何しろこちらの体力は心もとなく、護衛として黒いウナギもいるせいで一気に倒すことは難しい。
とはいえこの場を離れたら、雑魚を大量召喚されて詰んでしまう。
攻めても守っても良い方向には向かわない。となると悪魔としてはジワジワ遠隔攻撃をしているだけで良い。
指先から幾本もの細かい針が飛来し、かわす疲労により差はさらに広げられてしまうだろう。
どうにか無駄な体力を使わぬよう、僕は石柱を利用してやり過ごした。
「うわ、機関銃に撃たれてるみたいだ。これは物理攻撃なのかなあ」
「キカン……? のんびりし過ぎよ。いつになったら命を狙われていると気がつくのかしら」
脳裏に響く声は、遠方にいるマリーの意思疎通だ。
さて、僕1人で倒すことは無理なので、異なるアプローチをするとしよう。
「じゃあ、そろそろ『2の陣』で邪魔な雑魚をなるべく多く捕まえて欲しいかな」
「もうやっているわ。だいぶ済んだから、いま『1の陣』の仕掛けを起動するわね」
はて、そういえば前にも言っていたけれど「仕掛け」とは何だろうか。
くるりと振り向くのとマリーが動くのは同時だった。
ごおお!と「1の陣」は内側から燃え上がり、中にいる魔物を丸ごと焼却し始めた。一瞬で炎に包まれるその様子は、事前に準備をしていなければ無理だろう。
「あ、精霊魔術か。精霊へ魔術を与えていたんだね」
「ええ、正解よ。これで『2の陣』への収容と、後続の魔物討伐は終わったわ」
ふむ、そちらは順調のようだ。というよりも、彼女の方が敵を倒している気がするなぁ。さすがは希少な精霊魔術士だ。
しかし雑魚をいくら削ってもジリ貧である事に変わりはない。悪魔を倒さなければ、また大量召喚をされて元の状態へ戻ってしまうのだから。
「そろそろ悪魔を誘導しようかねぇ」
「ええ、こちらはいつでもオッケーよ」
しかし僕らは殲滅する気でいる。
マリーの魔力、そして僕の体力はとっくに半分を切っているとしてもだ。
とはいえ……今回ばかりはズルいやり方だろうね。
「では作戦開始」
意思疎通でそう伝えると作戦は始まった。
パーティー専用の意思疎通へ侵入する、ザザという音が響く。
「……これは作戦と言えるのかのう。おぬしのセコさにはわしも呆れるばかりじゃ」
「まあいいじゃない。たまにはウリドラの格の違いというものを見せて欲しいな」
そう話していたときに、びぐん!と悪魔は震えた。
今まで威厳さえ感じさせていたというのに、おろおろと周囲を探り出す。ひょっとしたら震えていたかもしれない。
そして3体の手下を連れ、決して離れなかった広間の奥からこちらへの移動を開始した。
「わっ、本当に動くなんて。やっぱりウリドラは凄いのね」
「……あまり嬉しい気がせぬのう。猟犬か何かになった気分じゃあ」
僕らは一つの仮説を立てた。
あれほど強大な悪魔がなぜ広間の奥から離れなかったのか。そうでなければマリーはここまで調子に乗れなかったろうし、最初に魔術師を叩くのは戦いの基本だ。
それは恐らく隠れていたかったのだろう。
マリーの隣にいた魔導竜ウリドラから。
それが真実だと示すよう、奥側の壁からぬうっと彼女が姿を表した途端、悪魔はそそくさと離れてゆく。
ざう、ざう、と針金じみた身体をした悪魔は石畳を進み、併走する僕へと鋼糸じみたもので牽制攻撃をしてくる。
そして悪魔の後方からは、ため息を吐きながらも追うウリドラの姿があった。
「うん、作戦名を“追い込み漁”とでも名づけようか」
「ほほう、覚えておくがよい。おぬしも後でたっぷり追い詰めてやろう」
「2人とも、遊んでいるの? もう少し右へ誘導して頂戴。……うん、そのまま真っ直ぐよ」
さて、マリーには重大な役目が待っている。
それは最後の魔力を振り絞り、悪魔を完全に封じ込めることだ。
並みの者であれば間違いなく無理だろうけれど、ウリドラから手渡された杖、そしてこの……。
「そろそろ補助技能を設定するわ。【二重詠唱】をセット」
この瞬間、マリーの術は威力を倍増させることが可能になった。
もちろん消費する魔力も増加するのだが、ここぞという時には頼りになるだろう。
「そのまま……まっすぐ……まっすぐ……よし、3の陣を起動するわ!」
ここでようやく地面へ並べられていた石の精霊が姿を現した。
厚さ40センチもの石壁が悪魔の四方を囲い、【二重詠唱】の技能により厚みは倍に増す。
本来は雑魚を食い止めるための物だったが、悪魔を捉えるために囲いを狭め、かつ高さを優先させている。
「よし、閉じ込めた。これで邪魔は入らなそうだね」
「どれくらい保つかは分からないわ。油断はしないでちょうだいね」
どぉん、どぉんと巨大ウナギは狂ったよう突進し、内側からも石を引っかくドリルじみた音が響いている。しかしウリドラの加護により硬度は高く、すぐ破壊されることは無さそうだ。
すぐさま【道を越えて】を使用し、僕は高さ5メートルもの石壁の上へ立った。瞬間的に視界は切り替わり、それに気がついた悪魔はこちらを見上げる。その巨体と相まり、即席の独房はかなり狭い。うわ、四畳半ってところじゃないの? この中へ飛び込むのはこわいなぁ……。
「ま、たまには悪夢を見るのもいいかもね。じゃあ超接近戦を挑んでみようか」
見上げる悪魔は点のような瞳を灼熱色に輝かせ、そして逆五芒星の飾りから闇だまりを浮かばせる。ひょいと無造作に飛び降りると、悪魔との一騎打ちは始まった。
聖属性を付与された片手剣は、うんっ、と小気味良い音を立て、闇だまりを3つとも破壊した。それと同時に外からは巨大ウナギの絶叫が轟き、おそらくは今の斬撃が絶命を誘ったのだろうと思わせる。
「こちらへ呼び戻す気だったのかな。これだけ狭いのだし、壊さなければ圧殺されていたかもね」
召喚は失敗し、大元を全て絶たれてしまった。それに怒るように悪魔は瞳を見開き、そして針金をこすり合わせたような叫び声を上げる。
キャ――ア――ア――……ッ!
これは咆哮ではなく詠唱だ。それを表すよう指は線状にほどけ、そして射出される。
僕の幻影を突き抜けて背後の壁へ火花を散らす様子は、まるで散弾銃のようだった。すぐに石壁はぐずぐずの穴だらけへされてゆく。
バン、バン、バンと立て続けに撃たれながら、幻影と転移でかわしつつ太ももへと斬りつける。悪魔の障壁は厚く、断ち切るには正確さと手数を求められた。しかし幸いなことは四方を壁に覆われていることだろう。
僕の瞬間転移をする技能【道を越えて】は「両足でどこかを踏む」という発動条件がある。しかしこれならば常に悪魔の至近距離に居続けられるという布陣だ。
ぷつっ、ぷつっ、と太ももの繊維を一本ずつ丁寧に切ってゆき、そのたびに悪魔は悲鳴を上げた。いや、その悲鳴こそが悪魔にとって魔力の根源なのだろうか。などと召喚を表す闇だまりを切り裂きながら考える。
実際、これほど集中する戦いは初めてだったかもしれない。
捕まればアウト、斬られたらアウト、召喚を邪魔できなかったらアウト、などと幾つもの失敗条件があり、それらをどうにか回避して乗り越える。
幾つもの針状のものが頭部を目掛けて飛来し、ぶ、ぶ、ぶ、と分身体を撒いて回避する。とはいえいくら回避してもゴールには至らない。つまりは回避と共に斬り、攻撃と共に斬る、という繊細な手数が求められているわけだ。
細かく細かく、決して焦らずに太ももへのダメージを積み重ねる。
ただ、このような緊張感は嫌いじゃない。
残像と瞬間移動を使い、足りないところは脚で、それでも足りないところは頭で補っているうち、ゆっくりと思考はクリアになってゆく。
やがて、かわす事と斬ることだけしか考えられなくなり、その純粋さがひどく心地よい。
――ずうん!と、脚を分断されて悪魔は片ひざを付く格好になった。
これでようやく胸部への核へと集中攻撃できる体勢となったわけだ。それを感じ取った悪魔は、めりめりと腕を裂いて四本腕の異形と化す。
針金じみた身体はさらなる闇色へと変化し、ついに完全なる悪魔の姿を宿した。
じゃあ、あ、あ、あ、と雨のように鋼の糸が射出され、石壁へ跳弾してさらなる地獄を生み出す。秒ごとに石壁はボロボロになり、かわせども身体の端のほうから細かい裂傷が生まれてしまう。
瓦礫の降りしきるなか、こじあけるよう僕はただ悪魔の胸部へと攻撃を集中する。というよりも、ここへ攻撃するしか活路はない。
やがてその胸部はささくれ立ち、繊維はゆっくりとほぐれてゆく。
悪魔らしくない白銀色の輝きを滲ませて、命の根源ともいえる核を露わにさせる。
――行ける!
最大の一撃を放とうと構えるその瞬間、ぎゅんと針金が首に巻き付いた。
しまった、という焦りに心臓がドクンと跳ねる。転移は封じられてしまい、断ち切るには体勢が不十分だ。あざわらうよう二本、三本と針金は絡みついてしまう。
そのとき……。
「ほれ、時間を凝縮させよ」
師からの声が脳裏に響き、その瞬間、悪魔の心臓は4つに裂けた。
縦、そして横からの強烈な斬撃が、コンマ1秒にも満たない間に放たれたのだ。
振りぬいた格好のまま、僕は動けない。
雷に打たれたような衝撃は、まるで手応えのなかった一刀に、おそらくは感動していたからだろう。
どおおおお、と大気がゆらぐ。
悪魔が苦悶の顔を見せ、どろりと宙へと融けだし、そして静寂へと転じた瞬間……。
「見事」
そのような、とても美しい女性の声が脳裏に響いた気がした。
レベルアップの音楽を聞くのは久方ぶりだ。
長い戦闘の終わりを告げるようであり、とても平和なものに感じられる。
とはいえ、最後の最後まで体力を使い果たして大の字になっているけれど。
ふと見ると片手剣は2つに割れていた。まあ、あれほど無茶に扱えば仕方無いか。長い付き合いだったけれど、最後は悪魔を斃せるとはね。
その剣の先に、ざりっと女性の靴が現れる。
見上げるとマリー、そしてウリドラの顔が逆さにあった。
「見事にボロボロじゃなあ。勝者とはまるで見えぬ」
にまりと満足げに竜は笑い、そして顎で向こう側を示される。
首をひねってそちらを見ると、膝から崩れ落ち、そして塵へと還ってゆく悪魔の姿があった。
「やあ、無事に倒せて良かったね」
「ふ、ふ、なにを眠そうな声をして言うておる……。あの悪魔はのう、エレマアダ・ラアアブという。原始の存在のひとつであり、この古代迷宮へ囚われていた者じゃ。ほれ、核の存在が変わるぞ」
光り輝く悪魔の核は、キンキンと音を立ててヒビ割れてゆく。
そしてウリドラが予言をしたように、その存在は変わる。
「原始の核は純粋である。故に意志の無い核には、倒した者の意志が宿る。凝縮した時のなかでこそ、得られる物もあるという事かの」
語り部のような声が響くなか、ぎゅうと核は融合し、そして姿を変えてゆく。
ゆっくりと地面へ薄く長く伸びてゆき、古代からある魂は反りのある刃へと生まれ変わる。
色は……ああ、まるで流星のように純粋な色だ。
手を伸ばし、誘われるよう刃へと触れる。
――星くずの刃。
かちんと音を立て、それは一振りの剣となった。
同時に、僕は生まれて初めて補助技能枠を獲得した。




